小児固形腫瘍とリプログラミングの破綻:発がん機構解明から臨床応用へ

文献情報

文献番号
201438064A
報告書区分
総括
研究課題名
小児固形腫瘍とリプログラミングの破綻:発がん機構解明から臨床応用へ
課題番号
-
研究年度
平成26(2014)年度
研究代表者(所属機関)
中川原 章(佐賀県医療センター好生館)
研究分担者(所属機関)
  • 山田 泰広(京都大学 iPS細胞研究所)
  • 金子 安比古(埼玉県立がんセンター 臨床腫瘍研究所 )
  • 細井 創(京都府立医科大学大学院 医学研究科)
  • 檜山 英三(広島大学 自然科学研究支援開発センター)
  • 大喜多 肇(国立生育医療研究センター )
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 【委託費】 革新的がん医療実用化研究
研究開始年度
平成26(2014)年度
研究終了予定年度
平成26(2014)年度
研究費
33,000,000円
研究者交替、所属機関変更
所属機関異動 大喜多 肇 国立生育医療研究センター( 平成26年5月1日~11月30日) → 慶應義塾大学 医学部(平成26年12月1日以降)

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国における小児がんは治癒率が向上しているが、難治性のものも多く、その臨床像は多岐にわたる。また、小児がんは環境因子による影響は少なく、その発症メカニズムは不明である。しかし最近、班員により、いくつかの重要な発見がわが国においてなされ、まずiPS細胞作製の過程においてリプログラミングに失敗した細胞から腎芽腫等の小児がんが発生する事実がマウスで見いだされた(Cell, 2014)。また、神経芽腫において、MYCNがん遺伝子からcis-antisenseに読まれたde novo evolved gene productであるNCYM蛋白質が発見された(PLoS Genetics, 2014)。しかし、エピジェネティックな異常による小児がん発生の分子機構については不明な点が多い。そこで、我々は本研究において、組織発生過程のプログラミングあるいはリプログラミングの破綻がヒト小児がん発生にどのように関わるかを明らかにし、日本小児がん研究グループ(JCCG)と共同して、新しい診断法や治療法の開発を目指す。
研究方法
ヒト小児がんの完全初期化が可能であるかを検討するために、腎芽腫、神経芽腫、ラブドイド腫瘍細胞株にpiggyBacトランスポゾンを用いて、ドキシサイクリン誘導性初期化遺伝子を導入した。細胞レベルにおける各種遺伝子の機能解析には、標準的な分子生物学的実験手法を用いた。遺伝子の発現抑制にはsiRNAを用い、蛋白質の細胞内局在は免疫蛍光法によった。腫瘍組織内の蛋白質発現および局在の検索は免疫組織化学によった。遺伝子発現量の測定は定量的RT-PCRによった。NCYMのDNA結合能に関しては、クロマチン免疫沈降法を用いて調べた。転写活性化能については、Luciferase reporter assayを用いた。腎芽種検体に関しては、SNPアレイCGH解析による11p uniparental disomy (UPD)と染色体異常の解析、WT1遺伝子変異解析、H19-DMRのCOBRA解析によるIGF2-H19領域のメチル化状態の解析を実施した。
結果と考察
小児がん細胞に初期化因子を誘導することで、部分的な細胞の初期化が誘導されることが明らかとなった。しかし、一方で、完全な細胞初期化は困難であった。一般公開の遺伝子発現データにより、ヒト腎芽腫検体と同様、ヒト肝芽腫においても網羅的遺伝子発現パターンがヒト多能性幹細胞と部分的に類似することが示唆された。今後、登録された小児がん検体を他の班員と共同で解析する。
 本研究によって、OCT4がMYCN/NCYMとpositive feedback loopを形成し、神経芽腫細胞の幹細胞性の維持に関与していることが示唆された。また、OCT4の発現レベルがMYCN増幅した神経芽腫においてのみ予後因子となっていた。ATRAによる神経芽腫細胞の分化誘導は、このpositive feedback loopが壊れることによってもたらされ、OCT4によるがん幹細胞性の維持により、NCYMがMYCN増幅した神経芽腫の悪性化に貢献していることが示唆された。
 横紋筋肉腫においては、ARMS腫瘍発生後にエピジェネティクな制御により分化が抑制されており、さらにこの制御を調節することで再び分化が誘導できた。
 腎芽腫では、S1群は患者年齢が最も若く、ゲノム異常を認めないので、山田等のマウスモデルと同様に、部分初期化により腎芽腫が発生した可能性がある。今後、網羅的発現・メチル化解析を実施する。
 肝芽腫の発症には、胎内でのエピジェネティックな変化と一部ゲノムレベルでのジェネティックは変化が関与していることが示唆された。
 ユーイング肉腫では、EWSR1-FLI1により生じるメチル化異常は、骨髄間葉系幹細胞とユーイング肉腫細胞のメチル化の差異と比較するとかなり小さいものの、少数のCpGサイトの高メチル化を引き起こすと考えられた。
結論
iPS 細胞作製の過程においてリプログラミングに失敗した細胞から小児がんに類似したがんが発生する事実をマウスで発見し、ヒト小児芽腫発生における細胞初期化の網羅的遺伝子発現について、班員間での共同研究を開始することが可能となった。本研究の推進により、神経芽腫、胞巣型横紋筋肉腫、腎芽腫、肝芽種、ユーイング肉腫のエピジェネティックな異常の観点からの本体解明が可能になり、新しい診断・治療法の開発ができるものと期待される。

