造血幹細胞を用いる遺伝子治療技術の開発:遺伝子導入細胞の選択的増幅法に関する研究

文献情報

文献番号
199800404A
報告書区分
総括
研究課題名
造血幹細胞を用いる遺伝子治療技術の開発:遺伝子導入細胞の選択的増幅法に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
長谷川 護(株式会社ディナベック研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 小澤敬也(自治医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
遺伝子治療の臨床効果を大幅に向上させる技術の開発をおこなう。具体的には遺伝子が導入された細胞を安全かつ容易な方法を用い、選択的に増殖させることにより治療効果を向上させるというものである。特に自己複製能と多分化能を有する造血幹細胞は遺伝子導入効率が低く、これまで様々な方法で、遺伝子導入効率を上げる方法が開発されているが、治療効果が期待できるほど十分な遺伝子導入効率の向上には至っていない。遺伝子導入細胞を選択的に増幅することは、結果として遺伝子導入効率を上げることと同等の効果をもたらすことになる。そこで造血幹細胞をターゲットとして選択的に増幅する遺伝子を「選択的増幅遺伝子」と名付けて、その開発をおこなっている。
研究方法
(1)分化シグナル抑制型選択的増幅遺伝子:選択的増幅遺伝子の最初のデザインは、細胞増幅のシグナルの発信源としてG-CSF受容体(GCR)、選択的分子スイッチとしてエストロゲン受容体(ER)のホルモン結合ドメイン(HBD)を持つキメラ分子GCRERおよび、その分子からG-CSFに対する結合能を削除したΔGCRERをコードする遺伝子として設計された。これらの分子を用いたとき、G-CSF受容体部分に起因した細胞の分化誘導もみられ、この分化誘導機能を削除することができれば、増殖誘導に優位に機能することが予想される。この分化シグナル伝達に重要な働きをすると想定されるチロシン残基を、in vitro mutagenesis法によってフェニルアラニンに置換したキメラ遺伝子ΔY703FGCRERをIL-3依存性マウス32D細胞株に導入して、エストロンゲンによる増殖誘導をXTT法にて、顆粒球への分化状態をライト-ギムザ染色法にて判定した。(2)合成リガンド特異的選択的増幅遺伝子:マウスエストロゲン受容体のGly525→Arg変異体(G525R変異体;タモキシフェン受容体)は合成ステロイドであるタモキシフェンに選択的に結合し、生理的濃度のエストロゲンには殆ど結合しない。そこで、この遺伝子を用いてGCRER、ΔGCRERのホルモン結合ドメインをタモキシフェン結合ドメインに置き換えた融合タンパク質、(GCRTmR、ΔGCRTmR)遺伝子を構築した。IL-3依存性マウスBa/F3細胞株にGCRER、ΔGCRER、GCRTmR、ΔGCRTmRを導入し、エストロゲン、およびタモキシフェンが増殖に及ぼす影響をXTT法にて検討した。またマウス骨髄細胞の増殖に対する影響をコロニーアッセイ法にて検討した。(3)新規選択的増幅遺伝子の開発(巨核球刺激因子(TPO)受容体、c-mplを用いた選択的増幅遺伝子の開発とその機能解析):幹細胞/前駆細胞の増幅、分化に関与していることが最近明らかになっているc-mplの受容体のアイソフォームc-mplpの全長と、分化シグナル伝達領域を削除したΔ(604-635)mplをエストロゲン受容体のHBDと融合させたキメラ分子、c-mplpER、Δc-mplpERの遺伝子を作製した。これをレトロウィルスベクターに搭載して、Ba/F3細胞株に導入、エストロゲン、TPO刺激による増殖昂進をMTS法にて検討した。(4)マウス骨髄再建系における増幅効果の検討:5フルオロウラシルを投与したマウスから骨髄細胞を採取し、レトロネクチンをコートしたプレート上でレトロウィルスによりΔ703FGCRERを導入した。このとき末梢中の遺伝子導入細胞をモニターするため、Δ703FGCRERの下流にIRES配列を挟んでGFP遺伝子も導入した。これを致死量のガンマ線(7+4Gy)を照射した同系マウスに静脈から移注し、骨髄の再建をおこなった。再建後末梢血の赤血球を溶解し、フローサイトメータにより、遺伝子導入細胞の比率を選択的増幅遺伝子の下流にIRESを挟んでつないだ蛍光蛋白質、GFPの発現によってモニターした。再建後、エス
