薬剤耐性結核のサーベイランス,耐性の分子機構および多剤耐性結核の治療 に関する研究

文献情報

文献番号
199800456A
報告書区分
総括
研究課題名
薬剤耐性結核のサーベイランス,耐性の分子機構および多剤耐性結核の治療 に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
阿部 千代治(結核予防会結核研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 小野嵜菊夫(名古屋市立大学薬学部)
  • 鈴木定彦(大阪府立公衆衛生研究所)
  • 高橋光良(結核予防会結核研究所)
  • 谷口初美(産業医科大学医学部)
  • 螺良英郎(結核予防会大阪府支部大阪病院)
  • 中島由槻(結核予防会複十字病院)
  • 水口康雄(千葉県衛生研究所)
  • 毛利昌史(国立療養所東京病院)
  • 安岡 彰(国立国際医療センター エイズ治療・研究開発センター)
  • 和田雅子(結核予防会結核研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
米国はじめヨーロッパ諸国でエイズ患者の間で多剤耐性結核菌による集団感染が多発している。これらの死亡率は高くしかも診断から死亡までのメジアンも4週間と極端に短くなっている。1992年の結核療法研究協議会の調査によると,わが国の未治療患者の耐性頻度は若年齢層では増えていることが明らかになった。また多剤耐性結核菌による職場内や病院内の集団感染も報告されており,迅速な臨床細菌検査と検査結果に基づいた患者管理が求められている。この研究の目的は,薬剤に対する耐性の分子機構を解明することにより耐性菌の早期検出の道を開き,その結果適切な治療と耐性菌の発生の防止を可能にすることである。この研究の成果は臨床への還元はもとより,国の結核対策にも生かされよう。
研究方法
WHO/International Union Against Tuberculosis and Lung Disease (IUATLD)のプロジェクトおよび結核療法研究協議会の共同研究に参加し,世界と日本の薬剤耐性の現状を調べた。集団感染あるいは小規模感染から分離された結核菌について薬剤感受性試験とIS6110をプローブとしたRFLP分析を行った。一般細菌で知られている耐性の分子機構を参考にして,主要抗結核薬の耐性の分子機構を調べた。またDNAチップ法およびline probe法を用い変異の迅速検出を試みた。結核菌感染ヒト線維芽細胞にサイトカインを添加したときに細胞死が見られる。実験動物に対する病原性の異なる結核菌,薬剤耐性菌および感受性菌の間で比較した。多剤耐性結核患者に免疫の低下が見られる。免疫細胞刺激効果が確認されているロムルチド(ムラミルジペプチド誘導体),補中益気湯またはアンサー20(丸山ワクチン)と抗結核薬との併用療法を試みた。効果判定は患者の経過観察,細菌学的検査,画像,生化学的診断を定期的に実施し,非投与群と比較した。副作用,副現象についても記録した。化学療法のみでは治療困難な例には外科治療が必要である。外科治療の適応などについてアンケート調査を行った。
結果と考察
主要薬剤であるイソニアジド(INH)とリファンピシン(RFP)に耐性を示す場合を多剤耐性結核(MDR-TB)と定義しており,MDR-TBの発生は結核対策の脅威である。WHOとIUATLDは世界的規模で薬剤耐性結核のサーベイランスを実施中である。結核予防会結核研究所はSupranational Reference Laboratory(SRL)に選ばれ,SRLネットワークの中で研究を進めた。これまでに35の国または地域から成績が報告された。問題となる初回MDR-TBの頻度は0%から14.4%の範囲であり,国により耐性の頻度に大きな差が見られた。WHOはピラジナミド(PZA)を含む6ヶ月の短期強化治療法(SCC)の遂行を強力に進めている。この研究で,標準的SCCで治療された患者の割合と初回MDR-TBの頻度との間に有意の差が認められた。即ち,初回または獲得MDR-TBの頻度は国の結核対策プログラム遂行の良いインジケーターである。結核療法研究協議会は,入院時に分離された結核菌の薬剤に対する耐性頻度を研究した。結核病床を持つ病院の中で78病院がサーベイランスに参加した。合計2,144株の抗酸菌が結核研究所に送付された。現在試験中である。
