難治がん・進行がんに対する生体内標的遺伝子治療の戦略の研究

文献情報

文献番号
199800422A
報告書区分
総括
研究課題名
難治がん・進行がんに対する生体内標的遺伝子治療の戦略の研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
吉田 輝彦(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 小菅智男(国立がんセンター中央病院)
  • 新津洋司郎(札幌医科大学)
  • 斎藤泉(東京大学医科学研究所)
  • 濱田洋文((財)癌研究会癌研究所)
  • 落谷孝広(国立がんセンター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
75,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
難治がん及び進行期がんの治療成績は早期診断や術後ケアの改善の進歩・普及により少しずつ改善しているが、治療法そのものに関しては従来の外科・化学・免疫・ホルモン・放射線療法の限界が明らかになってきており、新しい原理に基づく治療法の開発が焦眉の課題である。また、社会の急速な高齢化に伴い、優れたがん細胞殺傷・抑制効果と並んで、患者にとってより侵襲の少ない、高いQOLを実現する治療法が必要とされている。このような現代のがん治療の重要課題に対する回答の一つは、がん細胞に高い標的性を持つ治療法を確立することである。遺伝子治療の戦略にはがん細胞やベクターの特質に基づく様々な標的機構を組み込める可能性があり、その研究の必要性は高い。今までに臨床研究が進められてきたがん遺伝子治療法は免疫賦活療法と自殺遺伝子治療がほとんどを占めるが、いずれも有効性が確立された例は未だない。特に固形がん、特に消化器系固形がんで体内に播種したものを標的する治療法の研究は今後の重要課題となっている。加えて、播種したがん細胞を狙って生体内で遺伝子導入を行う場合には、必要に応じて遺伝子導入を効率よく停止する安全機構も不可欠である。これらの要求に応え、本研究では複数の方法論を検討し、かつそれらを適宜組み合わせて、難治・進行固形がんに対して標的性、有効性、安全性の3点で優れた治療法を確立することを目的とした基礎研究を行う。
今年度の具体的研究目的は下記の通りである。・がんの血管新生の抑制の標的となりうる血管内皮細胞に発現しているKruppel型転写因子の同定と解析、・膵がんのsurgical adjuvantとしての局所的遺伝子治療の開発、・遺伝子治療などの先進のsurgical adjuvant療法が適応となる膵がんの予後不良群の把握、・新規トランスフェリン(Tf)-DNA複合体によるin vivo標的自殺遺伝子治療の開発、・Cre-loxP系を利用した、高効率アデノウィルスベクター作製法の開発、・アポトーシス誘導遺伝子治療とがん抑制遺伝子異常、細胞表面受容体を標的にした腫瘍特異的遺伝子治療の開発、・生体親和物質包埋プラスミドベクターによる生体内発現制御システムの開発。
研究方法
上記「具体的研究目的」で挙げた項目別に述べる。・既知のKLFの間で高度に保存されているzinc fingerドメインにdegenerate oligonucleotideプライマーを設定し、RT-PCR法を基にして、ヒト臍帯静脈内皮細胞において発現しているKLFを同定し、細胞内局在、転写調節機能について解析した。・正常ヒトK-ras cDNA断片374bpをアンチセンス方向に発現するアデノウィルスベクターAxCA-AS-Krasを構築した。膵がん細胞に感染し、アポトーシス誘導能を見た。膵がんをヌードマウスに移植して腹膜播種モデルまたは肝腫瘍モデルを作り、それぞれアデノウィルスベクター腹注または静注して抗腫瘍効果を検討した。・治癒的切除を受けた膵がん症例42例について、CD44s、v6、v2の免疫組織染色を行い、各種臨床病理学的パラメーターや予後との相関を解析した。・抗Tf受容体モノクローナル抗体を作製し、それを固相化したaffi-gel上でTf-DNA複合体を作成した。K562等、各種がん細胞株をSCIDマウスに静注した後、Tf-HSV-TK遺伝子複合体を尾静脈から投与、ganciclovir投与による治療効果を見た。・新たに選択した変異loxP配列を利用した遺伝子置換反応に基づき、E1置換型アデノウイルスベクター迅速作製法を開発した。トランスファ-プラスミドをCre発現293細胞へ導入し、得られたウイルスプールを継代して、置換体ウイルスの生成を調べた。・p73遺伝子を組み込んだアデノウイルスベクターを作製し、悪性神経膠腫細胞に感染させ、細胞増殖抑制効果の検討、hypodiploidyやFas、Baxの発現解析を行った。制限増殖型アデノウイルスを用いた膵がんに対する遺伝子治療の開発を目的としてE1A・E1B領域に変異を持つアデノウイルスを作成し、p53変異を有する膵がん細胞に対する効果およびサイトカイン遺伝子を発現する非増殖型アデノウイルスベクターとの併用効果を検討した。悪性黒色腫を標的するため、MSHを融合させた変異型ファイバーF/MSHを有するアデノウィルスベクターを作製し、悪性黒色腫への細胞障害能を解析した。・担体となる生体親和材料として既に本研究でアデノウィルスを用いて良い成績を挙げたアテロコラーゲンを選択した。両者を最適の比率で混合してミニペレットの形状に整形し、筋肉内注射により動物の体内に導入し、遺伝子の発現と生物活性を経時的に観察した。
