酸素運搬機能を有する人工赤血球の創製とその評価に関する研究

文献情報

文献番号
199800445A
報告書区分
総括
研究課題名
酸素運搬機能を有する人工赤血球の創製とその評価に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
土田 英俊(早稲田大学理工学部)
研究分担者(所属機関)
  • 関口定美(北海道赤十字血液センター)
  • 小林紘一(慶應義塾大学医学部)
  • 末松誠(慶應義塾大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 高度先端医療研究事業(人工血液開発研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
80,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
副作用の心配がない安全で有効な人工赤血球の創製を確立するために、ヒトヘモグロビン小胞体と全合成系を対象に、in vitro, in vivo 両面からの厳密な評価結果を性能改良に直接反映させながら、安全で充分量の酸素輸送ができる人工赤血球を製造する。平成10年度では、細胞型ヘモグロビン小胞体製造の連続工程の確立、新しいメトヘモグロビンの還元法の検討、血液成分との相互作用や免疫系に対する影響の検討、内毒素血症における肝微小循環の観測、全合成系レコンビナントアルブミン-ヘム複合体の物性解析と体内酸素運搬能の確認を具体項目として研究を行った。
研究方法
細胞型ヘモグロビン小胞体を連続的に生産できる体制を整えるために、(1)原料ヘモグロビン溶液のウイルス不活化法・除去法の検討として、ウイルス除去膜によるパルボウイルスの除去と、メチレンブルーを用いたウイルス光不活化法を検討した。また液状加熱処理法のウイルス不活化効果についてHIVを用いたバリデーションを行った。(2) 脱一酸化炭素(HbCO→HbO2)の工程における光源として赤外線放射の少ないナトリウムランプを用いる方法、および (3) 脱酸素(HbO2→deoxyHb)を迅速に行うために人工肺を用いる方法も検討した。更に、小胞体表面にポリオキシエチレン脂質を後導入する方法について、これを物理化学的な手法あるいは臨界分子量を利用する方法により定量解析し、最適な導入条件と脂質組成を選定した。
鉄二価のヘモグロビンは自動酸化して鉄三価のメトヘモグロビン(metHb)となり酸素結合能を失うが、この解決のために、光還元法により酸素結合能を復元させる方法を検討した。
生体適合性を検討するため、各種アゴニストによる血小板凝集への影響を検討した。また、好中球の走化能及び抗原提示細胞の抗原提示能をMLRの系を用い、免疫系への影響検討した。更に、SODの小胞体封入効果をTNF-α産生量から定量した。ヘモグロビン小胞体投与後の細網内皮系(RES)貪食能を把握するため、カーボンクリアランス試験を実施した。
内毒素血症の分離潅流肝を用い非細胞型および細胞型ヘモグロビン小胞体の肝血管抵抗に対する影響を観察した。
リコンビナントヒト血清アルブミン(rHSA)にテトラフェニルポルフィリン鉄(II)誘導体(FeP)を複合させた rHSA-FeP複合体(完全合成系ヘム蛋白質)を調製し、その溶液物性、血液適合性、酸素結合能を測定した。更にHSA-FePの動物投与試験(血液希釈後の出血ショックに対する蘇生)から、酸素運搬能を評価した。
結果と考察
細胞型ヘモグロビン小胞体の製造工程において、ウイルス除去膜BMM-15でヘモグロビン溶液を濾過することにより、6-7 log10のパルボウイルス除去が可能であった。またvesicular stomatitis virusは、5μMメチレンブルー存在下5.7 J/cm2可視光照射により、5.7 log10不活化された。加熱処理前6.9 log10 TCID50/mLだったHIV感染価は、ヘモグロビンの一酸化炭素処理を行い、60℃, 12時間の加熱処理で2.3 log10TCID50/ mLに低下、4.6 log10の不活化が可能であった。
