酸素運搬機能を有する人工赤血球の開発に関する研究 

文献情報

文献番号
199800446A
報告書区分
総括
研究課題名
酸素運搬機能を有する人工赤血球の開発に関する研究 
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
北畠 顕(北海道大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 佐久間一郎(北海道大学医学部)
  • 藤井聡(北海道大学医学部)
  • 仲井邦彦(東北大学大学院医学系研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 高度先端医療研究事業(人工血液開発研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
1.各種(ヘモグロビン)Hb修飾体の循環動態に対する影響
人工血液としてセルフリーHb修飾体を臨床応用利用する場合、一酸化窒素(NO)のHbによる不活化に基づく血管収縮、腸管異常収縮、血小板活性化などの副作用が問題となる。本研究班では、Hb修飾体にNO放出能を付与したS-ニトロソ(SNO)-Hb修飾体の検討を行っている。本年度は、各種病態モデルラットにおけるSNO-Hb、臨床応用を考えて本研究班で新たに創製したPEG-HbおよびSNO-ポリエチレングリコール抱合型(PEG)-Hbの循環動態への影響、NO放出能を検索した。
2.各種Hb修飾体の血小板に対する影響
本研究では血小板β3インテグリンと細胞接着分子であるP-セレクチンに注目し、各種Hb修飾体が血小板活性化をもたらすかを検討した。
3.近赤外分光法を用いた検討
本研究班では、昨年度近赤外分光法を用い脳組織内ミトコンドリア酸素濃度測定を行う方法を確立した。本年度は本法を利用し、今後の人工赤血球分子設計の資料とすべく、P50を変化させた場合のNRCおよびPEG-Hbの酸素運搬能の変化を検索した。
4.PEG-HbおよびSNO-PEG-Hbの作成
本研究では、副作用の少ない酸素運搬体の開発を行なうことを意図し、Hb修飾体にNO放出能を付与し、HbによるNO除去を代償することを考案した。具体的には、酸素運搬能および血中滞留時間を確保するためにそれぞれpiridoxalationおよびpegylationを行ない、さらにHbのSHをS-nitrosylationし、SNO-PEG-Hbの作成を計画した。本年度は、その詳細な分子モデルを決定するとともに、リットル単位での中規模製造工程を確立、製剤供給を目指した。また、製剤の特許性を確保するために民間企業との共同で新規PEG修飾体を考案し、特許申請を行なうことを企図した。
5.新規パーフルオロカーボン用エマルジョンの作成
パーフルオロカーボン(PFC)エマルジョンは米国を中心とし、赤血球輸血代替のみならず、癌放射線治療、画像診断、臓器保存などでも治験が行われている。本研究班では新規高圧ジェット流反転型乳化機を用い、PFCエマルジョンの製剤改良を試みた。
研究方法
1.各種病態モデルラット(対照Wistar、糖尿病OLETF、さらにBrown-Norway)で、大腿動脈カニュレーションにより血圧・心拍数をモニターし、大腿静脈よりHbおよび各種Hb修飾体を静注した。またマイクロダイアリシスを用い、脳内(海馬)のNO濃度をHPLCを用いたNO2-/NO3-濃度計測により把握した。
2.上記動物の動脈血採血により、多血小板血漿(PRP)を調整し、レーザー散乱粒子計測法により凝集反応(ADPとコラーゲン)を検索した。健常ヒトPRPをHbとインキュベートし、活性化された血小板表面に発現されたP-セレクチン、さらにPAC-1をフローサイトメトリーを用いて測定した。
3.Wistarラット大腿静脈からNRCを注入しつつ、同時に大腿動脈から1 ml/分で脱血し、85%の血液をNRCに置換した。NRCは2種(P50=14、60 Torr、Hill係数=2.1)用いた。近赤外分光測定によりHb酸素化度およびチトクローム酸化度を求めた。また、P50を変化させたPEG-Hbについても検討した。