結果と考察
上記「具体的研究目的」で挙げた項目別に述べる。・指数増殖期にある分化した血管内皮細胞で発現している新規Kruppel型転写因子を同定し、UKLFと名付けた。UKLFは核移行シグナルをzinc finger領域の前に持ち、転写促進活性を持つ遺伝子であることを示した。血管新生を含めた生理的機能を明らかにするため、UKLF欠損マウスを作製中である。・アンチセンスK-ras RNA発現アデノウィルスはK-ras遺伝子異常のある膵がん細胞に特異的に増殖抑制効果を示し、かつアポトーシスを誘導することを明らかにした。さらに膵がんの腹膜播種モデルにおけるこのベクターの腹注、同肝転移巣モデルに対する静注により、腫瘍抑制効果を証明した。今後免疫能が正常な動物で、副作用等を検討する。・治癒適切除を受けた膵がん患者のうち、CD44のvariant form v6とv2の発現が陽性の症例は予後が不良であることを見いだし、遺伝子治療等の新しいsurgical adjuvant therapyの適応となることを示唆した。・増殖する腫瘍細胞の表面に高発現しているトランスフェリン受容体のligandで
あるトランスフェリンとDNAの複合体を効率よく作製する方法を確立した。自殺遺伝子HSV-TK DNAとTfの複合体を担がんマウスに投与したところ、延命効果が認められ、非ウィルス系ベクターにより腫瘍細胞をin vivo遺伝子標的する方法を切り拓いた。・新たに同定した変異loxP排列と部位特異的組換え酵素Creによる遺伝子置換反応を応用した高効率E1欠損型アデノウイルスベクター作製法を確立した。この方法により治療遺伝子の系統的な比較が容易になる。・以下の新しいアデノウィルスベクターを開発、解析し、がんを標的した遺伝子治療開発の可能性を追求した。(i) p53関連遺伝子p73を発現する組み換えアデノウイルスを用いて効果的にアポトーシスを誘導できることを示した。(ii) 腫瘍抑制遺伝子p53、Rb/p16の変異を標的化することを目指してE1A・E1B変異型ウイルスを作成した。これはE1B55K単独欠失ウイルスに比べて、腫瘍細胞に対して強い細胞傷害活性が見られた。また、これら制限増殖型ウィルスとサイトカインを発現する従来の非増殖型アデノウィルスを組み合わせると、後者の複製・発現を増強できることを見い出した。(iii) 変異アデノウイルスとして、ファイバーのC末端にメラノサイト刺激ホルモンを付加したAx-F/MSH株を作製し、悪性黒色腫への高効率の遺伝子導入を達成した。・プラスミドベクターを生体親和材料である担体、アテロコラーゲンに保持させた形で生体内に導入し、プラスミドベクターの生体内安定性を確保し、かつ徐放化することで生体への遺伝子導入と発現の期間を制御し、生体でのベクターの有効性を高める系の開発を行った。
結論
血管内皮細胞で高発現している新規Kruppel型zinc finger蛋白質は転写促進活性を持つ核内蛋白質である。・アンチセンスK-ras RNA発現アデノウィルスベクターは、膵がんのK-ras遺伝子異常を標的するcytocidalな治療法であり、膵がんの転移に対する新しい治療法として期待できる。・遺伝子治療等の先進的治療と臨床試験の適応となる膵がん症例を的確に選択するため、CD44v6またはCD44v2の発現増加が予後不良のバイオマーカーになりうる。・簡便で高効率のTf-DNA複合体作成法により作製したTf-HSV-TK自殺遺伝子複合体は、in vivoで腫瘍を標的するベクターとなりうる。・Cre/loxP系による遺伝子置換反応を応用して、極めて効率よくE1欠損型アデノウイルスベクターが作製できる。・p73発現アデノウィルスベクターは悪性神経膠腫等にアポトーシスを誘導する。E1A・E1Bに変異を持ち、p53及びRb/p16系の遺伝子異常を標的するアデノウィルスベクターは、担がんマウスモデルにおいて優れた腫瘍抑制効果を示し、サイトカインを産生する従来の非増殖型アデノウィルスベクターとの組み合わせにより、腫瘍の完全退縮を達成できる。・プラスミドベクターをアテロコラーゲンに包埋する事によりベクターの長期間の徐放と発現維持、かつ投与後の物理的な除去が可能である。

公開日・更新日

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