トロゲン錠剤(15mg)を皮下に埋込み、エストロゲン投与後の遺伝子導入細胞の比率を再び算出した。(5)カニクイザル造血幹細胞の純化および遺伝子導入:カニクイザル骨髄自家移植を行うためにサルから骨髄血採取CD34陽性細胞選択、全身放射線照射(10Gy)輸注、ICU管理等を行い幹細胞遺伝子導入の予備検討を行った。
結果と考察
(1)分化シグナル抑制型選択的増幅遺伝子導入による細胞増殖:ΔGCRER発現32D細胞をエストロゲンで刺激したところ、G-CSFで刺激した場合と同様に、一過性増殖の後好中球へと分化し、やがて死滅した。一方、ΔY703FGCRER発現32D細胞は、エストロゲン刺激により未分化な状態で一ヶ月以上増殖を続けた。これらの細胞の培地からエストロゲンを除くと細胞は速やかに死滅し、また刺激をエストロゲンからG-CSFに切り替えると、親株同様に好中球へと分化した。以上のことから選択的増幅遺伝子のGCR部分のY703F変異によりキメラ分子を介する分化シグナルが抑制され、より増殖優位のシグナルを伝える。従って、より効率の高い選択的増幅遺伝子が開発できることが示された。(2)合成リガンド特異的選択的増幅遺伝子導入による細胞増殖:GCRER・ΔGCRERを発現するBa/F3細胞は、10-7Mのエストロゲンによく反応してIL-3非存在下で増殖を続けたが、同濃度のタモキシフェンには反応しなかった。逆に、GCRTmR・DGCRTmR発現Ba/F3細胞は10-7-10-6Mのタモキシフェンに反応して増殖したが、同濃度のエストロゲンには反応しなかった。このリガンド特異的増殖はマウス骨髄前駆細胞においても確認され、さらに、GCRER・ΔGCRER遺伝子導入細胞では少数認められたリガンド非依存性コロニーが、GCRTmR・ΔGCRTmR遺伝子導入細胞からは出現しなかった。(3)新規選択的増幅遺伝子の開発: c-mplpER、Δ(604-635)mplERを導入したBa/F3細胞は、エストロゲンやTPOに反応して増殖を示した。選択的増幅遺伝子としてc-mplERを作成した。GCRERと比較して、Ba/F3細胞を使った系においては同程度の細胞増殖能が認められた。(4)マウス骨髄再建系における増幅効果の検討:マウス骨髄再建系においてレトロウィルスを用いた遺伝子導入骨髄細胞移植1ヶ月後、末梢血液中にGFP陽性細胞が2-5%の比率で検出された。これにより、幹細胞に近い細胞集団に遺伝子導入されたことが示された。この比率はエストロゲン投与後大きな変動はなく、エストロゲンの非投与群と差異はみられなかった。本解析法は末梢血0.8mlというマウスにとって大量の血液を必要とするので、少量の血液をもとにPCRによって定量解析法についても検討中であり、より影響の少ない方法での解析を行い、選択的増幅遺伝子の体内での増幅効果につて検討する予定である。(5)カニクイザル造血幹細胞の純化および遺伝子導入:Dynal社のCD34陽性細胞分離キットによって、カニクイザルCD34陽性細胞を効率良く分離できることがわかった。これによってコロニー形成細胞は50-100倍の濃縮が可能であった。分離したCD34陽性細胞を自家移植することによって、全身放射線照射し骨髄廃絶したカニクイザルの造血を約2週間以内に再構築できることがわかった。この造血回復が内因性でなく移植由来の回
復であることを確認するために、現在、GFP発現レトロウイルスベクターを用いた造血幹細胞標識試験を施行中である。カニクイザルについて最適化した造血幹細胞採取・濃縮プロトコルを用いて、サルの造血幹細胞に選択的増幅遺伝子を導入する実験を計画中である。これらの成果は、ヒトの遺伝子治療技術の確立に直結する重要なステップであり、実用化に向けて大きな期待がもたれる。
結論
選択的増幅遺伝子の改良により、遺伝子導入があった造血幹細胞の分化なき人為的増幅という目的に即した、安全性の高いシステムが開発されつつある。GCRに加えてc-mplを用いた選択的増幅遺伝子も完成しつつある。今後はマウスの骨髄再建系および、解析法の確立、サルの造血幹細胞の採取・濃縮法の最適化を待って、in vivoでの評価を行い、ヒト造血幹細胞遺伝子治療に向けての実用化を期待したい。

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