粘膜免疫機構の基盤と応用

文献情報

文献番号
199800462A
報告書区分
総括
研究課題名
粘膜免疫機構の基盤と応用
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
田村 慎一(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 岩崎琢也(国立感染症研究所)
  • 坂口雅弘(国立感染症研究所)
  • 五十君静信(国立感染症研究所)
  • 西沢俊樹(国立感染症研究所)
  • 清野宏(大阪大学微生物病研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
広大な粘膜面を介して多くの細菌やウイルスは生体に感染し病気を引き起こす。生体はIgA抗体関与の粘膜免疫機構の働きによって病気から回復し、回復後再度の感染に対して生体をを防御する特異的な免疫能力を準備する。粘膜ワクチンは、発病させることなく生体に免疫能力を準備させるために予め投与される抗原であり、感染によって誘導されるのと同等に強い免疫能力を準備することがその理想条件になる。本研究は、ウイルスや細菌感染に伴う、また、粘膜ワクチンの投与に伴う粘膜免疫応答とその制御機構を、粘膜関連リンパ系の分子・細胞・組織のレベルで明らかにすると共に、それを基礎に予防効果の高い安全な粘膜ワクチンを開発することを目的としている。
研究方法
1.粘膜ワクチンの有効性の免疫学的基礎の解析。1)インフルエンザウイルス感染やアジュバント併用経鼻ワクチンの投与に伴うNALT(マウスにおける気道の粘膜の中心組織である鼻咽頭関連リンパ組織)の様々なサイトカインmRNAの動態を検討した(田村)。2)A型のインフルエンザウイルス株PR8(H1N1)と HK483(H5N1)の感染マウスにおいて、ウイルス感染細胞の局在について組織学的に検討した(岩崎)。3)NALTの組織切片のコンフォーカル解析により、IgM, IgG, IgA前駆B細胞の存在とその頻度を解析した(清野)。
2.新しい粘膜ワクチンの開発。1)アジュバント併用経鼻ワクチンの安全性を高めるために、CTの変異分子4種類、CT7K(CTのN末端から7番目のArgをLysに置換)、CT61F (CTの61番目をSerからPheに置換)、CT112K(112番目のGluをLysに置換)、CT118E(118番目のGly をGluに置換)を作製して、そのアジュバント活性、毒性、アレルギー誘導能を検討した。本実験で用いられたマウスへのアジュバント併用インフルエンザワクチンの経鼻投与条件は、20kgのヒトにそれぞれ100μgのワクチンとアジュバントを投与する条件に対応していた(田村)。2)肺炎球菌の細胞膜抗原(PspA)を無毒化コレラトキシン(CT)と共に経鼻投与して、免疫応答と防御効果を検討した(清野)。3)う蝕病原菌(Streptococcus mutans)の初期付着因子(菌体表層蛋白質抗原:PAc)に対する阻害抗体のみを誘導できる最小のペプチド抗原(13残基)をユニットとした様々なペプチドをデザインして抗体誘導能を検討した(西沢)。4)病原性大腸菌O157にVerotoxin 1(VT1)のエピトープを組み込んだ乳酸菌Lactococcus lactis IL1403を経口投与したマウスにおける粘膜免疫応答によって、経口ワクチンのベクターとしての乳酸菌の有用性を検討した(五十君)。
3.粘膜アレルギー抑制機構の解析。1)スギ花粉症の主要なアレルゲンであるCryj1のcDNAをpCAGGSプラスミドに組み込んで構築されたDNAワクチンを免疫したマウスにおいて、アレルゲン特異的なIgE抗体応答を検討した(坂口)。
結果と考察
1.粘膜ワクチンの有効性の免疫学的基礎の解析。1)感染後やワクチン投与後のNALTにおける免疫応答にTh1型(IL-2とIFN-γ)とTh2型(IL-4とIL-6)の両方のサイトカインが関与しているが、感染ではIFN-γが優勢の免疫反応が起こり、ワクチン投与条件ではIL-4が優勢の免疫反応が起こっていることを示していた(田村)。2)HK483(H5N1)ウイルス株は1997年に香港で分離されたものであり、既に全身に存在するプロテアーゼによってHA分子の切断が起こりニワトリにおいて全身感染を起こすことが報告されている。本実験において、H1N1亜型のウイルスはマウスの上皮細胞のみに感染するのに対し、HK483(H5N1)はニワトリにおけると同様に上皮細胞のみならず上皮下の細胞にも感染を成立させる事が明らかになった。今後、PR8(H1N1)とHK483(H5N1)を感染したマウスの免疫応答の違いが検討されねばならない(岩崎)。3)NALTには高頻度で細胞表面にIgM, IgG, IgA抗体を発現している前駆B細胞が存在しており、形質細胞はほとんど認められなかった(清野)。
