リケッチアによる新興・再興感染症の疫学、診断および予防に関する研究

文献情報

文献番号
199800459A
報告書区分
総括
研究課題名
リケッチアによる新興・再興感染症の疫学、診断および予防に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
平井 克哉(岐阜大学農学部)
研究分担者(所属機関)
  • 福士秀人(岐阜大学農学部)
  • 小田 紘(鹿児島大学医学部)
  • 森田千春(酪農学園大学獣医学部)
  • 上野弘志(酪農学園大学獣医学部)
  • 山本静雄(麻布大学環境保健学部)
  • 川原 真(名古屋市衛生研究所微生物部)
  • 丸山総一(日本大学生物資源科学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、わが国で注目されているリケッチア性のQ熱、エールリキア症、猫ひっかき病および紅斑熱について疫学調査を実施して汚染状況を明確にする。また病原体の性状や病原性などを把握し、さらに効果的なワクチンを開発する。    
研究方法
国内各地のヒトをはじめ家畜や野生動物の材料を採取すると共にダニを採集した。これらにつき血清疫学的および病原学的に調査を実施した。また、分離病原体の生化学的性状、病原性、遺伝学的性状などを解析した。
結果と考察
研究結果=Q熱のヒトの疫学では、一般の健康者60名中3.3%に対し、獣医師275名中22.5%、食鶏処理場従業員107名中11.2%、呼吸器疾患患者184名中15.2%に抗体が検出され、畜産関係者や呼吸器疾患患者にQ熱が存在する可能性を血清学的に示唆した。また、ウシの各種材料や牧場のダニから本菌を多数分離した。呼吸器疾患患者および異型肺炎患者血清を調査した結果、前者の血清40例中、遺伝子はIgM抗体陽性10例のうち9例とIgG抗体陽性25例中3例から、また後者の血清58例中、遺伝子はIgM抗体陽性23例のうち21例(91%)から検出され、さらに、IgM抗体陽性21例中19例から本菌が分離され、病原学的にもわが国にQ熱が広く浸淫していることが明らかになった。一方、飼育ネコが感染源と推定される典型的な症例および感染源不明な小脳炎, 髄膜脳炎、壊死性リンパ節炎などの症例が集積された。さらに伴侶動物を含む家族内感染事例も確認された。某医学部附属病院17診療科に来院した3,000名の血清について調査した結果、抗体陽性率は放射線科(11.8%)、精神神経科(9.7%)、皮膚科(9.2%)の順に高く、また、遺伝子は抗体陽性患者の82.4%および陰性患者の11%から検出された。カルテから現在までに明らかになった診断名別陽性患者は、腫瘍31名、肝臓疾患21名、心臓疾患8名、HTLV感染症5名、呼吸器疾患4名、腎臓疾患4名、自己免疫疾患4名、リウマチ3名、甲状腺機能異常3名、神経疾患2名、その他18名であった。このように、腫瘍、肝臓、心臓疾患などに比較的陽性患者が多く認められたこと、また慢性例由来株に特異的なQpRSプラスミドが検出されたことから、わが国にも慢性Q熱患者が相当数いると推察された。したがって、原因不明のまま見落とされていると考えられる。
Q熱の動物とダニの疫学では、繁殖障害牛の生乳214検体中36例(16.8%)、子宮スワブ61検体中13例(21.3%)、健康牛乳房50検体中4例 (8%)、流産胎子4検体中2例(50%)およびダニ15プール検体中4例 (26.7%)からC. burnetii が分離された。したがって、日本の家畜およびダニに本菌が広く存在することを病原学的に明らかにした。家禽では、ニワトリ1,589検体中2%、ウズラ174検体中2.9%、アイガモ238検 体中1.3%およびマスコビーダック30例中3.3%が陽性であった。また、野鳥のカラス35 %、ハト6%からも抗体が検出された。特にカラスは血清と腸管から本菌とその遺伝子が検出され、わが国の野生動物にも広く浸潤していることが示唆された。
Q熱起因分離株の性状では、病原性に関して、分離12株のモルモットに対する病原性を発熱と脾臓および精巣の腫脹を指標として調べた。3 株 (3M, 60M,53U) は 高熱(40℃ 以上)と脾臓および精巣の重度な腫脹が、2株(58T, 605P)は微熱(38.9-39.9℃)および脾臓の軽度な腫脹が、また7株(1M, 27M, 82M, 50F, 57T, TK-1P, 307P)は正常体温を示したが4株に脾臓の軽度な腫脹が認められた。このことから、日本には病原性の異なる C. burnetii が存在する可能性が示唆された。日本分離株の免疫化学的性状では、国外分離株と比較解析した結果、国内分離9株のリポ多糖体(LPS)は 5 株(3M, 53U, 307P, TK-1P, 1M)が I 相, 2 株(27M, 82M)がII 相 および 2 株 (50F、58T) が中間型のパターンに分けられた。