主要な抗結核薬の1つであるRFPに耐性を獲得した結核菌の95%はRNAポリメラーゼのβサブユニットをコードしているrpoB遺伝子に変異を持つことを日本およびアジア諸国で分離した結核菌で見出した。ピラジナミダーゼをコードしているpncA遺伝子の変異はピラジナミド(PZA)耐性の主要な機構(PZA耐性菌の97%はpncA遺伝子に変異を持つ)であることを証明した。またストレプトマイシン(SM)耐性結核菌の約70%はリボソームのS12タンパクをコードしているrpsL遺伝子と16S rRNA遺伝子(rrs)に変異を持つことを見出した。しかしSM耐性菌の約30%とINH耐性菌の10%はこれまでに明らかにされた分子機構では説明できない。今後の研究に待たれる。
PCRで増幅したrpoB DNAとこの領域をカバーする約20塩基の野外型重複ヌクレオチドプローブと変異型プローブをコートしたニトロセルロースストリップを用いるline probe法でRFP耐性株の92%が検出できた。プローブを改善することにより,感受性試験の成績との一致度を95%にあげることが可能である。同じrpoB変異の検出をDNAチップ法でも試み,良い結果が得られた。他の薬剤に対する耐性菌についても研究を進めている。
マウスは結核菌に対して低感受性であり,マウスで得られた成績がヒトの病気にどの程度反映できるかについては疑問があり,病原性に関して意見の一致が無かった。ヒト胎児肺線維芽細胞に結核菌とサイトカインを添加したときにみられる細胞死は死菌添加では起こらない。また結核菌H37RvとH37Ra株を比べたとき病原性の強いH37Rvがより強い細胞死を誘導した。この系で多剤耐性菌は感受性菌と同等の病原性を示すことも証明された。この研究で用いた系は培養細胞モデルであるがヒト線維芽細胞株であることから,見ている現象はヒトの病気に近いものと考える。
RFLP分析を用いた調査研究から,全国いたるところで集団感染が頻発していることが明らかになった。一番恐れていた耐性菌による感染が病院,家内工場,麻雀仲間で証明された。結核対策のために耐性菌感染の実態を今後ともRFLP分析で追跡する必要がある。
MDR-TBのために確立された治療法はまだない。薬剤感受性試験の結果から効果的な薬を組み合わせて使っているのが現状である。MDR-TB患者の多くは免疫状態が低下している。ロムルチド,補中益気湯,アンサー20と抗結核薬との併用療法を試みた。これらの薬剤は他の疾患に使われており,安全性は既に確認されている。これまでに丸山ワクチンが有効であると考えられた症例を経験しており,併用療法はMDR-TBの治療法として期待される。この研究をするに当たり倫理面に十分な配慮をした。研究は進行中である。
MDR-TB例の抗結核薬療法には限界がある。患者の状態により積極的に外科治療を取り入れることが必要である。しかしその適応についてはこれまで十分に議論されていない。MDR-TBを経験していた182施設の中で56施設は外科治療を行っていたことがアンケート調査で明らかになった。一部の分析ではあるが,MDR-TBに対する外科治療の成功率は88.4%であった。米国では結核の診断や治療の指導あるいはモデルとなる拠点病院を指定しており,治療困難例はそこに集められる。この拠点病院構想について研究が進められている。
結論
①適切な結核対策が取られない場合にMDR-TBが上昇する。②MDR-TBによる集団感染の頻発がRFLP分析により明らかにされた。③遺伝子を用いることによりRFP耐性菌の迅速検出が可能となった。④結核菌の病原性をインビトロで試験する方法を開発した。⑤MDR-TBの治療は免疫刺激剤と抗結核薬との併用療法あるいは外科治療に希望が持たれる。しかしMDR-TBの治療が困難であることに変わりはない。初期治療を適切に行い耐性菌を作らないことが肝心である。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-