食餌性ボツリヌス中毒および乳児ボツリヌス症に関する研究

文献情報

文献番号
199800458A
報告書区分
総括
研究課題名
食餌性ボツリヌス中毒および乳児ボツリヌス症に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
小熊 惠二(岡山大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 高橋元秀(国立感染症研究所)
  • 中村信一(金沢大学医学部)
  • 小崎俊司(大阪府立大学農学部)
  • 大山徹(北海道立衛生研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現在我が国では食餌性ボツリヌス中毒は稀であるが、1984年辛子蓮根による中毒で11名が死亡した。乳児ボツリヌス症は1987年に9例認められたが、その年厚生省が乳児には蜂蜜を投与しないよう通達を出してから減少した。しかし1990年より今日まで、原因不明(1例は野菜スープが原因か)のものが4例発生している。各種の食品が輸入され、多様な保存食品が販売されている現実では、大発生が起こる危険性は高い。このため、ヒト型抗毒素血清あるいはモノクローナル抗体を用意しておくことは必要なことと思われる。また、乳児の突然死とボツリヌス中毒の関係を調査することは、我が国の国民の健康管理を考える上で重要と思われる。さらに、牛や水鳥に有効なワクチンを開発し、家畜や動物の中毒を予防することは、動物を助命する事のみでなく、自然界のボツリヌス芽胞による汚染の悪循環を断つ意味もあり重要である。
研究方法
1)食品の汚染調和 金沢市内で市販している粉ミルク(15品目)、ベビーフード(51品目)、蜂蜜(6品目)、砂糖(5品目)、甘味料(11品目)、発酵調味料(12品目)の計100品目を調査した。各食品50gを滅菌生理食塩水(生食)で10倍に希釈し、10,000rpm、20分遠心した後、その沈査を2・の生食に懸濁した。懸濁液1・づつを10・のチョップド・ミート培地に接種し、1体はそのまま、他方を65℃、20分間加熱した後、30℃、5日間培養した。培養液を濾過滅菌し、0.5%トリプシン処理した後、0.5・をマウスの腹腔内に注射し、5日間生死を観察した。 2)PCRによる迅速検出法の開発 既にボツリヌスA~F型毒素のlight chainの特定の領域(300bp程)に対するプライマーを合成し、PCR法による同定法を開発しているで、今回は同様の方法によりボツリヌスG型、破傷風毒素を特異的に検出するプライマーを開発した。またB. anthracis、B. cereus、B. thuringiensisの場合は、これらの菌が共通に産生するレシチナーゼ遺伝子の特定領域(約350bp)をまず増幅し、次いで炭疽菌とセレウス菌は既報の毒素遺伝子用プライマーを用いるという方法も考案し 3)ボツリヌスA、B、E、F型沈降トキソイドの作製 C. botulinum type A-92、B-Okra、E-35396、F-Langelandを培養後、酸沈澱、硫安塩析、ゲル濾過により部分精製毒素を得た。これをホルマリン(0.4%)処理により無毒化した後、その安全性を破傷風トキソイドの生物的製剤基準の方法に準拠して、また有効性(抗体価の上昇)は各トキソイドをモルモットに接種して調べた。最終的には各トキソイドの量を一定にし、これに水酸化アルミニウムゲルを約0.03%に加え、沈降トキソイドを作製した。 4)ヒト型モノクローナル抗体の作製 3)で作製したトキソイドを1ヶ月間隔で4回、4名のボランティアに皮下免疫した。A型及びB型に対して抗体価の高かったヒトより採血(各15・)し、Ficoll法によりリンパ球を分取した。このリンパ球をそのまま、あるいはpokeweed mitogenおよびボツリヌスA、B毒素(5ng/・)でブラスト化(5日間)させた後、ヒト/マウスのヘテロミエローマであるRF-S1株と50%ポリエチグリコールで融合した。その後、96穴プレートにまき、HAT培地で選択した。生じた融合細胞が毒素に対する抗体を産生しているかはELISA法で、その毒性中和能はマウスを用いた中和試験で調べた。 5)トリ、牛用のワクチンの開発 ボツリヌス毒素が小腸より吸収されるためには神経毒素に結合している無毒成分(特にHA)が重要であることが判明したので、まず無毒成分しか産生しないC型変異株(C)-N71より無毒成分を精製した。またHAはHA1(~33kDa)、HA2(~17kDa)、Ha3a(~23kDa)、HA