新鮮株は強毒の I 相菌であるが、in vitroで 50 代以上継代すると弱毒の II 相菌に相変異することが知られている。国内分離株はわずか 4 代から 5 代の継代歴でもII 相菌のLPS パターンを示すことから、病原性の弱い II 相菌が野外に存在する可能性が示唆された。国内分離 12 株のポリペプチドを国外分離13株と比較解析した結果、主要ポリペプチドは 13, 15.7, 19.5,28, 29.5, 45 および 67 kDa であった。その他微量な30 から40のポリペプチドが検出された。 29.5 kDa 以上のポリペプチドパターンは国外分離株と同一であったが、29 kDa 以下の低分子領域のポリペプチドは国外分離株も含めて株による相異が認められ、5群に分けられた。さらに 国内分離 12 株のポリペプチドの抗原性状を感染マウス耐過血清のイムノブロッティングにより国外分離13株と比較解析した結果、交差反応から5群に大別された。1群には国内および国外分離株を含め牛乳、流産胎子、ダニおよび急性Q熱患者由来の17株が属した。2 群には国外の急性Q熱患者由来株および羊流産胎盤由来 2 株が属した。3、4 および 5 群には慢性Q熱患者由来6株が属した。したがって、C.burnetiiにはポリペプチドの抗原性状の異なる株が存在することをはじめて明らかにした。
国内外分離株の遺伝学的性状解析では、C. burnetii の国外分離11株および国内分離10株計21株のcom1遺伝子の塩基配列を比較解析した結果、com1遺伝子の塩基および推定アミノ酸配列は株間で相同性が極めて高いが、慢性例由来株に特異的な塩基およびアミノ酸残基がみられた。C. burnetii の21株は com1遺伝子の特異的な塩基および推定アミノ酸により4群に分けられた。国外急性例由来4株と国内ダニ 、生乳および急性例由来10株は1群に、国外慢性例由来の2および3株はそれぞれ2および3群に、国外急性例由来1株およびヤギ流産胎仔由来1株は4群に属した。以上のように、ウシ、ダニおよびヒト急性および慢性例由来株は、塩基配列で異なり、C. burnetii 株の鑑別に有用であることが示唆された。
com1遺伝子の発現と診断用抗原への応用では、急性および慢性例由来計8株からのcom1遺伝子を発現ベクターpET21cにクロニングし、大腸菌に発現させ、SDS-PAGEおよびimmunoblotting法により、8株の組換え体はすべて分子量約32および30KDaの蛋白質を発現していることが確認された。発現蛋白質はC. burnetii 免疫血清および27-kDa外膜蛋白質を認識するモノクロナール抗体とすべて反応することから、少数のアミノ酸の相異にもかかわらず、8株の27-kDa外膜蛋白質には共通な抗原決定基が存在することが判った。一方、精製した27-kDa発現蛋白質はELISA抗原として有用であることをQ熱ヒト血清を用いて評価した。すなわち、発現蛋白質およびNine Mile II 相菌を抗原として用い比較したところ、IF陽性の40検体は全例が陽性で、IF陰性の20検体は全例が陰性であった。この結果から、27-kDa発現抗原を用いたELISA法は、特異性が高く、抗体検出に有用であることが示唆された。
本菌の新しい抗原性を担う、isocitrate dehydrogenase (IDH)をコードするicd遺伝子およびdihydrolipoamide succinyltransferase, ODHをコードするsucB遺伝子をクローニングし、塩基配列決定と組換えIDHおよび生化学的性状を解析した結果、427個のアミノ酸からなる46.6kDaの蛋白質をコードするopen reading frame (ORF) が同定された。推定分子量はclone pC16のE. coli における発現蛋白質の分子量とほぼ同じであった。この推定アミノ酸配列は、E. coli および S. enterica のIDHと、それぞれ74および73%の高い相同性を示した。Clone pC16 はE. coli DEK2004株 (trp,icd, recA)を相補し、未変性ゲル電気泳動でC. burnetii のIDHと同じ易動度を示す組換えIDHを産生した。15株からのicd遺伝子を比較した結果、急性Q熱由来株と慢性Q熱由来株を区別する塩基およびアミノ酸配列に一つのマーカーが見られた。生化学的解析から、C. burnetii のIDHは、NADP依存性で他の細菌のIDHと異なり、至適pHは低く6.5から7.2であった。また、pC16形質転換 E. coli DEK2004 におけるIDH産生はpH 5.0から5.5の間で高かった。C. burnetii icd 遺伝子およびIDHの特徴は本菌の増殖環境と関係があると考えられる。
