Vero毒素のトキソイドワクチンの開発とO157感染症発症防止に関する研究

文献情報

文献番号
199800466A
報告書区分
総括
研究課題名
Vero毒素のトキソイドワクチンの開発とO157感染症発症防止に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
高橋 元秀(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 荒川宜親(国立感染症研究所 細菌・血液製剤部)
  • 倉田 毅(同 感染病理部)
  • 渡邉治雄(同 細菌部)
  • 小室勝利(同 安全性研究部)
  • 山田章雄(同 つくば霊長類センター)
  • 網 康至(同  動物管理室)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
22,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
EHEC感染症の発病予防に、トキソイドワクチンによる予防効果とウマ抗毒素による治療の有効性を、本研究で確立した動物モデルを用い検討する。
また、作製したウマ抗毒素血清を用い、ジフテリア等の治療に現在用いられている筋肉内又は静脈内投与法の有効性を検討する。さらに、EHECが腸管内で産生した毒素、または抗生物質療法で菌体より遊離した毒素を特異的に吸着除去する療法を合わせて検討する。一方、作製した抗毒素を標準化し、標準品として国内外に供給する。特に、抗VT2血清はWHOにおいても国際標準品が用意されていないため、精度管理された技術、測定法を用いて標準化を行いWHOに標準品として提供する。
研究方法
(1)昨年度報告した精製方法について再検討し、毒素の純度を上げるために粗毒素を60%硫安塩析する前に、新たに低濃度の処理工程を加え、イオン交換カラムを用いたHPLCによる精製方法を検討した。(2)EHEC:O157感染動物モデルの作製:マウス感染モデルにおける菌投与後の系統差を、感染に対する高い感受性を有するBALB/c、非感受性のddy、C57BL/6を用いて、毒素レセプターと考えられているGB3の存在及び中性糖脂質の毒素との結合能を検討した。マウス小腸粘膜組織からの中性糖脂質の抽出は粘膜上皮を剥離、洗浄後、遠心沈査をクロロフォルム:メタノールに浮遊後、超音波処理して遠心した上清を回収した。中性糖脂質の毒素との結合性は抽出した糖脂質をプレートに展開し毒素を作用させた後、ウサギ免疫抗毒素血清を反応させDABで発色、測定した。(3)病原性について各種動物の病理組織学的解析:カニクイサルにVT1をマウス0.1、1.0、100LD50 /Kg濃度で静脈内投与し、臨床的、血液学的、免疫学的変化について検査すると共に、解剖後各組織の病理組織学的な検索をおこなった。血液学的な検査項目として毒素投与後、臨床生化学検査、血液凝固能試験及び主要リンパ球サブセットレベルの経時的変化を調査した。また、剖検所見及び採取組織をHE、PTAH、ベルリン染色等をおこない病理組織学的に検索した。(4)トキソイドワクチンの試作と評価:VT1、VT2をグルタールアルデヒドと共にリポゾームに取り込んだワクチンをマウスに3回腹腔内投与した後、経時的に採血し血中抗体価をELISAで測定すると共に、昨年確立したマウス感染モデルの方法で菌を投与して発症阻止効果を検討した。また、現行トキソイドの無毒化に用いられているホルマリンによるトキソイド化を安定剤としてアミノ酸を添加した条件で検討した。(5)標準品及び治療用抗毒素用のウマ抗毒素血清の作製:ウマの免疫には、VT2-リポゾームワクチンを基礎免疫として皮下注射し、追加免疫としてVT2を静脈内注射した。経時的に採血して血中抗毒素価が十分に上昇したことを確認した後、頸動脈より1回約5Lずつ部分採血した。血中抗毒素価の測定は、昨年度確立したVero細胞を用いた細胞培養法とマウスの致死を指標とする方法で行った。(6)O157に溶原化しているstx-converting phageの多様性に関する研究: PFGE型が判明しているEHECのうち国内単離O15720株と米国で単離された7株の解析を行った。精製したファージDNAをstx1ファージは制限酵素EcoRIで、stx2ファージはSmaIで切断し、アガロースゲル電気泳動で切断パターンの比較し、さらに、ファージDNA及び染色体DNA間を比較するためにstx1又はstx2遺伝子に特異的なプローブを用いてサザンブロッテイングによる解析を行った。
結果と考察
