遺伝子治療用DNA製剤の開発と癌治療への応用

文献情報

文献番号
199800421A
報告書区分
総括
研究課題名
遺伝子治療用DNA製剤の開発と癌治療への応用
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
吉田 純(名古屋大学)
研究分担者(所属機関)
  • 萩原正敏(東京医科歯科大学)
  • 高橋利忠(愛知県がんセンター研究所)
  • 妹尾久雄(名古屋大学)
  • 小林猛(名古屋大学)
  • 寺川進(浜松医科大学)
  • 舛本寛(名古屋大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
遺伝子治療は1990年米国で世界ではじめてADA欠損症の患児に行われて以来すでに2500人を越える患者へ応用されている。しかし本邦では1995年に北海道大学がADA欠損症の患児に行った治療が唯一の症例である。遺伝子治療は従来の治療と異なり、疾患の本態にせまる画期的な治療であり、その開発は先進技術立国として世界をリードする本邦においては極めて重要な課題と考えられる。現在本邦で遺伝子治療の対象となっている疾患は先天性代謝異常症、癌、AIDSといった致死性の高い疾患である。中でも我々が治療に当たっている悪性グリオーマは現在いかなる治療を施してもその平均生存期間は2年以下と極めて予後不良の疾患であり、このような疾患に対する新しい治療法の開発は急務である。遺伝子治療はその候補のひとつとして期待されている。本研究は遺伝子治療を実りのある治療に育てるため①安全で効率の良いベクター(DNA製剤)の開発と②その臨床応用の2つを主な課題として掲げ、癌治療の分野で遺伝子治療を実現させることを目的としている。
研究方法
課題1:安全で効率の良いDNA製剤の開発、1:生物学的DNA製剤 ①DNA製剤の安定性:DNA製剤の安定性は遺伝子及びベクターの安定性に依存する。遺伝子の安定性は人工染色体の研究を通して検討する。すなわちセントロメア領域の遺伝子配列を利用した長期安定型ベクターの開発を行う。また人工染色体そのものをリポソームに包埋し、細胞内に導入する方法についても検討を加える。またベクターの安定性は構成成分の蛋白及び脂質の純化及び分析を行い、最適な条件や保存法等を確立する。②DNA製剤の汎用性:癌治療全般に応用するため、目的遺伝子を容易に組換えできるシステムを作り上げる。遺伝子組換えは遺伝子カセットを作製して行う。ベクターの特異性は癌特異的抗原に対するリコンビナントsFv抗体を作製しリポソームと結合させることで付加する。昨年度は脳腫瘍に高発現の認められるCD44と肺癌や乳癌に高発現の認められるdeletion-mutant EGFRに対するモノクローナル抗体の遺伝子をクローニングしたのでこれを利用して抗体結合リポソーム(イムノリポソーム)を調製する。またウイルス表面の改変ではアデノウイルス等のベクターに抗体を付加することを検討している。③発現効率の向上:ウイルスベクターとリポソームのハイブリットベクターを調製し、その有効性について検討する。次に発現調節機構(TetRシステム、温熱発現調節システム等)をAAVベクターに組込んで発現状況を検討した後、新規ベクターに応用する。同時に組織内持続注入法等の投与方法の検討も行う。④抗腫瘍メカニズムの解明:治療遺伝子を包埋したリポソーム製剤が導く抗腫瘍効果のメカニズムをビデオ型微分干渉顕微鏡やFACS等を用いて検討する。さらにNF-kB等の転写因子やCaspaseのcascadeを中心に検討する。2:DNA製剤の細胞療法への応用、①新たにDNA製剤の細胞療法への応用を検討する。Dendritic cells (DC細胞)は抗原提示細胞のひとつであるがこれにAAVベクターあるいはAAVベクター包埋リポソームを用いて効率よく遺伝子導入する方法を確立し、癌免疫遺伝子治療への応用をはかる。課題2:臨床応用、①悪性脳腫瘍、メラノーマ、肺癌等を対象に新たに開発されたベクターを用いた遺伝子治療の実現に努める。特に「正電荷リポソーム包埋ヒトb型インターフェロン遺伝子による悪性グリオーマの遺伝子治療臨床研究」の早期実現に努める。
結果と考察
1:生物学的DNA製剤