3b(~53kDa)より成り、上記の小腸上皮細胞の結合にはHA1とHA3bが特に重要であることも判明したので、これらを大腸菌を用いてGST融合蛋白として合成した。(C)-N71より得た無毒成分、人工合成したHA1+Ha3b、HA1+HA2+HA3(HA3a+HA3b)を、大腸菌LTの毒性を減弱した変異体をアジュバントとして、1週間隔で5回マウスを経鼻接種した。最終免疫より10日後に、各マウスに104~105のC型、D型毒素を経口投与し、ワクチン効果を調べた。
結果と考察
本研究班は1)ボツリヌス菌を含む病原性の強い芽胞形成菌による食品の汚染の調査、2)ボツリヌス中毒予防・治療のためのワクチンおよび抗体の作製、3)突然死と乳児ボツリヌス症の関係の調査、である。1)に関しては中村らが中心となり市販の粉ミルク、ベビーフードなど100品目を検査したが、マウスを致死させるような菌は分離されなかった。これまでの検査では市販食品は“安全"であることが確認されたが、今後は輸入品も含め検討する予定である。大山らは既にボツリヌスA~F型毒素遺伝子の特定領域に対するプライマーを作製し、PCR法による迅速診断法を開発しているが、本年はボツリヌスG型、破傷風毒素およびB. anthracis、B. cereus、B. thuringiensis用のプライマーを開発した。これらの他、既報に従いウェルシュ菌のプライマーも作製し、有害芽胞形成菌の迅速検出および定量法の確立を試みている。今後は定量性をより確実にすると伴に、同定できる菌種を非病原性の芽胞形成菌などにも拡げる予定である。2)に関しては高橋らがまず安全で免疫原性の高いボツリヌスA、B、E、F型沈降トキソイドを作製した。次いでこれを数人のボランティアに免疫し、小崎らがヒト型モノクローナル抗体の作製を試みた。これまで、抗体価の上昇したボランティアの末梢リンパ球を用い数回融合実験を試みたところ、A型およびB型毒素と反応する抗体産生細胞がそれぞれ17クローンと12クローン得られ、かつ、A型の2クローンは毒素中和能を有していた。今後とも、他の型の毒素を中和するモノクローナル抗体を得るよう努力したい。小熊らはボツリヌスC型神経毒素に結合している無毒成分をマウスに経鼻免疫すると、C型、D型中毒を予防できることを確認した。人工合成したHAのサブコンポーネントのみでは効果は不充分であったが、今後は無毒成分とHAのサブコンポーネントの併用を考えると伴に、無毒成分の免疫では、1回の経鼻接種でも良い効果が得られたので、本方法が実際に問題が起きているブロイラー、野鳥、牛などで応用可能か検討する予定である(まずオーストラリアの研究所に依頼し、牛での実験を進める予定である)。3)に関しては、中村、小熊らが多数の病院に、乳児の突然死(様)患者が出現した場合には検体を提供していただけるようお願いしたが、まだその例はない。
結論
本年度行ったことおよび判明したことは以下にまとめられる。1)市販されている粉ミルク、ベビーフード、蜂蜜、砂糖など100品目を検査したが、ボツリヌス菌を含め、マウスに致死をきたす菌による汚染は認められなかった。2)ボツリヌスA~F型毒素遺伝子の他、ボツリヌスG型、破傷風毒素遺伝子、およびB. anthracis、B. cereus、B. thuringiensis用のPCR法を開発した。3)安全で効果の高いボツリヌスA、B、E、F型沈降トキソイドを作製した。4)上記のトキソイドをボランティアに免疫し、ヒト型の抗ボツリヌス毒素モノクローナル抗体を作製したところ、A型で17クローン、B型で12クローン得られた。B型のクローンは中和能を産生していなかったが、A型17クローン中2クローンは中和抗体を産生していた。5)ボツリヌスC型神経毒素に結合している無毒成分を経鼻接種すると、腸管での免疫が確立され、C型、D型の両方の食中毒が防げることが判明した。

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