(1)30%飽和の工程を組み入れることにより、最終毒素の純度を比活性で比べると約30倍上昇した。しかし、最終精製毒素の回収率は従来と比べ2.5分の1に低下した。(2)菌感染マウスのモデルの系統差を検討するために、菌を経口的に投与後、経時的に糞便の菌数を測定した結果、マウスの系統による大きな差は認められなかった。また、感染・発症に感受性の違いが認められた数種の系統マウスの小腸粘膜組織中のG3及び抽出した中性糖脂質とのVT結合能を試みたが、いすれも存在していないことが判明した。(3)毒素を各種実験動物に静脈内投与して、臨床観察及び病理組織学的解析を行った結果、全ての動物で血管内皮、尿細管の病変が見られた。動物種の違いで特徴的に見られた臨床症状は、ラット、カニクイサルで下痢症状が観察されたが、他の動物では見られなかった。VT1の投与で
はカニクイサルとハムスターでは肺水腫が著明に見られた。VT1を投与したカニクイサルは、投与後2日目に沈鬱、体温低下を示し死亡した。剖検所見では血液凝固時間の延長、フィブリノーゲン量の急増、血小板機能の低下等が認められた。なお、微量毒素を投与したサルは血液・生化学検査値と血液凝固能に慢性的な変化が認められ、ヒトのHUSのモデルとなり得ることが伺えた。(4)VT1またはVT2リポゾームワクチンを注射してELISA価を測定した結果、抗VT1に対するIgG価は1回注射後検出されたが、抗VT2はVT1に比べて低い値であった。両者とも2回注射により高い応答を示した。3回注射後2週目に毒素を静脈内注射した結果、すべてのマウスは無症状で生存したが、対照マウスは体重減少、尿量の増加等特異的な症状を観察しすべて死亡した。また、O157生菌を経口投与した結果、全てのマウスは毒素特異的な症状は観察しなかったが、対照マウスではすべて死亡した。(5)ウマの免疫は基礎免疫で3回皮下注射、液状トキソイドを皮下及び静脈内に注射した。血中抗毒素価を測定した結果、血清希釈の64-100倍で毒素を中和する抗毒素価が証明された。免疫後、24週目にVT2を静脈注射した結果、1週後に8,200倍抗毒素価は上昇した。2-3週後には10,000倍以上となり、30週目より週3回頚静脈より5リッター採血した。血清中の抗毒素価をマウスを用いた中和抗毒素測定で試験した結果、血清希釈6,000倍した0.5mlはVT2 静脈内注射しても発症せず生存した。(6)PFGE型が判明している国内と米国の分離株のDNA構造をRFLP法で解析した結果、PFGEタイプIのO157株からされたstx2ファージ間ではきわめて高い相同性を有することが分かったが、PFGEタイプIIのO157株は多種多様な構造を持つstx2ファージが単離された。また、米国で単離されたO157株から精製したstx2ファージDNAは日本国内のPFGEタイプIのO157から単離されたファージときわめて高い相同性があることが判明した。
結論
毒素の精製方法を再検討した結果、粗毒素を60%飽和の一段階工程より30%の工程を組み入れる方法は最終毒素の純度が上昇した。この結果、回収率が低下したが、比活性の上昇を考えたときに充分メリットが得られた。菌投与後の腸管内への菌の定着、増殖にはマウス系統による大きな差はなく、また、レセプターとして考えられているGb3と抽出した中性糖脂質とVTは結合しなかった。各種実験動物で観察された病態は、ヒトのO157感染患者の報告と同様な症状、病変であり、ヒトのO157解析に際して研究目的に応じたモデル動物が得られた。VT1をカニクイサルに静脈内投与した場合に脳、血管内皮、肺及び腎臓に病変が見られ、これはヒトのO157感染発症の報告と重なる成績となった。VT1、VT2をグルタールアルデヒド-リポゾーム-ワクチンは、マウスの発症・感染モデルを用いた成績で十分な予防効果が認められ、世界に先駆け雑誌に報告した。VTにアミノ酸を添加してホルマリンで無毒化した場合は、比較的速やかに毒素活性が消失した。この条件で無毒化したトキソイドの免疫原性を試験中である。抗VT2ウマ免疫血清は、十分な抗毒素価を有する標品が得られた。現在、採血を継続中であるが、標準品(国内及び国際)とO157抗毒素作製のための必要量は得られると予想している。米国で単離されたO157株から精製したstx2ファージDNAと日本国内のPFGEタイプIのO157から単離されたファージときわめて高い相同性があることにより、距離的、時間的に関連性の少ない条件を考えると過去に両菌は共通のファージに感染している可能性が考えられる。  

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