公開日・更新日

公開日
2015-09-14
更新日
-

行政効果報告

文献番号
201438064C

成果

専門的・学術的観点からの成果
マウスのiPS 細胞作製の過程においてリプログラミングに失敗して小児がん類似のがんが発生した。その網羅的遺伝子発現様式を調べ、ヒト小児がんと比較する作業を始めた。神経芽腫では、NCYM蛋白がOCT4 を誘導し転移促進に関与していること、胞巣型横紋筋肉腫では、PAX3-FOXO1Aキメラ遺伝子の分化誘導の制御、腎芽腫では、エピジェネティックなゲノムタイピング、肝芽種においては、リプログラミングに係る遺伝子候補を抽出した。
臨床的観点からの成果
遺伝子変異の少ない小児がんの発生に、正常組織発生初期のエピジェネティックな変化の異常が関与している可能性が明らかになり、小児がん発生の基本的原理の解明に大きな示唆を与えた。このマウスモデルをヒト小児がん組織と比較する作業が本班形成により可能になった。また、NCYM蛋白は、リプログラミング異常による神経芽腫発生に関与し、治療薬開発の標的になることが示唆された。胞巣型横紋筋肉腫、腎芽腫、肝芽腫、ユーイング肉腫においても、分化誘導療法等の開発に繋がる知見が得られた。
ガイドライン等の開発
神経芽腫においては、すでに開発しているゲノムリスク分類に今回のNCYM関連遺伝子の発現を加えた新しい診断基準ガイドライン作製の可能性が示唆された。肝芽腫、腎芽腫においても、将来、エピジェネティックな異常による遺伝子発現様式から、予後リスクに関した診断ガイドラインの開発に繋がる可能性が出てきた。胞巣型横紋筋肉腫とユーイング肉腫では、キメラ遺伝子とエピジェネティックな異常による新しい診断基準が開発できる可能性が示唆された。
その他行政的観点からの成果
わが国で発見され開発されたiPS技術を用い、マウスにおいて小児がんに類似したがんが発生することを班員の山田らが世界で初めて発見したが、それをヒト小児がんと比較研究できる体制が本班によって可能となった。したがって、わが国オリジナルな小児がん発がん機構の解明が進み、その成果に基づく新しい診断基準の開発や治療法の開発が可能になることが期待される。これらは、わが国の行政的な観点からも重要と思われる。
その他のインパクト
班員の山田らが発見した、マウス人工多能性幹細胞(iPS 細胞)作製の過程においてリプログラミングに失敗した細胞から小児がんに類似したがんが発生するという発見は、国際的に大きなインパクトを与え、今後の展開が注目を集めている。班員の中川原らが発見し2014年に発表した、遺伝子進化によって出来たヒト特異的なNCYM蛋白はNew York Times誌でも紹介され、注目を集めている。本班の公開シンポジウムは、最終年度に予定する。

発表件数

原著論文(和文)
1件
原著論文(英文等)
27件
その他論文(和文)
0件
その他論文(英文等)
0件
学会発表(国内学会)
3件
学会発表(国際学会等)
4件
その他成果(特許の出願)
0件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
0件

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
Kaneko Y, Suenaga Y, Islam SM, et al.
Functional interplay between MYCN, NCYM, and OCT4 promotes aggressiveness of human neuroblastomas.
Cancer Sci.  (2015)
10.1111/cas.12677
原著論文2
Shoji W, Suenaga Y, Kaneko Y, et al.
NCYM promotes calpain-mediated Myc-nick production in human MYCN-amplified neuroblastoma cells.
Biochem Biophys Res Commun. , 461 (1) , 501-506  (2015)
10.1016/j.bbrc.2015.04.050
原著論文3
Tatsumi Y, Takano R, Islam MS, et al.
BMCC1, which is an interacting partner of BCL2, attenuates AKT activity, accompanied by apoptosis.
Cell Death Dis. , e1607  (2015)
10.1038/cddis.2014.568
原著論文4
Akter J, Takatori A, Islam MS, et al.
Intracellular fragment of NLRR3 (NLRR3-ICD) stimulates ATRA-dependent neuroblastoma differentiation.
Biochem Biophys Res Commun. , 453 (1) , 86-93  (2014)
10.1016/j.bbrc.2014.09.065
原著論文5
Nakamura Y, Suganami A, Fukuda M, et al.
Identification of novel candidate compounds targeting TrkB to induce apoptosis in neuroblastoma.
Cancer Med. , 3 (1) , 25-35  (2014)
10.1002/cam4.175
原著論文6
Suenaga Y, Islam SM, Alagu J, et al.
NCYM, a Cis-antisense gene of MYCN, encodes a de novo evolved protein that inhibits GSK3β resulting in the stabilization of MYCN in human neuroblastomas.
PLoS Genet. , e1003996  (2014)
10.1371/journal.pgen.1003996
原著論文7
Yu F, Gao W, Yokochi T, et al.
RUNX3 interacts with MYCN and facilitates protein degradation in neuroblastoma.
Oncogene , 33 (20) , 2601-2609  (2014)
10.1038/onc.2013.221

公開日・更新日

公開日
2015-09-14
更新日
-

収支報告書

文献番号
201438064Z