難治癌に対するp53遺伝子を用いた遺伝子治療の基礎的・臨床的研究    

文献情報

文献番号
199800418A
報告書区分
総括
研究課題名
難治癌に対するp53遺伝子を用いた遺伝子治療の基礎的・臨床的研究    
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
田中 紀章(岡山大学医学部外科学第一講座)
研究分担者(所属機関)
  • 藤原俊義(岡山大学医学部外科学第一講座)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、p53遺伝子に突然変異や欠失などの異常を有する根治的切除不能な
原発性あるいは再発性非小細胞肺癌症例において、正常型p53遺伝子発現アデノウイルスベクタ
ーの腫瘍内局所投与とDNA障害性抗癌剤の全身投与による副作用および治療効果を検討するこ
とである。基礎的研究では、臨床的に使用するベクターを用いて、多方面からその有効性の理論
的根拠を確立することである。
研究方法
1) ヒト肺癌細胞H1299 (p53欠失株)、大腸癌細胞DLD-1 (p53変異株)に正常なp53遺
伝子を発現するアデノウイルスベクターAd5CMVp53を感染させ、reverse transcription-PCR (RT-
PCR)および抗Fasリガンド抗体を用いたフローサイトメトリー解析によりFasリガンドの発現
を検出した。2) DLD-1細胞にAd5CMVp53を感染させ、抗アポトーシス作用を有するとされる
転写因子NF-kBの発現変化と活性変化を、ウエスタンブロット解析およびゲルシフト解析によ
り観察した。また、抗NF-kB抗体による蛍光免疫組織染色で、p53遺伝子導入後のNF-kBの局
剤の変化を検討した。さらに、NF-kBと結合するIkBの発現の変化を調べ、作用機構を解析した
。3) p53遺伝子治療におけるBystander効果のメカニズムを解析するために、ヒト肺癌細胞H226Br
細胞(p53変異株)にAd5CMVp53を感染させ、非感染H226Br細胞と20%、50%、100%の比率で
混合してヌードマウスの背部皮下に移植し、腫瘍増殖に与える影響を観察した。また、28日目
に摘出した腫瘍を血管内皮細胞を特異的に認識する抗CD31抗体で染色し、血管新生抑制の関与
を検討した。4) 遺伝子治療臨床研究「非小細胞肺癌に対する正常型p53遺伝子発現アデノウイ
ルスベクター及びシスプラチン(CDDP)を用いた遺伝子治療臨床研究」の実施計画書を厚生省お
よび文部省に提出した。5) 非小細胞肺癌患者より採取した肺癌組織のp53遺伝子異常を、抗p53
抗体(PAb1801、DO-7)を用いた免疫組織染色およびPCR-SSCP解析により検討した。6) p53遺伝
子変異が検出された被験者に対して、気管支鏡下にAd5CMVp53ベクター液の腫瘍内局所投与を
行った。
結果と考察
1) H1299およびDLD-1いずれの細胞株でも、Ad5CMVp53感染により24時間をピー
クに一過性にFasリガンドのmRNA発現が上昇し、36時間後にはベースラインに戻っていた。
また、metaloprotease阻害剤を用いてFasリガンドのsheddingを防いだ後にフローサイトメトリー
解析を行ったところ、Ad5CMVp53の感染により細胞表面のFasリガンド発現が増強していた。
2) DLD-1細胞にAd5CMVp53ベクターを感染させることで、核内のNF-kB蛋白質レベルが減少
し、ゲルシフト・アッセイでもNF-kBの結合活性が低下していた。蛍光免疫組織染色では、NF-kB
の細胞質から核への移行が抑制されており、細胞質への著明な集積が観察された。また、細胞質
のIkBレベルの上昇とNF-kBとの結合能の増強が認められ、NF-kBの細胞質集積のメカニズム
の一つと考えられた。3) Ad5CMVp53感染させたH226Br細胞を非感染H226Br細胞と混合するこ
とで、非感染細胞のヌードマウスにおける腫瘍増殖が濃度依存性に抑制された。50%、100%混
合した群では、非感染H226Br細胞による腫瘍に比較して有意に増殖が抑制されていた。また、
28日目のH226Br腫瘍では抗CD31抗体で染色される腫瘍血管が多数認められたが、p53遺伝子
を導入したH226Br細胞を混合した腫瘍では血管新生が顕著に抑制されていた。4) 遺伝子治療臨
床研究「非小細胞肺癌に対する正常型p53遺伝子発現アデノウイルスベクター及びシスプラチン
(CDDP)を用いた遺伝子治療臨床研究」は、倫理的および科学的に検討された結果、1998年9月
に厚生省先端医療技術評価部会および文部省遺伝子治療臨床研究専門委員会でその実施につい
て了承された。5) 非小細胞肺癌を有する57歳の男性および58歳の男性に気管支鏡下生検を施
