病原性大腸菌O157感染症の迅速診断法の開発と発症機構に関する研究

文献情報

文献番号
199800467A
報告書区分
総括
研究課題名
病原性大腸菌O157感染症の迅速診断法の開発と発症機構に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
名取 泰博(国立国際医療センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 濱端崇(国立国際医療センター研究所)
  • 中尾浩史(国立小児病院小児医療研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
27,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
病原性大腸菌O157 をはじめとする腸管出血性大腸菌の感染症における最も重大な問題は一部の患者に溶血性尿毒症症候群(HUS)や脳症を併発することであり、これらの合併症が時に患者を死に至らしめることがある。同大腸菌の主な病原因子はベロ毒素/志賀毒素(Stx)であり、Stxの細胞毒性がHUSの原因となると考えられている。しかし、その機序には不明な点が多く、また同菌の感染を感度よく且つ簡便迅速に診断するのに適した検査法はない。本研究では腸管出血性大腸菌感染症の迅速診断法の開発と臨床医学的細胞生物学的手法や動物モデルや培養細胞を用いた手法を用いてHUSなどの合併症の発症機構を解明することにより、同感染症による重大な障害の発生を防止する方策を開発するための基盤を作ることを目的とする。
研究方法
1. 迅速診断法の構築:抗Stx1及びStx2モノクローナル抗体と金コロイド化抗Stx1及びStx2 IgG を用いてイムノクロマト法によるStx1の検出系を構築し、検出感度及び特異性を調べた。またマレイミドヒンジ法によりオリゴヌクレオチド導入抗Stx1及びStx2モノクローナルIgGFabを調製し、それに相補的な配列を持つトラップ用オリゴヌクレオチドをニトロセルロース膜に塗布し、Stx1及びStx2に対する検出感度及び特異性を調べた。
2. 臨床医学的細胞生物学的研究:EHEC感染によるHUSにて死亡した女児の剖検腎、正常マウスあるいはStxを投与したマウスの腎組織を用いて病理学的、免疫組織学的検索を行った。また培養細胞を用いてStxの影響を調べた。
3. HUSの発症機構:Stxによる腎障害動物モデルはラット右腎の動・静脈に入れたカニューレを通して種々の濃度のStx1を還流し、その後カニューレをはずし血管縫合して血流を再開することにより作製した。病原性大腸菌感染症における赤血球の役割を調べるために、赤血球膜のモデル膜構造として、リポソームによるStxの中和実験を以下のように行った。レシチン、コレステロール、ホスファチジルセリンにGb3を加え超音波処理してリポソームを調製した。赤血球膜は健常人赤血球よりright-side-out ghostを調製して用いた。Stx1(10 pg/ml)でベロ細胞を3日間処理する際にリポソームあるいは赤血球膜を共存させた時の生存ベロ細胞数から中和活性を調べた。
結果と考察
1. 迅速診断法の構築のための調製材料をStx1検出用イムノクロマトに適用したところ、1 ng/ml を検出できた。導入に最適なオリゴヌクレオチドの検討等を行い、特異的オリゴヌクレオチド導入抗Stx1及びStx2モノクローナルIgG (Fab')を調製した。上記オリゴヌクレオチドと相補的な配列のトラップ用オリゴヌクレオチドを合成した。オリゴヌクレオチド導入イムノクロマト法を用い精製Stx1及びStx2に対する検出感度を調べたところ、1 ng/ml(絶対量として100pg)と5 ng/ml(絶対量として500pg)を検出可能であり、100 ng/ml の精製毒素を用いても交叉反応は見られなかった。Stx1単独産生株、Stx2単独産生株、Stx1+Stx2産生株の培養上清に含まれる毒素をStx1+Stx2同時検出イムノクロマト法で検出したところ、Stx1単独産生株からはStx1のみが、Stx2単独産生株からはStx2のみが、Stx1+Stx2産生株からは両者が検出できた。以上、抗Stx1及びStx2モノクローナル抗体と金コロイド化抗Stx1及びStx2 IgGを用いてイムノクロマト法によるStx1及びStx2の検出系を構築し、さらにオリゴヌクレオチド導入法を取り入れ改良を試みた。できあがったイムノクロマト法のStx1及びStx2に対する検出感度は1 ng/mlと5 ng/mlであり、100 ng/ml の精製毒素を用いても交叉反応は見られず、有用な検出法と考えられた。
