人工血小板の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199800444A
報告書区分
総括
研究課題名
人工血小板の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
池田 康夫(慶應義塾大学医学部内科)
研究分担者(所属機関)
  • 谷下一夫(慶應義塾大学理工学部)
  • 末松誠(慶應義塾大学医学部)
  • 高橋恒夫(東京大学医科学研究所)
  • 山口隆美(名古屋工業大学大学院)
  • 半田誠(慶應義塾大学医学部)
  • 村田満(慶應義塾大学医学部)
  • 武岡真司(早稲田大学理工学部)
  • 池淵研二(北海道赤十字血液センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 高度先端医療研究事業(人工血液開発研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
80,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
血小板輸血は、現代医療において欠くことの出来ない補助治療法であり、今後その重要性は一層増すことが予想される。しかし、血小板輸血には、その需要の増加と血小板の短い保存期間(72時間)の為、供給不足・緊急時供給体制の不備などに問題があり、また輸血後のウィルス感染症をはじめとする輸血副作用発現の危険性のも指摘されている。これらを解決する為に人工血小板・血小板代替物の開発・臨床応用は、21世紀の医療の当然目指すべき方向である。本研究の最終目的は臨床使用可能な人工血小板・血小板代替物を創製することであり、血小板減少時の出血の治療・予防に対して、血小板輸血に代わり得る有効な血小板代替物を作るための道筋を示すことである。
研究方法
血栓止血領域における申請者らのこれまでの研究から、止血における最も重要な反応は、血管障害部位で露呈している血管内皮下組織に血小板が粘着することである。その機構の一つはフォン・ビルブランド因子(vWF)を標的にした血小板粘着であり、他はコラーゲンを標的にした血小板粘着である。前者は血小板膜糖蛋白GPIb/IX複合体を介し、後者はGPIaIIa複合体を介して起こる。平成10年度はGPIbαとGPIaIIaを遺伝子組み換え体として精製し、リポソームに固相化し、その機能評価を行った。また人工血小板に用いる最適な担体を検討する為、多糖架橋アルブミン高分子量体への血小板機能蛋白の固相化を行った。一方、作成された人工血小板が生体内で充分な止血効果を発揮するには、流動状態下で人工血小板粒子が効果的に出血部位に集積しなければならない。流体力学理論に基づく人工血小板の最適設計に関して、実験的、理論的研究を行った。ラット腸間膜微小循環系を用いた生体観察系において超高速超感度ビデオ撮像システムを使い、血管内における血小板動態を観察した。種々の血流・血管表面の状態における血小板の動きに関する理論的研究としては、スーパーコンピューターを用いた計算流体力学の手法により、微小粒子と血液の流れの相互作用の解析を行った。
結果と考察
(1)組み換え蛋白導入人工血小板の機能評価
血管内皮下組織中のコラゲン、vWFを標的として、それぞれに粘着し得る2種類のリポソームを作成し、その評価を行った。 蛍光顕微鏡と連動した連続画像解析装置を用いて観察すると GPIaIIa導入リポソームは、流動状態下でコラゲン表面と接触すると直ちに粘着した。 この反応は抗GPIa抗体(Gi9)で抑制された。一方、vWF結合部位を含む遺伝子組み換えGPIbαを組み込んだリポソーム(GPIbα-liposome)は(1)in vitroの静止系で vWFが固相化されたmicrotiter well表面への添加liposome濃度に依存して増加した。(2)流動状態下でvWF固相化表面にrGPIbαリポソームを還流すると可逆性の粘着が観察され、その粘着量は固相化vWF濃度に強く依存した。(3)in vivoではラット頚動脈シャントモデルにおいてrGPIbαリポソームはコントロールに比較して有意に血栓への集積性が高いことが示された。また標識rGPIbαリポソームは動物血管壁ブロックに特異的に粘着した(池田、村田)。流動状態下でのコラゲン、vWFへのヒト血小板の粘着機序が詳細に検討され、少なくともGPIb/IX複合体とGPIaIIaが存在すれば血小板は粘着機能を充分に発揮できること、その際、細胞伸展と関連した細胞内刺激伝達系が不可欠であることが示された(半田)。一方、リポソームの生体内半減期の短さを考慮し、リポソームの修飾や別の担体も検討され、アルブミン高分子量体にポリエチレングリコールを介してrGPIbαを結合させると、この粒子はvWFと複合体を形成し凝集することが示された(武岡)。