単クローン抗体による本菌の型別に関する研究では、C. burnetii Nine Mile株 I相菌のLPSに反応する23種のモノクローナル抗体(MAb)および蛋白を認識する9種のMAbsを作出し、IFによる反応性から型別を試みた。急性例由来13株(QpH1プラスミド保有)および慢性例由来6株(QpRSプラスミド保有1株、QpDVプラスミド保有2株、プラスミド非保有3株)のI相菌を用いた。供試19株は、全てのMAbsに反応した1群、14MAbsに反応し9MAbsに反応しない2群、7MAbsに反応し16MAbsに反応しない3群、2MAbsのみに反応する4群に型別された。1群には全ての日本分離8株(ヒト、動物、ダニ由来)、ヒト急性由来3株およびダニ由来4株を含むQpH1プラスミド保有13株中11株とヒト由来QpDVプラスミド保有の2株が属した。2群には動物由来QpH1プラスミド保有の海外由来2株が属した。3群にはヒト由来プラスミド非保有の慢性例由来3株が属した。4群にはヤギ由来QpRSプラスミド保有の慢性例由来1株が属した。以上の結果から、C.burnetii は1属1種で血清型が知られていないが、MAbsによる型別の可能性が示唆された。QpRSプラスミド保有株とプラスミド非保有株はQpH1およびQpDVプラスミド保有株と異なるLPS構造を持つ可能性、またQpDVプラスミド保有株はQpH1プラスミド保有株に類似するLPS構造を持つ可能性が示唆された。
エールリキアに関する疫学的研究では、東京都西多摩郡桧原村で捕獲された野鼠26匹からEhrlichiaの分離を行ったところ、10匹から感染性脾臓肥大因子を分離した。分離された野鼠の内訳はアカネズミが9匹、ヒメネズミが1匹であった。E.muris が分離された足助町でキチマダニ(Haemophysalis flava)の若虫10匹をBALB/cマウスに吸着させたところ5匹のマウスから感染性脾臓肥大因子を分離された。E.muris、野鼠からの分離株 およびダニからの分離株 のそれぞれの抗血清および抗原を用いて交差試験を行ったところ、E.muris の抗原性とほぼ一致した。光学顕微鏡および電子顕微鏡による観察では野鼠からの分離株およびダニからの分離株は細胞質に1~3μの桑実様封入体が認められ、空胞内に長さ0.4~1.0μ、幅0.2~0.7μの電子密度の高い多形性の基本小体が多数認められた。E.muris の16SrRNA gene の塩基配列を比較したところ、何れの株も99.7%以上の相同性を示し、分離株はすべてE.murisであると同定した。東京都の野鼠およびヒトの抗体調査では、E.murisが分離された桧原村の野鼠は抗体保有率が、58% (15/26)であった。抗体価はすべて80倍以上を示し、最高2560倍であった。一方、日の出村の野鼠の抗体保有率は0%(0/27)で、青梅市の野鼠も0%(0/32)であった。八王子で捕獲された野鼠の抗体保有率は5%( 4/78)であったが、桧原村の野鼠と異なり抗体価は何れも160倍以下か、もしくは認められなかった。一方、東京都の五日市市および青海市で採血されたヒト血清の抗体調査を行ったところ、陽性率は五日市市が1.1%(16/1487)で、青梅市が1.3%(4/316)であった。抗体価は五日市市が10~160倍で、青海市では10~160倍であった。動物の抗体調査では岐阜大学の動物病院で集められたイヌ血清のE.murisに対する陽性率は3.6%(18/499)であった。筑波大学の動物病院で集められたイヌ血清の陽性率は5.5%(11/200)であり抗体価は10倍から2560倍であった。サルは1.4%(1/70)、クマは2.1%(1/48)、シカは15%(3/20)、イノシシは17%(3/18)であり、抗体価は10倍から320倍であった。名古屋市内で捕獲された野鼠(アカネズミ)の陽性率は9.5%(21/221)であったのに対し、同じく名古屋市内で捕獲されたドブネズミには抗体は認められなかった(0/327)。
E. canisの抗体調査では、沖縄県下の捕獲犬では、本研究実施前の抗体検査成績(442頭中89頭(20.1%)が陽性であった)に加えて新たに188頭について検査し、40頭の抗体陽性犬(21.3%)を見出した。これらを合計すると、630頭中129頭(20.5%)が抗体陽性であった。徳島市およびその周辺の飼育犬では、341頭中8頭(2.3%)が抗体陽性であり、その中でピロプラズマ陽性犬36頭では3頭(8.3%)、それ以外のイヌでは305頭中5頭(1.6%)が抗体陽性を示した。山口市およびその周辺の飼育犬では、448頭中22頭(4.9%)がE. canisの抗体陽性を示した。そのうち屋外飼育犬は303頭中19頭(6.3%)がE. canisの抗体陽性を示し、室内飼育犬82頭は全頭陰性であ