行し採取した組織を解析したところ、前者では免疫染色陽性、SSCPにてエクソン5に変異あり
、後者では免疫染色陽性、SSCPにてエクソン6に変異ありとの結果を得た。その他の検査結果
も含めて適応判定委員会で検討され、1999年2月および3月にそれぞれ適応ありとの判断を得
た。6) 1999年3月2日、適応ありと判定された最初の患者の気管分岐部の腫瘍に、109 PFUの
Ad5CMVp53ベクター液の局所投与を施行した。患者は特に問題なく経過し、喀痰のDNA-PCR
にてベクターが検出されなくなった後に、退院した。また、3月30日、第1例目の患者への2
回目の投与および第2例目の患者の左下葉原発の腫瘍への投与を施行した。今後、安全性や効果
を評価しながら24例の症例に投与する予定である。
現在、米国を中心に遺伝子治療の臨床応用が精力的に続けられているが、その効果に関す
る検討の結果、基礎研究に立ち戻って疾患治療の理論的根拠を確立することや、ベクターの改良
・改善などの技術的向上に重点を置くべきという意見が注目されている。われわれも、米国で進
行中のp53遺伝子治療を本邦で実施することで安全性や臨床効果に関する独自のデータを得る
とともに、基礎的にまた臨床的にその作用機構の検討を行うことで、より効果的な治療法として
の確立に寄与しようと考えている。p53遺伝子導入が抗癌治療として期待されるのは、まずその
直接的な殺細胞効果がみられるためである。アポトーシスは抗癌治療の終局的な実行機構として
、近年精力的に研究が進んでいる。アポトーシスのシグナル伝達機構としてはFasリガンドや抗
Fas抗体によるFas受容体刺激が重要と考えられているが、われわれはp53遺伝子導入によりFas
リガンドの発現が一過性に増強することを明らかにした。この現象は、部分的にp53依存性アポ
トーシスに関与するとともに、Fasリガンドの発現を介した細胞浸潤の誘導によりin vivoの抗
腫瘍効果に関わっている可能性が考えられる。また、p53の標的遺伝子としてBaxやFasなど積
極的にアポトーシスを誘導する因子が注目されているが、われわれはp53によるアポトーシス抑
制因子の発現低下を検討した。NF-kBは、抗アポトーシスに働く転写因子として、TNFや抗癌
剤でその発現が増強することが知られているが、p53遺伝子導入はNF-kBの核移行を阻害するこ
とで、NF-kBの抗アポトーシス機能を抑制し、アポトーシス感受性を増強していることを明らか
にした。さらに現在、その他のアポトーシス抑制因子についてもp53との関連性を検討中である
。局所投与という投与経路を考えると、現在のアデノウイルスベクター・システムで癌組織を形
成する100%の癌細胞に遺伝子導入を期待することはできない。しかし、遺伝子導入効率の低い
レトロウイルスベクターによる臨床試験でも明らかな腫瘍縮小がみられたという事実は、遺伝子
導入された細胞が周辺の遺伝子導入されなかった細胞に何らかの抗腫瘍効果を与えた可能性を
示している。このBystander効果の作用機構の一つとして、われわれは血管新生抑制の関与を検
討してきた。より実際的な実験系として、p53遺伝子導入細胞を非導入細胞と混合することでin
vivoの腫瘍増殖が抑制され、また新生血管の密度低下から、血管新生の阻害がメカニズムの一
つと考えられた。Bystander効果は、p53遺伝子治療の局所治療としての有効性を評価するために
重要な現象であり、今後さらにそのメカニズムの解析が期待される。臨床的に遺伝子治療はまだ
非常に未熟な実験的な段階にある。しかし、臨床応用の結果得られるデータは重要であり、動物
実験では予測されなかった副作用や臨床効果が確認される場合も多い。したがって、最低限の安
全性を確保した上で臨床応用を試みることは十分に意義あることと考えられる。われわれは、
Ad5CMVp53を用いたp53遺伝子治療の臨床応用を開始した。今後、本邦でも研究を発展させる
ことで、p53遺伝子治療がより生理的なかつ効果的な高いquality of life (QOL)を望める癌治療法
として確立されることを期待する。
結論
1) p53遺伝子導入によりmRNAおよび蛋白質レベルでFasリガンドの発現が増強し、p53
依存性アポトーシスに関与している可能性が示唆された。2) p53遺伝子導入によりIkBの発現お
よび活性が増強し、その結果としてNF-kBの核移行が阻害され、NF-kBの抗アポトーシス活性
が抑制された。3) p53遺伝子導入により周辺の遺伝子導入されていない癌細胞の新生血管の増生
が抑制され、血管新生抑制作用はBystander効果に関与していると考えられた。4) 非小細胞肺癌
に対するp53遺伝子治療の実施が了承され、被験者の肺癌ヘのp53遺伝子導入が実際に開始され
た。

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