(2)流体力学理論に基づく人工血小板の最適設計
平成9年度に確立した血小板の体内動態解析系を用い、ラットの腸間膜微小循環系での血管内における血小板密度、対赤血球速度を解析した。ずり速度の高い細動脈側の内皮細胞近傍では、中心部に比べ、血小板密度が高く、細動脈での管壁近傍での血小板密度は局所のずり速度と正の相関を示すことが明らかとなった。この密度分布は抗vWF抗体により変化し、vWF-GPIb相互反応が血小板の血管内分布に重要な影響を与えることが確認された(末松)。スーパーコンピュータを用いた計算流体力学手法による微小粒子と血漿の流れの相互作用に関し、生成される血栓の絶対的なサイズより、アスペクト比が血流と血栓相互作用において重要であることが示された(山口)。血管表面近傍の微粒子の運動の計測方法の開発も行われ、流れに適応していない内皮細胞では細胞の頂点で剪断応力が最大になり、高い剪断応力の部分が広い範囲に及んでいるが、流れに適応している内皮細胞では剪断応力の大きさが軽減されていることが示された。(谷下)
(3)ヒト血小板の凍結乾燥へむけてその最適条件の設定と巨核球系細胞のex vivo増殖へのアプローチ
ヒト血小板の凍結過程でGPIbの低下とPセレクチンの発現増加が観察され、細胞構造での大規模な損傷が推察された(高橋)。ヒト造血系細胞を培養し、止血機能を有する血小板様粒子が作成出来るか検討した。臍帯血CD34+CD38-細胞を用い、TPO, flt3リガンド存在下にストロマ細胞単層培養上で培養するとCD34+CD38-という未熟な形質を留めた細胞が4週間で約1000倍に増殖した(池淵)。
結論
平成10年度までの研究でGPIbα- liposome、GPIaIIa-liposomeが作成され、いずれもヒト血小板の重要な機能である凝集能や粘着能を有することが明らかとなった。これらは、組み換え蛋白を用いているため、血液由来のウイルス感染のリスクがなく、大量供給が可能である。現に、現在両蛋白とも量産体制が確立し、人工血小板のプロトタイプの評価を行うに充分な体制が確立された。GPIbα- liposomeについてはin vitroにおいて粘着(静止系、流動下)、凝集、正常血小板との結合、正常血小板凝集の増強作用、in vivoにおいてラット頚動脈シャントモデルでの血栓への集積性、動物血管壁ブロックへの特異的結合が現時点までに確認された。一方GPIaIIa- liposomeについてもin vitroでの流動状態下における粘着が詳細に検討された結果、その挙動がGPIbα- liposomeと異なることが明らかとなった。即ちGPIaIIa- liposomeはコラゲンへの強固な粘着をひき起こすが、GPIbα- liposomeは一過性の粘着を誘発し、リポソームがコラゲン上をrollingすることがビデオカメラで明らかに示された。血管損傷部位において、vWFとコラゲンが内皮下組織において血小板粘着の標的になっていることから、これらのリポソームはin vivoにおいても血管損傷部位に集積し、止血機能を示すことが予想される。 本研究班で行われたヒト血小板の流動状態下でのコラゲンへの粘着機構解析の基礎研究結果からみて、リポソームにGPIbαとGPIaIIaを同時に固相化することで、より有効な粘着を惹起する可能性は大きく、2つの膜糖蛋白を種々の比率で固相化したリポソームの作成に着手している。遺伝子組み換え血小板膜糖蛋白を固相化したリポソーム作成の研究は、世界でも類を見ないものであり、人工血小板・血小板代替物創製への明瞭な道を拓くものとして、注目されている。一方、臨床応用を考えた時、止血に必要な機能蛋白を担う担体としてリポソームが最適であるかについては、なお議論がある。リポソームのPEG化によって血中半減期、生体内分布がどのように変化するか検討している。また、リポソームの他、生体適合性、安全性も考慮し、多糖架橋アルブミン高分子量体へのGPIbα、GPIaIIaの導入とその性状の解析が計画されている。さらに流体力学における実験的、理論的考察から、どのような形状の担体が血管損傷部位に集積しやすいかについて検討することも重要である。正常血小板の動脈内分布がvWF-GPIb相互反応に依存しているという事実は、人工血小板にGPIbαが必要であることを示しているが、一般にリポソームに導入した分子が、そのリポソームの体内動態にいかなる影響を与えるかを実験的に検討してゆくことも必要であろう。人工血小板の開発は、海外においては見るべき進歩がみられておらず、本研究班において、組換え蛋白を固相化したリポソームが、人工血小板の有力な候補として作成されたことは高く評価されている。血栓止血学と工学理論の基礎研究を基盤に、生体内で良好な止血機能を発揮する人工血小板・血小板代替物の実用化に向け、着実な前進が見られている。

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