4.新しい粘膜ワクチンの開発。1)我々既には、微量の大腸菌易熱性毒素(1%LT)を含むそのBサブユニット(LTB*)(100μg)が、経鼻インフルエンザワクチン(100μg)のアジュバントとしてヒトにおいて有効であることを示唆してきた。本実験条件下で、このLTB*はマウスにおいてCT112Kの約2倍のアジュバント活性を示したが、毒性がCT112Kより約100倍高かった。他の変異CTは
CT112Kよりアジュバント活性が低く毒性が高いため、本実験で用いられた変異CTのうちでCT112Kが、ヒトに適用出来る最も有効且つ安全な経鼻接種インフルエンザワクチンのアジュバントになることが示唆された(田村)。2)肺炎球菌の細胞膜抗原(PspA)を無毒化コレラトキシン(CT)と共に経鼻投与したマウスには、高いレベルのて肺炎球菌特異的IgGと IgA抗体が、血清と鼻洗浄液・唾液に誘導された。また、肺炎球菌特異的IgGと IgA抗体産生細胞も脾臓、鼻腔粘膜固有層、唾液腺に誘導された。さらに、これらのマウスに肺炎球菌をチャレンジ感染した結果、約8割のマウスに感染阻止が認められた(清野)。3)う蝕病原菌の初期付着因子に対する阻害抗体のみを誘導できる最小のペプチド抗原(13残基)をユニットとした様々なペプチドをデザインした。そのうち、3量体を直列連結(タンデム型)し連結部のスペーサーにリジンを用いたものが最も阻害抗体誘導能が高かった(西沢)。4)病原性大腸菌O157のVerotoxin 1(VT1)のエピトープを組み込んだ乳酸菌Lactococcus lactis IL1403は、それを経口投与されたマウスにおいて、VT1に特異的な血清及び腸洗浄液中のIgA及び IgG抗体応答を高めた。この誘導されたVT1に特異的な抗体が防御抗体として働くかどうかが今後検討されねばならない(五十君)。
3.粘膜アレルギー抑制機構の解析。1)スギ花粉症の主要なアレルゲンであるCryj1のcDNAをpCAGGSプラスミドに組み込んだDNAワクチン(pCACJ1)は,予めマウスに筋肉注射しておくと、アレルゲンであるCryj1蛋白質(とアラム)の感作によって誘導されるIgE抗体産生を抑制した。また、
pCACJ1を筋肉注射したマウスの脾臓のT細胞は、in vitroでTh1型サイトカインIFN-γを産生した(坂口)。
結論
1.粘膜ワクチンの有効性の免疫学的基礎の解析。1)気道の粘膜組織であるNALTには、IgAを中心とした前駆B細胞が高頻度に存在し、一方、NALTの周囲の鼻腔粘膜固有層にはIgAを産生する形質細胞が高頻度に存在する。従って、NALTとその周囲の鼻腔粘膜固有層は、それぞれ気道の粘膜免疫応答の誘導組織と実行組織として機能している(清野)。2)インフルエンザウイルスの感染とアジュバント併用経鼻インフルエンザワクチンによって誘導される免疫応答において、両群に共通に見られるIL-6等のサイトカインがインフルエンザウイルス抗原に対するIgA抗体産生に関与しており、感染群に優勢のIFN-γはCTLsの産生に、ワクチン群に優勢のIL-4はIgG1やIgEの産生に関与していることを示唆している(田村)
2.新しい粘膜ワクチンの開発。1)CTの変異分子、CT112K(112番目のGluをLysに置換)(100μg)併用の経鼻インフルエンザワクチン(100μg)が、ヒトに適用出来る有効且つ安全な経鼻接種ワクチンになることが示唆された(田村)。2)無毒化コレラトキシン(CT)併用肺炎球菌の細胞膜抗原(PspA)は、肺炎球菌に対する有用な経鼻型ワクチンの候補になることが示唆された(清野)。3)う蝕病原菌の初期付着因子(PAc)の生物活性阻害抗体のみを誘導できる最小単位のペプチド(13残基)の3量体を直列連結し連結部のスペーサーにリジンを用いたものが、経鼻う蝕ペプチドワクチンとして有力な候補になることが示された(西沢)。4)乳酸菌が経口ワクチンの有用な運び屋になることが示された(五十君)。
3.粘膜アレルギー抑制機構の解析。1)DNAワクチンを予め筋肉注射しておくとことによって、アレルゲン特異的なTh1細胞が誘導され、アレルゲンに対するIgE抗体産生が抑制される(坂口)。

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