非A非B型肝炎の予防、疫学に関する研究

文献情報

文献番号
199800463A
報告書区分
総括
研究課題名
非A非B型肝炎の予防、疫学に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
吉澤 浩司(広島大学)
研究分担者(所属機関)
  • 宮村 達男(国立感染症研究所)
  • 岡本 宏明(自治医科大学)
  • 日野 邦彦(聖マリアンナ医科大学)
  • 佐藤 俊一(岩手医科大学)
  • 田中 英夫(大阪府立成人病センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
1. 自覚症状がないまま社会に潜在し続けているHCVキャリアの実態を把握し、その発見から健康管理、治療に至るまでの一連の対策指針を構築すること。2. 新たに発見された非B非C型肝炎ウイルス(GBV-C/HGV, TTV)の分子ウイルス学的、臨床病理学的調査・研究を行ない、その臨床的意義を明らかにすること。3. 非A非B型肝炎ウイルス(HCV, HEVなど)の基礎的研究を行い、治療、予防ワクチン開発の可能性を追求すること。  を目ざした調査・研究を基礎医学、臨床医学、社会医学を担当する専門家の協力のもとに行ない、得られた成果を迅速に社会に還元し、保健・医療の向上に役立てることを目的とする。
研究方法
研究目的に掲げた3項目を調査・研究の柱とし、3年計画でこれを行なう。1年目は、上記目的を達成するための基本となる調査・研究および基礎的検討を中心に行い、2年目は、1年目の調査・研究および基礎的検討により得られた成果をもとに、重点を定めた調査・研究を規模を拡大して展開し、3年目は、2年目に引き続いた調査・研究を展開すると共に、それまでに得られた成果を解析し、全体のまとめと、得られた成果を社会に還元するための提言を行なう。
結果と考察
1.「HCVキャリアの実態把握と、HCVキャリアの発見から健康管理、治療に至る一連の対策指針の構築」 関連
1)献血を契機に発見されたHCVキャリア集団計2,035例を、大阪府のがん登録資料をもとに、平均5.3年にわたって追跡し、27例の肝発がん例を把握した。27名中25名は男性であった。届け出医療機関から回答が寄せられた22例についてみると、がん登録を行なった時点における平均年齢は56.0(43.0~64)歳であり、初診時に慢性肝炎(非活動性、活動性)と診断されていた例が計9例含まれていた。一方、HCVキャリア集団の健康管理・治療を含めた前向き調査は、広島県下の20の肝臓専門医の勤務する病院の協力のもとに行われており、920例の中からすでに4例の肝発がん例を見出している。  
2)地域住民を対象としたHCV検診については、岩手県と広島県において、両地区の検診機関、医療機関の特性を考慮に入れたパイロットスタディを開始している。岩手県では、岩手県予防医学協会を検診実施機関として、40歳以上の年齢層を対象としたHCV検診を行ない、受診者総数35,876人を数えるに至っている。一方、広島県では、40歳以上の年齢層を対象としたHCV検診を行ない、今年度末までに受診者総数22,738人を数えるに至っている。なお、両地域ともに如何に医療機関への受診率の向上を図るかが今後の課題として残されている。
3)職域集団については、大阪府下の企業内診療所および健康保険組合立の診療所に勤務する産業医を対象に調査を行い、HCV抗体検査受診率が52%にのぼっていることが明らかとなった。しかし、実施診療所の58%はS-ALT値の異常者を対象としていること、検査はHCV抗体の検査のみに止まり、HCVキャリアであるか否かの確定を行っていないことなど多くの問題点が残されていることが明らかとなった。
4)C型慢性肝疾患患者を対象とした治療効果について予備的な調査を行い、HCVのgenotype、血中ウイルス量から従来IFN治療の適用外として分類される集団においても、IFNとリバビリンの併用療法により16.7~23.8%に、HCVの排除を見込める成績が得られていることが明らかとなった。
