新しい発生工学技術の開発による研究基盤高度化に関する研究

文献情報

文献番号
199800410A
報告書区分
総括
研究課題名
新しい発生工学技術の開発による研究基盤高度化に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
笹岡 俊邦(国立精神・神経センター神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 鍋島陽一(京都大学大学院医学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ヒトゲノムプロジェクトの推進や遺伝性疾患の原因遺伝子の探究により、遺伝子の構造解析が飛躍的に進展し、疾患と遺伝子変異、遺伝的背景の関連が明らかにされつつある。この成果を遺伝子機能の解明、病態解析に発展させるためには、動物個体を解析の場とする実験系の開発、高度化が不可欠である。多くの遺伝子疾患では単なる遺伝子欠失ではなく、特定のアミノ酸の変異や特定の配列の欠失あるいは増幅が観察される。また多くの遺伝子はいくつかの場面で重要な機能を担っており、その真の機能解析のためには個別の場面での機能を解析する必要があり、新たな方法の開発が待たれる。われわれは、これらの問題点を解決するため、マウス発生工学技術を用いて「目的とする組織や発生段階で、対象遺伝子にアミノ酸の変異や、部分欠損、部分増幅を導入する方法」の開発を進めている。
研究方法
チャンネルなどの神経機能分子は特定のアミノ酸を置換することにより機能の質的変化がもたらされる。このようなアミノ酸変異をマウス個体の特定細胞で再現できる新たな発生工学システムを開発し、シナプス形成とその可塑性、神経細胞興奮性、神経細胞障害毒性、神経疾患の病態解析に応用することを目標として以下の実験を行った。
中枢神経系で発現するNMDA型グルタミン酸受容体を対象として、Caイオンの透過性に関わるアミノ酸置換が誘導可能な遺伝子改変マウスの作成を行った。正常配列を持つエクソンの両側にloxP配列を配置し、その下流にアミノ酸変異を導入したエクソンを配置した相同組み換えベクターを作成し、マウス胚性幹(ES)細胞に導入する。この状態では2つのエクソンの間のイントロン配列を工夫することにより、絶えず正常配列を持つエクソンのみを選択させることが可能であるが、正常配列エクソンを欠失させると変異配列を持つエクソンが利用され、転写産物に変異が導入される。このようにNMDA受容体遺伝子を改変したES細胞由来のマウス個体を作成する。作成したマウス個体の特定細胞で正常配列を持つエクソンを欠失させる方法として、Creレコンビネース-loxPシステムを利用する。
上記の目的のために特定の部位でCreリコンビネースを発現させる必要があり、神経細胞特異的にCreリコンビネースを発現するトランスジェニックマウスとNMDA受容体遺伝子改変マウスと掛け合わせてNMDA受容体へのアミノ酸置換を誘導させる実験を行った。得られたマウスにおいてNMDA受容体の機能変化が導入されたことを電気生理学的に解析するため、脳スライスパッチクランプ実験の準備を始めた。
結果と考察
(1)アミノ酸の変異や、部分欠損、部分増幅を導入する方法の開発
上記の方法により作成したNMDA受容体遺伝子改変マウスはホモ接合体であっても野生型と変わらないが、神経細胞に広くCREレコンビネースを発現するマウスと掛け合わせて、CRE-loxPによる変異導入を広い範囲で行ったところ、生後2週ごろより運動障害、成長不良を示し多くは致死であった。このマウスの表現型はNMDA受容体にCaイオンの透過性に関わるアミノ酸置換が導入され、神経細胞興奮性、神経細胞死などの異常が起こされたものと考えられる。NMDA受容体へのアミノ酸置換導入について生化学的に解析するとともに、NMDA受容体機能の電気生理学的解析を進めている。
(2) 神経細胞特異的にCREリコンビネースを発現するマウスの作製
神経細胞特異的にアミノ酸置換を導入する目的で、特定の神経細胞群の一つとして、ドーパミン神経細胞を対象とし、遺伝子機能の質的変化を導入してパーキンソン病に類似する運動異常を示すマウスの作成を目標としている。既にドーパミン神経特異的に遺伝子を発現するプロモーターを用いて、ドーパミン神経特異的にCREが発現するTgマウスを作成した。現在、これらのTgマウスをマーカー遺伝子の発現によりCREの作用する細胞を見分けるためのマウスと掛け合わせて、作製されたTgマウスのCREリコンビネースの発現様式を解析中である。また、小脳特異的にCREリコンビネースを発現するマウスの準備も進めている。
上記のように新しい発生工学システムを開発し、目的の細胞でNMDA受容体遺伝子にCaイオンの透過性に関わるアミノ酸置換を導入することに成功した。得られたマウスでは、アミノ酸置換によると考えられる神経系の異常を示しており、NMDA受容体分子の機能変化がマウス個体の表現型の変化に至る機構を詳細に解析してゆくことが可能である。今後、NMDA受容体へのアミノ酸置換導入について生化学的解析をするとともに、NMDA受容体機能の電気生理学的解析を進める予定である。また、新たな遺伝子改変マウスも作成して、このたび開発したシステムを安定した方法として確立し、広く応用可能であるかを検証してゆきたい。
結論
マウス個体において細胞特異的に目的遺伝子にアミノ酸置換などの変異を導入する方法の開発とそれに基づく遺伝子機能の解明を目的として研究を進め、NMDA受容体遺伝子を対象として新技術の開発に成功し、神経系の機能異常を示すマウスを作成することができた。

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