①臨床研究用DNA製剤の調製:・製剤の品質基準は米国で行われている臨床研究を参考に、(a)吸光スペクトル(A260/A280)は1.75-2.0、(b)DNA濃度は90%以上、(c)大腸菌由来のDNAはサザンブロット法により定量し、2%以下、(d)タンパク質はビシンコニン酸法により定量し、1%以下といった基準を昨年度作成したが、本年度はこれらの基準を常にクリアできるようプラスミド調製手順書を作成した。・製剤の調製工程の確立:製剤調製工程を詳細に記した手順書を作成した。・製剤調製室の設置:名古屋大学医学部附属病院内に遺伝子治療製剤調製室を設計・建設し、作成された手順書に基づいて実際に調製を行った。調製されたリポソーム製剤の品質については科研製薬株式会社に分析を依頼し、その品質の評価を行った。評価項目としては性状、pH、浸透圧比、純度試験、発熱物質試験、無菌試験、生物活性、規格定量の試験項目を設けた。その結果調製された遺伝子治療用リポソーム製剤は臨床研究に十分耐えうるものと考えられた。また遺伝子の安定性について人工染色体の研究を通して評価した。その結果、効率のよい人工染色体の形成には50kb以上の連続したa21-I配列が必要であることが判明した。またEBウイルスの複製開始点を挿入することで外来遺伝子を人工染色体上に簡便に導入できる可能性が示唆された。②DNA製剤の汎用性:DNA製剤に組織特異性を柔軟に持たせる方法としてリコンビナントsFv抗体(今回は脳腫瘍に高発現の認められるCD44と肺癌や乳癌に高発現の認められるdeletion-mutant EGFRに対するリコンビナントsFv抗体を使用)をリポソームに結合させる方法の確立を目指した。それに先立ち行われた抗体の特異性に関する免疫染色で、予想通りの特異性が確認された。一方アイソトープを用いた組織内分布においても腫瘍特異性が確認された。またアシアロ蛋白をリポソームに取り込ませることで、ヒト肝癌細胞HepG2への遺伝子導入効率を、b-galactosidase活性として2-5倍増強させることにも成功した。このことはこのDNA製剤が肝細胞癌に応用できる可能性を示唆するものと考えられた。③発現効率の向上と発現調節:ウイルスベクターとのコンビネーションではアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターをリポソームに包埋することで、遺伝子発現効率を2-4倍増強することができた。これにより特異性のないAAVベクターに細胞特異性をもたせることが可能となった。また遺伝子発現調節可能なベクターの開発も試みた。具体的にはBluescriptをベースにHSP 70Bのpromoterでドライブされるインターフェロン-b発現プラスミドpBS-hsp-IFN-bを作製した。このプラスミドを磁性微粒子マグネタイトと同時にリポソームに包埋し、細胞内に導入後細胞をペレット状にして外から385Oeの磁場を8時間あて再びシャーレにまき直した。40時間後インターフェロン-bの産生量をEIAにて測定し、10~20 IU/ml 程度のインターフェロン-bの発現を確認した。以上の事実はリポソーム製剤の中に包埋するプラスミドを発現制御可能なものに置き換えることでより安全なDNA製剤が調製できうることを示すものと考えられた。④抗腫瘍メカニズムの解明:インターフェロン遺伝子をヒトグリオーマ細胞に導入することでアポトーシスが誘導されることが判明した。またこのアポトーシスの課程はNuclear and cytoplasmic condensa- tion、Membrane blebbing、Cell shrinkage、Formation of apoptotic bodies and ballooningの各ステージに分類できることがわかった。さらにこのアポトーシスに続いて二次性のネクローシスが生じることもわかった。同時にNF-kBやCaspase3及び8の上昇を認めた。またこのとき腫瘍組織内ではheat shock protein (HSP)の上昇が観察された。最近HSPが宿主の免疫を賦活するための重要なタンパクであることが報告されていることから、この事実は抗腫瘍メカニズムを解明する上で重要な手がかりになるものと思われた。2:DNA製剤の細胞療法への応用 ①本年度より新たにDNA製剤の細胞療法への応用を検討した。まずはマウス骨髄よりDendritic cells (DC細胞)を分離する方法を確立した。得られた細胞の性状をFACSに
て解析したところ、CD11c及びCD86陽性のDC細胞が90%以上のpopulationをもつことが確認された。またDC細胞への遺伝子導入にはAAVベクターが有用であることが確認された。このことはDC細胞を修飾した新しい免疫遺伝子治療の開発に大いに役立つものと考えられた。
結論
本研究事業で開発された遺伝子治療用DNA製剤(プラスミド包埋リポソーム製剤)は臨床研究に十分耐えうるものと考えられた。またリコンビナントsFv抗体や発現調節機構を組込んだプラスミドあるいは人工染色体を利用することで汎用性が高まることが証明された。

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