福島第一原子力発電所事故復旧作業のストレスが労働者のメンタルヘルスに及ぼす影響

文献情報

文献番号
201425001A
報告書区分
総括
研究課題名
福島第一原子力発電所事故復旧作業のストレスが労働者のメンタルヘルスに及ぼす影響
課題番号
H24-労働-一般-001
研究年度
平成26(2014)年度
研究代表者(所属機関)
重村 淳(防衛医科大学校 精神科学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 谷川 武(順天堂大学医学部 公衆衛生学講座)
  • 吉野 相英(防衛医科大学校 精神科学講座 )
  • 長峯 正典(防衛医科大学校 防衛医学研究センター 行動科学研究部門)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 【補助金】 労働安全衛生総合研究
研究開始年度
平成24(2012)年度
研究終了予定年度
平成26(2014)年度
研究費
2,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
福島第一原発(以下、第一)事故時、第一原発あるいは福島第二原発(以下、第二)で働いた電力会社職員を対象として、 発災直後の急性期・中長期におけるメンタルヘルスへの影響を以下3点で検証した。
①第一事故直後における発電所員の出勤日数と、事故2~3か月後の心的外傷後ストレス反応(posttraumatic stress response: PTSR)・心理的苦悩の職種別リスク
②第一事故時、第一・第二所属だった電力会社職員における、事故2年8か月後のメンタルヘルス・スクリーニング有所見者の割合
③第一・第二職員における仕事のモチベーション (事故1年2~3か月後)
研究方法
①第一所員723名の事故直後の出勤日数とPTSR・心理的苦悩との関連を職種別に分析した。2011年3月11日~15日の出勤日数は出勤簿を元に算出し、2011年5~6月のPTSR・心理的苦悩は質問紙(日本語版IES-R、K6)を用いて評価した。勤務日数5日間のうち、出勤日が2日間以下の所員を出勤日数が少ない所員(n=245)、3日間以上出勤した職員を出勤日数が多い所員(n=478)と定義した。PTSR・心理的苦悩の関連項目を多変量解析で調べた。
②第一事故の当時に第一あるいは第二に電力会社に正社員として勤務し、2013年11月の時点で電力会社に勤続する全職員を対象候補とした。候補者は、第一・第二以外に、電力会社本店(東京都)、柏崎刈羽原子力発電所(新潟県)、その他各店所に及んだ。調査に1,297名が同意した(回収率61.6%)。メンタルヘルス上のリスクをPTSD症状(IES-R)・うつ症状(CES-D)・アルコール乱用(CAGE)の3疾病で評価した。2種類の「狭義」(=厳しい)あるいは「広義」(=緩い)のスクリーニング基準を用いた。この3尺度のいずれかで狭義あるいは広義の基準を満たす者を「有所見者」とした。
③2012年5~6月、第一・第二所属の電力会社全職員1,673名(第一:1,105名、第二:568名)を対象に行った。仕事のモチベーションを、最もモチベーションがある時を100点として、0~100点の数字で測定した。独立変数として、調査時の一般属性(所属発電所・性別・年齢・累積被ばく総量)、身内や社会からの批判の有無を調べた。
結果と考察
①災害直後の5日間に数多く勤務した所員は、そうでない者と比べて、高いPTSR・心理的苦悩が生じやすかった。災害直後、現場職にあった者は、机上職の者と比べて、高いPTSR・心理的苦悩が生じやすかった。災害・事故の復旧にあたる労働者の出勤日数の多寡ならびに職種によってメンタルな変化が高まる度合いに差が確認された。
②スクリーニング有所見者(狭義あるいは広義)は、対象候補者2,105名のうち404名(19.2%)で、狭義の基準で160名(7.6%)、広義の基準で244名(11.6%)だった。有所見者の割合は、柏崎>本店>他店所>第一・安定化センター>第二の順に高率で、現在福島以外の所属者(21.5%~27.1%)が現在の福島の所属者(14.9%~19.3%)より高かった。前者は、先行データが全くなく、数値の高低の解釈は困難である。後者は、①異動後のストレス要因の変化、②メンタルサポート体制の違いが要因として考えられた。
③第一・第二間では仕事へのモチベーションに有意差が見られなかった。(第一:57.9±22.9、第二:56.5±21.5)仕事へのモチベーションと性別・累積被ばく線量との間には関連は見られなかった。年齢が低いほどモチベーションが低く、20歳台は、40・50歳台と比べて低かった。また、30歳台は、50歳台と比べて低かった。身内や社会から批判を受けた人は、そうでない人と比べて仕事のモチベーションが低かった。(批判なし:58.7±21.7、批判あり:51.8±24.5)モチベ―ションが低い状態が、エラーの発生、離職の増加、組織行動への弊害として影響していることが示唆された。モチベーションが第一・第二間で変わらなかったのは、社会からの批判・差別中傷が共通項として関連している可能性があった。
結論
①発災直後に強い業務上のストレス(惨事ストレス)を受けた者のメンタルヘルスのリスクが高く、継続的フォローが求められる。
②震災2年8か月後でのメンタルヘルスの有所見者はある一定の割合で見られた。有所見者の割合は福島から転出した者の方が福島勤務者より高いため、転出者においても、サポートがくまなく提供され続けることが重要である。
③震災1年2~3か月後の時点で、第一・第二職員の仕事のモチベーションは低下し、特に若年層、身内・社会から批判を受けた者に顕著だった。モチベーションの向上策がメンタルヘルスの改善に寄与することが示唆された。