ナトリウムランプを光源とした一酸化炭素化ヘモグロビンの光解離により、発熱を抑えて濃厚溶液を効率よく処理できた。また、脱酸素化工程には人工肺を用いることで大量処理が可能となった。ヘモグロビン精製から小胞体調製まで一連の操作の連続化、量産化の方法論を確立した。
ヘモグロビン小胞体の表面修飾法の検討では、修飾剤のアシル鎖長と表面への導入安定度の相関、ポリオキシエチレン(POE)鎖長と分散安定度の相関を明らかにし、修飾剤としてとしてPOE(Mw.5000)-DSPEを0.2mol%導入することが適していることが定量的に示された。
メトヘモグロビンが一酸化炭素雰囲気下、光照射によって還元される現象を新たに見出した。また、この反応は多価アルコールの添加で促進された。これはメト化したヘモグロビン小胞体を添加剤を使用せずに繰り返し酸素運搬能を復元させる方法となりうる。 
細胞型ヘモグロビン小胞体は、血小板との相互作用を検討したところ、トロンビン、コラーゲン及びリストセチン刺激による血小板凝集能に影響を及ぼさなかった。好中球の走化能及び抗原提示細胞の抗原提示能にも影響を及ぼさなかった。刺激細胞を細胞型ヘモグロビン小胞体存在下にて0-20時間インキュベートさせた範囲内では、抗原提示能への影響も見られなかった。空リポソームにより誘導されるTNF-α産生は、リポソーム内にSODを封入することにより抑制することができたことから、炎症反応の抑制には、活性酸素を消去する機能が酸素輸液に必要であることを示唆している。
カーボンクリアランス試験では、10ml/kg投与した場合に、貪食能の一過性低下が認められるが、3日後には回復、貪食能は亢進し、2週間で正常値へ復する傾向が認められ、不可逆な影響を与えるものでは無いと考えられた。
内毒素血症分離潅流肝を用いた試験では、Hb, metHb投与群で正常の2倍程度反応の血管抵抗の増強を認めた。これは内毒素によりNO合成酵素とheme oxygenase-1が誘導され、血管抵抗調節のNO、CO依存性が現れたためと考察された。また、Hb, metHbを投与すると数分以内に胆汁中にbilirubinが数倍増加したのに対し、HbV群ではbilirubin増加量はHb群の約30%程度に留まった。内毒素血症の肝臓ではヘム分解のダイナミクスが正常と大きく異なり、血管抵抗の維持にNO, COの双方が必要であるため、このような病的状態下で使用可能な酸素運搬体の設計に関する新たな知見が得られたことになる。
rHSA-FeP複合体製剤が、生理的条件下で酸素を可逆的に結合解離できる完全合成系ヘム蛋白質となることを実証した。FePはrHSA当たり最大8分子まで導入でき、粘度、膠質浸透圧、等電点、及び rHSAの二次構造はFePの結合数によらず一定であった。ヒト血液と混合した場合でも凝集の惹起はなく、血液適合性が高かった。70%血液希釈後に40%脱血ショック状態とし、HSA-FePを蘇生液として投与したところ、血圧、血液ガスパラメータ、組織酸素分圧、血流などの有意な回復が認められ、充分な酸素運搬能が実証できた。
結論
細胞型ヘモグロビン小胞体の高効率連続量産工程について見通しを立てることができた。また、生体適合性を血液成分との相互作用や免疫系への影響の解析から、顕著な影響が無いことが確認された。肝微小循環動態において、細胞型ヘモグロビンが非細胞型よりも安全性が高いことが解った。全合成系では、アルブミン-ヘム複合体の物性の詳細が明確になり、また体内での充分な酸素運搬能が実証できた。これらの結果を受け、平成11年度では製造工程と品質管理、保存安定度について最終確認を行い、発明技術の特許出願と産業側の具体的参加をはかると共に、安全確認の重点的実施、実用化を目指した臨床試験への足掛かりを構築していく計画である。

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