4. 異なる分子量のPEG-Hb修飾体を作成した。NOドナーとしてニトロソグルタチオンを使用しSNO-Hbを作成した。
5. PFCとしてフロリナートFC43、乳化剤として精製卵黄レシチンを用いた。種々の条件で、レシチン分散液とPFCを、デュアルフィード法(圧力20000psi)で乳化した。この粗乳化液をさらに種々の条件で反転法にて本乳化した。また、粒子径を動的光散乱法で測定し、粘性も測定した。
結果と考察
1.どのラットモデルにおいても、無修飾Hbと比較し、SNO-Hbでは血圧上昇は軽度であった。PEG-Hbでは血圧は徐々に軽度に上昇したが、SNO-PEG-Hbでは血圧上昇はほとんど認められなかった。SNO-Hbにより、脳内NO代謝物濃度が上昇し、NOが放出されていることが確認された。
2.Wistar群に比較してBrown-Norway群ではHb投与群で血小板凝集能が亢進した。SNO-Hb投与群では凝集能亢進はHb投与群に比べ軽度であった。OLETF群では対象群に比べHb投与群で凝集能が亢進した。対照群に比べHb投与群で血小板CD62P発現が亢進した。SNO-Hb投与群ではCD62P上昇はHb投与群に比べ軽度な傾向であった。
3.静脈血の酸素分圧に対する脳内チトクロ-ム酸化率の変化から、ヒト赤血球 (P50=27 Torr)とNRC (P50=60 Torr) においては同一の傾向を示した。NRC (P50=14 Torr)だけは酸素分圧の低い領域までチトクロ-ムが酸化型を保った。PEG-Hb (P50=18.5 Torr) およびPLPを用い酸素親和性の異なる2種類のPEG-Hb-PLP(PLP/Hb=1.25,P50=30.5 Torr)と(PLP/Hb=2.5,P50=40.5 Torr)を得た。Hill係数=1.6で共通であった。80%の血液を3種のPEG-Hbに置換したラットにおいて、それぞれの酸素運搬能はP50に依存せず、酸素親和性の減少(P50の増加)は特に改善をもたらさなかった。
4.酸素運搬能、血中滞留時間、NO放出能を有する新規なHb修飾体をSNO-PEG-Hbとして作成し、リットル単位の中規模製造法を確立し、品質管理を施し供給できた。Hbは顕著な昇圧反応を惹起し、一方SNO-Hbの作用は明らかに弱かった。 SNO-Hbからは何らかのNO代謝物が放出されたと考えれた。SNO-PEG-Hbの血中半減期を解析した所、SNOの半減期は1.1時間であった。Hb分子の半減期よりは短いものの、HbよりのSNO解離は徐放性であり、SNO-PEG-Hbは血漿中でも比較的安定であることが示された。また、3より酸素運搬体中のHb酸素化度(酸素供給量)が同じならば、組織のチトクロ-ムの酸化度も同程度であり、P50は酸素供給の点からはそうcriticalでないことが示されたためPEG-HbのP50は28mmHgほどとした。
5.高圧ジェット流デュアルフィード型・反転型乳化機を用いることにより、高濃度のPFCエマルジョン調製が可能となった。このエマルジョンは、粒子の安定性、粒子の均一性もすぐれており、また粘性の調整も可能であり、今後新たな日本製のパーフルオロカーボンの創製が期待される(作成方法につき特許申請準備中)。
結論
臨床応用可能な、副作用の少ない新たなHb修飾体系人工赤血球として、血中滞留時間を延長し、さらにHbのNO消去による副作用を軽減する目的で、分子量の大きなPEG-Hbを創製した。 各種病態ラットを用いた、Hb修飾体の循環動態や血小板作用への影響から、Hbのベータ鎖システイン残基へ一酸化窒素(NO)を付加したSNO-Hbがより望ましいことが確認された。従って、今後の臨床応用を考えた場合、その候補となりうる物質はSNO-PEG-Hbであろう考えられ、民間企業と共同し、特許申請を行った。また、新たなパーフルオロカーボン(PFC)創製を目指し、その基材として、最新の乳化器を用いてPFCエマルジョンを作成した。このエマルジョンは、粒子の安定性、均一性もすぐれており、また粘性の調整も可能であった(特許申請準備中)。

公開日・更新日

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