公開日・更新日

公開日
2018-06-06
更新日
-

研究報告書(PDF)

公開日・更新日

公開日
2015-06-22
更新日
-

文献情報

文献番号
201425001B
報告書区分
総合
研究課題名
福島第一原子力発電所事故復旧作業のストレスが労働者のメンタルヘルスに及ぼす影響
課題番号
H24-労働-一般-001
研究年度
平成26(2014)年度
研究代表者(所属機関)
重村 淳(防衛医科大学校 精神科学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 谷川 武(順天堂大学医学部 公衆衛生学講座)
  • 吉野 相英(防衛医科大学校 精神科学講座)
  • 長峯 正典(防衛医科大学校 防衛医学研究センター 行動科学研究部門)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 【補助金】 労働安全衛生総合研究
研究開始年度
平成24(2012)年度
研究終了予定年度
平成26(2014)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
福島第一原子力発電所(以下、第一)事故時、第一あるいは福島第二原子力発電所(以下、第二)で働いた電力会社職員を対象として、心的外傷後ストレス障害 (posttraumatic stress disorder: PTSD)・うつ病・アルコール依存などメンタルヘルス(MH)上の変化を測定し、それに関連する要因を検証し、その状況に応じた適切な医療サポートを実施することを目的とした。
研究方法
第1回目調査は2011年5~6月(事故2~3か月後)、第2回目は2012年5~6月(事故後14~15か月)、第3回目は2013年11月(事故後32か月)に実施した。
対象者は、調査時点で第一あるいは第二に勤める電力会社社員とした。第3回目調査では、第一事故の当時に第一あるいは第二に勤務し、調査時点で第一・第二のみならず、電力会社本店(東京都)、柏崎刈谷原子力発電所(新潟県柏崎市)、その他各店所に勤務する者を対象とした。
自己記入式質問紙を用い、以下項目を測定した:PTSD症状(PTSR):IES-R、心理的苦悩:K6、うつ病症状:CES-D、アルコール依存症状:CAGE、ストレスの最中・直後の苦悩(peritraumatic distress: PD):Peritraumatic Distress Inventory、業務へのモチベーション(100点満点中の点数)。第3回調査では、PTSD・うつ病・アルコール依存症のいずれかの有所見者の割合を算出した。
結果と考察
結果
第1回目調査:対象者は職員1,495名、「四重のストレス」(惨事ストレス・被災者体験・悲嘆体験・差別中傷体験)を経験していた。差別・中傷を受けた者は、そうでない者と比べて、2.06~2.90倍、心理的苦悩あるいはPTSRが生じやすかった。差別・中傷は、PDとPTSRの両方に関連していた。事故直後(3月11~15日)の第一出勤者のうち、数多く勤務した所員は、そうでない者と比べて、高いPTSR・心理的苦悩が生じやすかった。また、現場職にあった者は、机上職の者と比べて、高いPTSR・心理的苦悩が生じやすかった。
第2回目調査:対象者1,673名の仕事のモチベーションは総じて低く、発電所間の差はなかった。(第一:57.9±22.9、第二:56.5±21.5)、20・30歳台の若年者はモチベーション低下が顕著だった。身内や社会から批判を受けた人は、そうでない人と比べてモチベーションが低かった。(批判なし:平均58.7、批判あり:51.8)
第3回目調査:スクリーニングでの有所見者(狭義あるいは広義)は、対象候補者2,105名のうち404名(19.2%)、狭義基準では160名(7.6%)、広義基準では244名(11.6%)だった。有所見者は、福島以外の所属者(21.5~27.1%)が福島の所属者(14.9~19.3%)より効率だった。

考察
①第一事故は、復旧作業従事者に膨大・複雑な「四重のストレス」を与えた。
②「四重のストレス」のうち、社会からの差別・中傷はMHへの甚大な悪影響をもたらした。
③「目に見えない災害」では、影響を受けた人が猛烈な不安を感じやすく、その不安をやり場のない怒りとして表したり、責任転嫁・差別・中傷などの排他的行動として表したりしやすい。
④社会からの差別・中傷は、復旧作業従事者に多大なスティグマを与えた。
⑤社会からの差別・中傷は、MHの悪影響だけでなく、仕事のモチベーション低下につながっていた。
⑥復旧作業従事者へのMHの影響は、うつ・PTSD・アルコール依存など、多彩な形で表されていた。
⑦災害から時間が経つにつれ、ストレス要因は複雑化し、MHへの交絡因子は増えていく。
⑧復旧作業従事者へのMH支援・調査は十年単位で行うことが求められる。
⑨包括的なMH支援・調査に向けて、様々なアプローチが求められる。(従事者の面談・医療者への助言・ケースワーク、衛生関連資料作成、メディアとの連携等)
結論
①第一の復旧・廃炉作業において、復旧作業従事者の心身の健康は必須条件である。
②第一原発事故後、第一・第二の職員のストレスは膨大かつ複雑だった。
③その中でも、差別・中傷など、スティグマを与える社会的批判が、もっとも大きく影響していた。
④その影響は、PTSD・うつ病・アルコール依存などのMHの変化だけでなく、仕事のモチベーション低下としても現れていた。
⑤チェルノブイリ事故の作業従事者には、MHの影響が十年単位で続くため、福島第一原発事故の作業従事者についても、同様のスパンのサポート構築が望ましい。
⑥スティグマを減少させるための方策が求められる。メディアと連携し、作業従事者に「敬意とねぎらい」を与えることは重要である。

