文献情報
文献番号
199800402A
報告書区分
総括
研究課題名
筋ジストロフィーに対する遺伝子治療に関する基礎的研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
武田 伸一(国立精神・神経センター)
研究分担者(所属機関)
- 山元弘(大阪大学大学院)
- 埜中征哉(国立精神・神経センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
X染色体連鎖性劣性の遺伝形式をとり、重症の遺伝病である DMD は、発症頻度が高いが (出生男児 3,500 人に1人)、母体の卵細胞における突然変異が多い(発症者の約3分の1)ため、遺伝相談が必ずしも有効ではない。患者家族団体からの強い要請がある他、社会的にも遺伝子治療の実現が待ち望まれている。しかし、DMD の欠損蛋白ジストロフィンは膜関連細胞骨格蛋白であり、DMD で障害されている骨格筋および心筋は非分裂細胞から構成されている。従って、本疾患に対する遺伝子治療では、全身的に遺伝子を導入し、特定の組織まで遺伝子を誘導して導入産物を発現させ、しかも細胞内の構造の一部に取り込ませるか、或いは内在性の遺伝子発現を誘導する必要が出てくる。この治療は、非分裂細胞から成る神経組織に遺伝子を発現させることが必要な、中枢神経系の変性疾患に対する遺伝子治療のモデルとなりうる。
一方、先天的に欠損している分子を遺伝子治療法によって生体内に発現させた場合、宿主の免疫系はそれを異物とみなし排除する方向に働く。遺伝子治療法は免疫学的反応を制御する方法が確立されてはじめて有効な治療法として定着する。そこで欠損遺伝子のモデルとしてβ-ガラクトシダーゼ (b-gal) 遺伝子 (lacZ) や蛋白抗原 (CriJ) を、また免疫反応を制御する因子として種々サイトカイン遺伝子や免疫制御 DNA を選び、免疫応答への効果を検討した。
更に、筋ジストロフィーに対して遺伝子治療法を中心とする新たな治療法を開発するためには、モデル動物の研究を欠かすことができない。現在は、mdx マウスが用いられているが、小型で横隔膜以外は進行性が目立たないために、治療モデルとして研究を継続するのには限界がある。一方、新たな治療のアイデアを得るためには、ジストロフィン複合体に含まれる分子あるいは、複合体に関連を持つ分子について、遺伝子ターゲティングマウスを作製し、そのマウスの表現型を検討することで、筋ジストロフィーの病態を更に明らかにすることが、新たな着想に結びつくものと考えられる。
一方、先天的に欠損している分子を遺伝子治療法によって生体内に発現させた場合、宿主の免疫系はそれを異物とみなし排除する方向に働く。遺伝子治療法は免疫学的反応を制御する方法が確立されてはじめて有効な治療法として定着する。そこで欠損遺伝子のモデルとしてβ-ガラクトシダーゼ (b-gal) 遺伝子 (lacZ) や蛋白抗原 (CriJ) を、また免疫反応を制御する因子として種々サイトカイン遺伝子や免疫制御 DNA を選び、免疫応答への効果を検討した。
更に、筋ジストロフィーに対して遺伝子治療法を中心とする新たな治療法を開発するためには、モデル動物の研究を欠かすことができない。現在は、mdx マウスが用いられているが、小型で横隔膜以外は進行性が目立たないために、治療モデルとして研究を継続するのには限界がある。一方、新たな治療のアイデアを得るためには、ジストロフィン複合体に含まれる分子あるいは、複合体に関連を持つ分子について、遺伝子ターゲティングマウスを作製し、そのマウスの表現型を検討することで、筋ジストロフィーの病態を更に明らかにすることが、新たな着想に結びつくものと考えられる。
研究方法
1. ジストロフィン遺伝子の骨格筋への導入(武田)
a: 3.7kb ジストロフィン遺伝子を CMV あるいは RSV プロモーターの支配下で発現する3種類の AAV ベクターを作製した。これらを培養骨格筋細胞並びに成熟/新生児 mdx マウスの骨格筋に導入し、その発現を調べた。
b: 全長型ジストロフィン遺伝子 (14kb) を組み換えた gutted アデノウイルスベクターの作製し、培養骨格筋細胞に対して導入し、その効果を検討する。
c. LacZ 遺伝子を発現するアデノウイルスベクター AxCAlacZ を新生児期 mdx マウスの前脛骨筋に導入し、骨格筋の組織像の変化を、経時的に検討した。
2. 外来性遺伝子導入に対する免疫学的寛容の誘導(山元)
a. lacZ 遺伝子を組み込みアデノウイルスをマウス前脛骨筋に投与し、b-gal を発現させた。
b.細胞性免疫を抑制するサイトカイン、IL4、IL10、並びに IL12 の p40 鎖 cDNA を発現プラスミドに組み、対側筋肉内に投与した。
c. プラスミド投与後 2-4 週目に採血し、血中抗体価を ELISA 法にて測定した。
