神経系細胞株の開発と品質管理

文献情報

文献番号
199800430A
報告書区分
総括
研究課題名
神経系細胞株の開発と品質管理
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
(財) ヒューマンサイエンス振興財団
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
哺乳動物の脳を構成する多様な細胞群は、共通の前駆細胞である神経系幹細胞から生み出される。この神経系幹細胞は各種の前駆細胞へ分化し、最終的には機能細胞であるニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトとなる。これらの発生過程を制御している遺伝的、環境的因子の解明を目的として、多分化能をもつ神経系幹細胞株やアストロサイト前駆細胞株のような特定の細胞にのみ分化が誘導される前駆細胞株の例として、我々がマウス前脳から樹立した、ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトの3方向に分化する神経系幹細胞株(MEB5)とアストロサイトにのみに分化する前駆細胞株(AP-16)を用いて、未分化な神経系細胞における分化機構の解析を試みた。
研究方法
細胞培養:MEB5とAP-16の両細胞株の培養に用いた無血清培地は、D-MEM培地を基礎培地としてインスリン(5 (g/ml)、亜セレン酸(30 nM)、トランスフェリン(50 (g/ml)、ビオチン(10 ng/ml) 、EGF(10 ng/ml)を添加した培地である。細胞の継代維持には、ポリ-L-リジンで表面をコートしたフラスコを用い、0.1%の結晶トリプシン液で1-2分間処理した後、0.5 mg/mlトリプシンインヒビター液を加え、遠心し、約2 x 104個 / cm2の細胞密度でまいた。
RT-PCR:細胞からmRNAを精製、逆転写反応後PCRを行った。PCRの反応条件は94℃で5分間と60℃で5分間反応後、3つのステップ(72℃で1.5分間、94℃で45秒間、60℃で45秒間)の反応を35サイクル繰り返した。最後に72℃で10分間反応させた。各遺伝子のPCRに用いたプライマー(アンチセンス側とセンス側)は以下のとおり。
マウスneurogenin(アンチセンス:5'-GTGGTATGGGATGAAACAGGGC-3'; センス:5'-CCGACGACACCAAGCTCACCAAGAT-3')、 マウスMash-1(アンチセンス: 5'-GCAGCTCTTGTTCCTCTGGGCTAAG-3'; センス;5'-TCACAAGTCGCGGCCAAGCAGGA-3')、マウスNeuroD(アンチセンス: 5'-GGAGGATCAAAAGCCCAAGAGACGG-3'; センス: 5'-CAGGCAAGAAAGTCCGAGGGTTGAG-3')。 
蛍光抗体法:細胞における細胞マーカーの発現については、蛍光抗体法で解析した。ポリ-L-リジン、フィブロネクチン、ラミニンで表面をコーティングしたカバーグラス上で細胞を培養し、室温で30分間、抗体液と反応させ、蛍光顕微鏡下で観察した。
結果と考察
結果および考察=転写制御因子の発現: MEB5細胞とAP-16細胞について、未分化な神経系細胞で発現し、分化を制御していると考えられているヘリックス・ループ・ヘリックス型転写制御因子であるMash-1、NeuroD、およびneurogeninの各遺伝子のRT-PCRを行った。その結果、いづれの遺伝子のmRNAも両細胞株で発現していることがわかった。次に、分化を誘導した後のMEB5細胞とAP-16細胞において、各mRNAの発現をみた。用いた分化誘導後の細胞は1)MEB5細胞がニューロンとアストロサイトに分化した細胞2)MEB5細胞よりアストロサイトに分化した細胞、3)AP-16細胞がアストロサイトに分化した細胞、の3種類である。その結果、上記の3種類のいづれの細胞においてもMash-1のmRNA発現が認められず、分化誘導に伴い発現が消失することがわかった。NeuroDとneurogeninは分化誘導後の細胞においても、mRNAの発現がみられた。現在、Mash-1、NeuroDおよびneurogeninを発現する神経系前駆細胞株についての報告なく、これらの転写制御因子の機能解析にMEB5細胞とAP-16細胞は有用な材料となろう。特にMEB5細胞とAP-16細胞の分化誘導にともないMash-1遺伝子の発現が消失する系は、Mash-1の遺伝子発現の制御機構の解析に有用であろう。 
TGF-(ファミリーの分化誘導活性:これまでの我々は、LIFがMEB5細胞とAP-16細胞をアストロサイトへ分化誘導させる活性を示すことを明らかにしている。MEB5細胞とAP-16細胞の培養液中に、BMP4/7、TGF-(1、TGF-(2またはactivin Aの各サイトカインを100 ng/ml加え3日間培養し、その分化誘導について、未分化細胞はnestin、ニューロンは、class-Ⅲ (-tubulin、アストロサイトはglial fibrillary acidic protein(GFAP)、オリゴデンドロサイトはgalactocerebroside(GalC)をマーカーとして用い、免疫蛍光抗体法にて確認した。
BMP4/7で処理した3日後の両細胞は約60%がGFAP陽性細胞であり、アストロサイトに分化したことが示された。GFAP陽性細胞以外の細胞は、nestin陽性であり、class-Ⅲ (-tubulin、GFAPあるいはGalCは陰性であった。TGF-(1、TGF-(2処理ではMEB5細胞とAP-16細胞において約20%の細胞がGFAP陽性となった。BMP4/7で処理した場合と同様、class-Ⅲ (-tubulin、GFAPあるいはGalCが陽性の細胞は認められなかった。以上の結果から、TGF-(ファミリーに属するBMP4/7、TGF-(1およびTGF-(2はLIFと同様、MEB5細胞に対し、アストロサイトへの一方向的な分化を誘導し、AP-16細胞のアストロサイトへの分化も誘導することが分かった。次に、TGF-(ファミリーに属するactivin AのMEB5細胞とAP-16細胞に対する効果を検討したところMEB5細胞の増殖に影響を与えず、分化誘導も認められなかった。一方、AP-16細胞に対しては、activin Aはアストロサイトへの分化誘導活性を示した。activin Aに対する反応性がMEB5細胞とAP-16細胞で異なることがわかった。MEB5細胞とAP-16細胞における分化誘導系はTGF-(ファミリーの中枢神経系前駆細胞に対する作用の解明に有用なモデル系となろう。また、今回新たに発見されたactivin A反応能の差異は、両者の違いを具体的に説明する新たな視点になる可能性がある。
結論
マウス中枢神経系前駆株(MEB5,AP-16)の性状を検討した。両細胞はヘリックス・ループ・ヘリックス型転写制御因子であるMash-1、NeuroDおよびneurogeninのmRNAを発現しており、Mash-1のmRNAは、分化誘導にともない発現が消失した。TGF-(ファミリーに属するサイトカインであるBMP4/7、TGF-(1およびTGF-(2は両細胞に対し、アストロサイトに分化を誘導する活性を示した。activin Aは、AP-16細胞の分化を誘導したが、MEB5細胞に対しては分化を誘導せず、両細胞間で反応性の違いがあることがわかった。以上の結果から、MEB5細胞とAP-16細胞は中枢神経系前駆細胞の分化を制御する遺伝子や因子を解析する上で有用な研究材料となりうることが示された。

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