公開日・更新日

公開日
2018-06-06
更新日
-

行政効果報告

文献番号
201425001C

成果

専門的・学術的観点からの成果
レベル7の原発事故の作業従事者について、発災以来数年間のデータはこれまで報告されていなく、本報告書のデータが世界初となる。
書籍”Mental health and social issues following a nuclear accident: the case of Fukushima”(Springer, in press, 2015)に分担執筆者・編者として携わった。
学会発表を15回(うち国際学会9回)行った。
臨床的観点からの成果
精神科医師・臨床心理士を平均月1回の頻度で現地派遣、以下を実施した。
1. 従事者の面談
傾聴の場・「敬意とねぎらい」の提供・自己対処法の向上・医療上の介入の必要性のアセスメント
2. 医療者・管理職との連携
産業医・看護師・管理職(発電所長級)・労務・人事担当者
3. 医療のケースワーク
専門医療が必要な場合の医療機関選定・情報提供
4. 産業衛生上の一次・二次予防に役立てるために、管理職教育を繰り返し実施、小冊子など衛生関連資料を作成した。
ガイドライン等の開発
該当事項なし
その他行政的観点からの成果
厚生労働省労災疾病臨床研究事業補助金「東電福島第一原発緊急作業従事者に対する疫学的研究」が平成26年度より開始されたが、そのうち対象者の心理的影響の評価における資となった。
その他のインパクト
各種メディアにおいて、原発復旧作業従事者へのケアの必要性を訴え、社会からのスティグマが減じてメンタルヘルス向上に寄与することを試みた。
・心に抱える問題 避難者らが報告。東京新聞2014.6.17
・つながって 心の悲鳴:6情報編 人手減りケア行き届かず。朝日新聞2014.7.27
・復興の断面 東日本大震災4年:廃炉へ誇りと苦悩。日本経済新聞2015.3.5
・東電職員に敬意と労いを。月刊ウィル2014年8月号, 272-9, 2014
など

発表件数

原著論文(和文)
0件
原著論文(英文等)
5件
その他論文(和文)
1件
その他論文(英文等)
0件
学会発表(国内学会)
6件
学会発表(国際学会等)
9件
その他成果(特許の出願)
0件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
5件

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
Shigemura J, Tanigawa T, Saito I et al.
Psychological distress in workers at the Fukushima nuclear power plants
JAMA , 308 (7) , 667-669  (2012)
原著論文2
Shigemura J, Tanigawa T, Nishi D et al.
Associations between disaster exposures, peritraumatic distress, and posttraumatic stress responses in Fukushima nuclear plant workers following the 2011 nuclear accident: the Fukushima NEWS Project study
Plos One , 9 (2) , e87516-  (2014)
原著論文3
Tanisho Y, Shigemura J, Kubota K et al.
The longitudinal mental health impact of Fukushima nuclear disaster exposures and public criticism among power plant workers: the Fukushima NEWS Project study
Psychol Med , 46 (15) , 3117-3125  (2016)
原著論文4
Ikeda A, Tanigawa T, Charvat H et al.
Longitudinal effects of disaster-related experiences on mental health among Fukushima nuclear plant workers: The Fukushima NEWS Project Study
Psychol Med , 47 (11) , 1936-1946  (2017)
10.1017/S0033291717000320
原著論文5
Takahashi S, Shigemura J, Takahashi Y, Nomura S, Yoshino A, Tanigawa T
Perceived workplace interpersonal support among workers of the Fukushima Daiichi nuclear power plants following the 2011 accident: the Fukushima NEWS Project Study
Disaster Med Public Health Prep , in press  (2017)
10.1017/dmp.2017.111

公開日・更新日

公開日
2015-06-08
更新日
2023-05-25

収支報告書

文献番号
201425001Z
報告年月日

収入

(1)補助金交付額
2,000,000円
(2)補助金確定額
1,969,730円
差引額 [(1)-(2)]
30,270円

支出

研究費 (内訳) 直接研究費 物品費 1,075,056円
人件費・謝金 19,800円
旅費 742,122円
その他 132,752円
間接経費 0円
合計 1,969,730円

備考

備考
-

公開日・更新日

公開日
2015-06-22
更新日
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