d. 免疫応答を制御するとされる DNA(ISS) 配列の効果を調べるために、蛋白抗原 (CriJ) を ISS と共にマウスに投与し、抗体価を計測した。
e. C2C12 筋芽細胞由来 C2/4 株をラットに免疫して細胞融合し、C2/4 反応性でかつ正常脾細胞に反応しないモノクロナル抗体を選んだ。
3. 筋ジストロフィー治療モデル動物の開発(埜中、武田)
a. 筋ジストロフィー犬について、既にそのコロニーを設立している米国の Dr.Kornegy のグループ及びオーストラリアの Mardock University の Dr. Howell のグループと密接な連絡をとり、情報を収集する。
b. a1-syntrophin ノックアウトマウスを作製し、その表現型を検討した。
c. laminin a2 chain ノックアウトマウスの脊髄、末梢神経について検討を行った。
a: 3.7kb ジストロフィン遺伝子を CMV あるいは RSV プロモーターの支配下で発現する3種類の AAV ベクターを作製した。これらを培養骨格筋細胞並びに成熟/新生児 mdx マウスの骨格筋に導入し、その発現を調べた。
b: 全長型ジストロフィン遺伝子 (14kb) を組み換えた gutted アデノウイルスベクターの作製し、培養骨格筋細胞に対して導入し、その効果を検討する。
c. LacZ 遺伝子を発現するアデノウイルスベクター AxCAlacZ を新生児期 mdx マウスの前脛骨筋に導入し、骨格筋の組織像の変化を、経時的に検討した。
2. 外来性遺伝子導入に対する免疫学的寛容の誘導(山元)
a. lacZ 遺伝子を組み込みアデノウイルスをマウス前脛骨筋に投与し、b-gal を発現させた。
b.細胞性免疫を抑制するサイトカイン、IL4、IL10、並びに IL12 の p40 鎖 cDNA を発現プラスミドに組み、対側筋肉内に投与した。
c. プラスミド投与後 2-4 週目に採血し、血中抗体価を ELISA 法にて測定した。
d. 免疫応答を制御するとされる DNA(ISS) 配列の効果を調べるために、蛋白抗原 (CriJ) を ISS と共にマウスに投与し、抗体価を計測した。
e. C2C12 筋芽細胞由来 C2/4 株をラットに免疫して細胞融合し、C2/4 反応性でかつ正常脾細胞に反応しないモノクロナル抗体を選んだ。
3. 筋ジストロフィー治療モデル動物の開発(埜中、武田)
a. 筋ジストロフィー犬について、既にそのコロニーを設立している米国の Dr.Kornegy のグループ及びオーストラリアの Mardock University の Dr. Howell のグループと密接な連絡をとり、情報を収集する。
b. a1-syntrophin ノックアウトマウスを作製し、その表現型を検討した。
c. laminin a2 chain ノックアウトマウスの脊髄、末梢神経について検討を行った。
結果と考察
1. ジストロフィン遺伝子の骨格筋への導入
a.3種類の AAV ベクターを作製した。骨格筋培養細胞に対する in vitro 遺伝子導入においては、想定されたサイズのジストロフィン (125 kDa) が転写・翻訳されることを確認した。一方、成熟期 mdx マウス骨格筋に in vivo 遺伝子導入したところ、2週過ぎから小型ジストロフィンの発現が見出され、12週後でも、筋鞘に維持されていた。今後 3.7 kb ジストロフィン遺伝子を長期発現させることにより、筋ジストロフィーの表現型の改善があるかどうか検討したい。
b. AxCALacZ を新生児期 mdx マウス骨格筋に導入したところ、LacZ遺伝子が発現した領域では、筋ジストロフィーの表現型が改善することを見出した。同領域では骨格筋のpermeability 障害の指標である Evans Blue の取り込みも見出されず、AxCALacZ 導入後1週頃から、筋鞘でユートロフィンの発現増強が観察された。このユートロフィン発現の増強と表現型の改善は、FK506 または抗 CD4 抗体を、予めマウスに投与することで消失した。AxCALacZ の感染した骨格筋では、免疫反応の起こる中でユートロフィンが過剰発現し、ジストロフィー性変化から筋線維が保護されたと考えられる。今後、ユートロフィン発現増強の機序について詳細に検討し、筋ジストロフィーの治療への応用を検討したい。
2. 外来性遺伝子導入に対する免疫学的寛容の誘導
a. 正常マウス筋肉内での lac-Z 遺伝子発現は、2週目で減弱する傾向が認められたが、IL10 もしくは IL12p40 鎖遺伝子発現ベクターを投与した時、b-gal 発現量は高値を示し、また筋組織中の b-gal 陽性筋細胞は対照群に比べ多数認められた。
b. IL4、IL10、IL12p40 鎖遺伝子発現ベクターを投与したマウスの血清中の抗 b-gal抗体量を測定したところ、投与後早期ではいずれの群でも抗体産生量が減弱しており、筋肉内での b-gal の高発現を反映した。しかし時間経過と共に抗体価は上昇し、筋肉内での b-gal 発現量はそれに伴い減少した。