2. 臨床医学的細胞生物学的研究:Stx によって腎障害が引き起こされると考えられているにもかかわらず、実際の症例において、Stx が腎臓に移行し存在することは実証されていなかった。我々は EHEC O157:H7 に感染し、HUS を発症して死亡した1歳9ヶ月の小児の凍結組織切片を用いて、これを証明した。免疫染色法によって Stx1 および Stx2 が遠位尿細管に残存しており、かつ、その部位は Stx のレセプターであるGb3の局在部位とほぼ一致していた。一方、Stxの細胞毒性にアポトーシスが関与しているとの報告が出されたために、患者剖検組織を用いてその可能性を調べた。その結果、患者の腎凍結切片上でin situ endolabelling(TUNEL 法)により断片化DNAを検出し、アポトーシスを起こした細胞を観察することができた。すなわち、Stxによる腎組織の細胞死にはアポトーシスの誘導が関与していることが証明できた。培養細胞において、サイトカイン TNF-αや蛋白合成阻害剤シクロヘキサミドと Stx を共存させると Stx によるアポトーシスが増強されることから、Stx による細胞障害の機序としてのタンパク質合成阻害及びアポトーシス誘導がいくつかの因子の影響を受けることも明らかにした。EHEC によって引き起こされる臨床症状は、国内の多くの患者臨床像を集計分析すると、出血性大腸炎を主とする消化器症状にとどまらず、HUSやけいれん、意識障害などの中枢神経症状、膵炎、心筋炎、肺出血、肝障害などが報告されている。腎障害機序と類似の変化がこうした多臓器にも及んでいることが推測され、これらの臨床症状に対する Stx の関与を明らかにするために、種々の培養細胞及びヒト各種組織切片についてさらに検討し、重症化への進展防止の方法を探る予定である。Stx の腎における標的細胞の一つは尿細管細胞であり、EHEC 感染の病初期においてはたとえ、HUS が発症していなくても、既に尿細管障害が起きていると考えられた。
3. HUSの発症機構:2 mg/ml Stx1をラット右腎に5分間還流後、左腎を摘出すると、24時間後には血清尿素窒素(BUN)が上昇し、48時間後には154±76 mg/dLに達した。72時間後にはさらにBUNが上昇し、一部のラットは死亡した。緩衝液のみを還流、左腎摘出したコントロール群ではBUNは正常であった(21±2 mg/dL)。2 mg/ml Stx1還流群では毒素の沈着は見られなかったが、2 mg/ml Stx1を投与したラットでは還流直後に腎集合管に沈着が観察された。また病理学的検索から、腎における広範な組織障害が観察された。これらのことから、本モデルはStxによる腎障害の有用なモデルと考えられた。Gb3含有リポソームは用量依存的にStx1の細胞毒性を中和した。Gb4含有リポソームではこの活性は見られなかったことからGb3特異的な反応であることが示された。また中和活性を示すには他の脂質に対するGb3の比率(リポソーム膜上での密度)が一定以上であることが必要であり、ヒト赤血球膜上の比率と考えられるGb3/リン脂質=1/150のリポソームに中和活性は見られなかった。さらにヒト赤血球膜を血中と同程度の量になるように加えてもStx1の毒性に対する抑制効果は全く見られなかった。以上のことからStxの中和に必要なGb3の密度には閾値が存在することが明らかになった。また標的細胞として、通常のベロ細胞の代わりに、Gb3含量が低くStxに対する感受性が低下したベロ細胞を用いたところこの閾値が低下し、赤血球と同程度の、低いGb3密度のリポソームでも中和活性が見られた。これらの結果から生体内において赤血球は、Gb3含量の低い細胞に対しては中和活性を示すが、Gb3含量が高くStxに対して高感受性を示す細胞に対しては中和活性を示さないことがわかった。このことから、StxはGb3含量によって膜間を移動することが示唆され、赤血球はStxのキャリアーとなっていることが示唆された。Stxの腎還流によりラットに急性腎不全を起こすことができた。全身投与とは異なり、このモデルでは他臓器への作用がない状態で腎への影響を調べることができ、腎へのStxの作用を解析するのに有用なモデルと考えられる。一方生体内における赤血球の役割について、ヒト赤血球膜はGb3密度が低いためにベロ毒素高感受性細胞に対しては中和活性を示さないことが示唆された。赤血球は生体内に侵入したベロ毒素を組織に運ぶキャリアーとして作用すると考えられる。
結論
本研究から、ベッドサイドで応用可能な病原性大腸菌O157を含むStx産生性の大腸菌感染症の簡便迅速診断法の基本的手法が確立された。今後、本法の感度をさらに向上させるとともに、実際の臨床検体の測定を試みたい。また同菌感染によるHUSなどの合併症の発症機構について、アポトーシスの関与、動物モデルの作製、赤血球の役割などに関する新しい知見を得た。今後さらにこれらの研究を進め、新しい診断、治療法の開発へと発展させたい。

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