った。ヒトの抗体保有調査では、現在までに入手した本州在住のヒトの血清50例に、E. canisの抗体が検出されなかった。抗体陽性イヌからE. canis 分離の試みたが、分離されなかった。 猫ひっかき病の疫学的研究では、日本の飼育猫の471頭中43頭(9.1%)がB. henselae抗体(IgG)を保有していた。B. henselaeに対する雄猫の抗体陽性率は12.9%,雌猫の5.2%であった。各病院ごとの猫のB. henselae抗体陽性率は0~19.5%であった。B.henselae抗体陽性の猫は1歳以下~14才までみられた。関東地方の猫462頭中15頭(3.2%)の猫に感染が認められた。このうち,飼育猫200頭中10頭(5.0%),不要猫174頭中5頭(2.9%)が陽性であった。性別にみると,雄猫168頭中7頭(4.2%),雌猫184頭中7頭(3.8%),不明22頭中1頭(4.5%)が陽性であった。飼育猫の年齢別の陽性率は,1才未満:41頭中4頭(9.8%),1~2才:30頭中3頭(10.0%),2~3才:11頭中1頭(9.1%),3才以上:83頭中1頭(1.2%),年齢不明:35頭中1頭(2.9%)であった。感染猫10頭中8頭にノミの寄生が認められた。飼育環境別感染状況は,屋内飼育猫3%,屋外飼育猫12.5%,屋内および屋外飼育猫5.6%であった。不要猫では,体重500g以下の子猫1頭,1~2kgの成猫3頭,4.5kg以上の成猫1頭から本菌が分離されたが,新生子猫88頭からは分離されなかった。パルスフィールド電気泳動法を用いて各国に分布する B. henselaeの性状を分子疫学的に検討したところ,アメリカおよびフランスの猫から新種のB.clarridgeiaeが検出されたが,日本の猫からは検出されなかった。また,各国の猫は複数の株あるいは菌種に感染していた。B. henselae の染色体DNAは1.6MB~2.4MB,B. clarridgeiae のそれは約1.6MBであった。 紅斑熱群リケッチアの疫学的研究では、北海道における抗体保有率はA. speciosus(27%,44/164),A. argenteus(0%,0/80)であった。RpCSを用いたPCRにより17検体(A. speciosus 10,I. ovatus 6,I. persulcatus 1),Rr190によりI.persul-catus 1検体が陽性を示した。RFLP解析では,A. speciosusおよびI. ovatusはR. japonica様となり,I. persulcatusはそれとは異なっていた。大阪におけるシカの31%(10/32)に抗体が認められた。Rr190を用いたPCRでは4検体が陽性を示し,その塩基配列はR. japonicaと99%以上の相同性を示した。また2種のマダニ(H.longicornis,H. flava)でRr190により増幅が認められた。[沖縄]26%(136/517)のイヌが抗体陽性であり,放浪犬の陽性率(31%,132/430)は飼育犬(5%,4/87)より有意に高かった。ヒト血清は45%(74/164)と非常に高い抗体保有を示した。放浪犬血液は7検体でRpCSとRr190の両方により増幅が認められ,RFLP解析,シークエンシングの結果R. japonicaに酷似していた。しかしマダニではRpCSのみで増幅が認められ,そのRFLP解析は既知のSFGRと異なっていた。インドネシアにおけるネズミの68%(71/104)が抗体を保有し,その率には地域差が認められた(Jakarta;89%,34/38,Bogor;56%,37/66)。種別の抗体保有率は,R. norvegicus 100%(15/15),R. tiomanicus 100%(6/6),R. exulans 75%(6/8),およびR. r. diardii 59%(44/75)であり,R. norvegicusとR. tiomanicus の保有率はともにR. r.diardiiより有意に高かった。濾紙吸着野生ネズミ血液の溶出液からRpCS(35検体),Rr190(3検体:全てR. norvegicus)の使用により特異的増幅が見られた。マダニ(Haemaphysalis sp.,Aponomma sp.,種不明)でもRpCS,Rr190により増幅が認められた。抗体陽性,PCR陽性を示した検体については,培養細胞を用いてリケッチア分離を試みている。
結論

公開日・更新日

公開日
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更新日
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