5)1971年から1995年までの期間を5年ごとに区分し、全国の市町村別にみた肝がんの標準死亡比のマップを完成した。その結果、1970年代に比して、1990年代には肝がん死亡の多発地域が北九州、瀬戸内沿岸、大阪湾岸に、集中の度合いを増していることが明らかとなった。なお、1990年代の中期に行った調査・研究により、これらの3つの地域は他の地域に比して60歳以上の年齢層におけるHCV感染率が高いことが明らかとなっている。覚醒剤依存・覚醒剤精神病患者(以下覚醒剤依存精神病患者)を対象とした全国調査を行った結果、注射筒共有の経験者が78.1%(142/155)、注射針共有の経験者が80.7%(117/145)にのぼること、覚醒剤依存・精神病患者集団におけるHCV抗体陽性率は53.0%(177/334)と高い値を示すことが明らかとなった。また、HCVの分子系統解析から、HCV感染の汎流行時期は約50年前を中心におこっていたと推定された。これらの成績を総合すると、我が国におけるHCV感染の広がりは、・まず、1940年代の後半から1950年代にかけて覚醒剤常用者集団内にHCV感染の高度侵淫状態が起こり、(2)これを感染源として、当時の社会全般に渡る劣悪な衛生状態、医療環境を経路とする二次的なHCV感染の広がりがおこったことを示唆していると考えられた。
2.「新たに発見された非A非B型肝炎ウイルス(GBV-C/HGV、TTV)のウイルス学的、臨床病理学的調査・研究」関連
TTウイルス(TTV)の分子ウイルス学的研究を行い、以下のことを明らかにした。
(1)TTウイルスは外殻をもたないウイルスであり、その遺伝子は3.9Kbの環状一本鎖(マイナス鎖)DNAである。(2)TTVには数多くの genotypeが認められ、ウイルス株が少なくとも16種類以上存在する。(3)DNAウイルスでありながら、構造蛋白をコードすると推測されるORF1に超可変領域が認められ、慢性感染例ではquasispeciesの状態になっている。(4)ある特定のgenotypeに属するTTV(N22PCR法により検出されるgenotype)の感染と肝疾患との関連性を示唆するなどの成績が得られつつある。
3.「非A非B型肝炎肝炎ウイルス(HCV、HEVなど)の治療、予防ワクチン開発を目指した基礎的研究」関連
バキュロウイルスを用いて、中空粒子の形態を示す蛋白を発現させた。この蛋白は、HEVの感染粒子と構造的にも、抗原的にも同一の性質を有し、大量に発現させることが可能であることから、特異度の高いHEV抗体検出系の確立・普及の他、モデル動物を用いた実験によりワクチン効果を評価するために適している。マウスの腹腔内にこの蛋白を接種することにより、IgG型HEV抗体の産生がみられ、また経口投与により便中へのIgA型HEV抗体の出現がみられた点が特に注目された。
結論
1.献血を契機に発見されたHCVキャリア集団を追跡し、肝発がん例を見いだした。更に観察期間を延長して、症例の蓄積を図るとともに、発見時に遡った肝病態の経年的変化の解析を行うことにより、自覚症状がないまま社会に潜在し続けているHCVキャリアの自然史を解明することを目指す。
2.検診機関、医療機関などの背景が異なる2つのパイロット地区(県域)において40歳以上の年齢層の地域住民を対象としたHCV検診を開始した。検診により見いだされたHCVキャリアの医療機関受診率は約40%と低率に止まっていることから、今後、受診、受療促進のための検討が必要であることが明らかとなった。また、職域集団を対象としたHCV検診の実施状況を調査した結果、主としてS-ALT値の異常を示した集団を対象としていること、検査はHCV抗体検査に止まり、HCVキャリアであるか否かの判定までには至っていないことなど改善を図るべき課題があることが明らかとなった。
3.覚醒剤依存・精神病患者を対象とした全国調査を実施した。その結果、この集団では注射筒、注射針の共有経験が高頻度にみられ、HCV抗体の陽性率が53.0%と高い値を示し、社会におけるHCVの感染源は、この集団を中心に密度の高い状態で依然として残存していることが明らかとなった。
4.HCVの分子系統解析から、我が国のHCV汎流行は約50年前を中心におこっていたと推定された。70歳以上の高年齢層にみられる高いHCVキャリア率、約50年前の我が国では、広汎に及ぶ覚醒剤の乱用がみられたこと、およびこの時期における社会全般、医療現場の衛生環境が劣悪であったこと、などはこの「推定」を支持する傍証となるものと考えられた。
5.新たに発見された非B非C型肝炎(TTV)の分子ウイルス学的な解明がすすみ、ある特定のgenotypeに属するTTVの感染と肝疾患の病態との関連を示唆する成績が得られた。
6.バキュロウイルスを用いて、HEVの感染粒子と同様の形態、抗原性を持つ中空の粒子状の蛋白を大量に発現させることに成功した。この蛋白を用いた特異度の高いHEV抗体検出系の開発・普及、ワクチンへの応用の可能性が期待される。
7.未知の輸血後肝炎に関連する未知のウイルス探索のため、3年間を通して受血者の追跡調査を継続して行う予定である。

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