c. 蛋白抗原 (CriJ) に対する抗体価を測定したところ、ISS 部分配列が抗体産生増強の原因であることが明らかになった。
d. C2/4 細胞に反応性を有し、かつ正常マウス脾細胞には反応しないモノクロナル抗体3種を得た。
3. 筋ジストロフィー治療モデル動物の開発
a. 筋ジストロフィー犬キャリア(雌)を得られた。オーストラリアのグループについて、視察を行ったところ、筋ジストロフィー発症犬は、誕生直後から、嚥下に制限があるため、授乳及び食餌の摂取について完全な介助が必要であることが判明した。筋ジストロフィー犬は、専任の獣医師及び動物看護士などにより、極めて厳重に飼育・維持される必要がある。
b. a1-syntrophin ノックアウトマウスでは、a1-syntrophin の欠損に伴って、neuronal type の Nitric Oxide synthase (nNOS) の発現が形質膜から欠損したが、NO に対する筋収縮特性は保持され、組織学的にも骨格筋には異常は検出されなかった。
c. laminin a2 chain ノックアウトマウス末梢神経では、有髄神経直径の分布に異常があり、大径線維の脱落を反映して、末梢神経伝導速度が遅延していた。laminin a2 chain が欠損することで、末梢神経・髄鞘の形態学的、生理学的な異常を来すことを始めて明らかにすることができた。
a.3種類の AAV ベクターを作製した。骨格筋培養細胞に対する in vitro 遺伝子導入においては、想定されたサイズのジストロフィン (125 kDa) が転写・翻訳されることを確認した。一方、成熟期 mdx マウス骨格筋に in vivo 遺伝子導入したところ、2週過ぎから小型ジストロフィンの発現が見出され、12週後でも、筋鞘に維持されていた。今後 3.7 kb ジストロフィン遺伝子を長期発現させることにより、筋ジストロフィーの表現型の改善があるかどうか検討したい。
b. AxCALacZ を新生児期 mdx マウス骨格筋に導入したところ、LacZ遺伝子が発現した領域では、筋ジストロフィーの表現型が改善することを見出した。同領域では骨格筋のpermeability 障害の指標である Evans Blue の取り込みも見出されず、AxCALacZ 導入後1週頃から、筋鞘でユートロフィンの発現増強が観察された。このユートロフィン発現の増強と表現型の改善は、FK506 または抗 CD4 抗体を、予めマウスに投与することで消失した。AxCALacZ の感染した骨格筋では、免疫反応の起こる中でユートロフィンが過剰発現し、ジストロフィー性変化から筋線維が保護されたと考えられる。今後、ユートロフィン発現増強の機序について詳細に検討し、筋ジストロフィーの治療への応用を検討したい。
2. 外来性遺伝子導入に対する免疫学的寛容の誘導
a. 正常マウス筋肉内での lac-Z 遺伝子発現は、2週目で減弱する傾向が認められたが、IL10 もしくは IL12p40 鎖遺伝子発現ベクターを投与した時、b-gal 発現量は高値を示し、また筋組織中の b-gal 陽性筋細胞は対照群に比べ多数認められた。
b. IL4、IL10、IL12p40 鎖遺伝子発現ベクターを投与したマウスの血清中の抗 b-gal抗体量を測定したところ、投与後早期ではいずれの群でも抗体産生量が減弱しており、筋肉内での b-gal の高発現を反映した。しかし時間経過と共に抗体価は上昇し、筋肉内での b-gal 発現量はそれに伴い減少した。
c. 蛋白抗原 (CriJ) に対する抗体価を測定したところ、ISS 部分配列が抗体産生増強の原因であることが明らかになった。
d. C2/4 細胞に反応性を有し、かつ正常マウス脾細胞には反応しないモノクロナル抗体3種を得た。
3. 筋ジストロフィー治療モデル動物の開発
a. 筋ジストロフィー犬キャリア(雌)を得られた。オーストラリアのグループについて、視察を行ったところ、筋ジストロフィー発症犬は、誕生直後から、嚥下に制限があるため、授乳及び食餌の摂取について完全な介助が必要であることが判明した。筋ジストロフィー犬は、専任の獣医師及び動物看護士などにより、極めて厳重に飼育・維持される必要がある。
b. a1-syntrophin ノックアウトマウスでは、a1-syntrophin の欠損に伴って、neuronal type の Nitric Oxide synthase (nNOS) の発現が形質膜から欠損したが、NO に対する筋収縮特性は保持され、組織学的にも骨格筋には異常は検出されなかった。
c. laminin a2 chain ノックアウトマウス末梢神経では、有髄神経直径の分布に異常があり、大径線維の脱落を反映して、末梢神経伝導速度が遅延していた。laminin a2 chain が欠損することで、末梢神経・髄鞘の形態学的、生理学的な異常を来すことを始めて明らかにすることができた。
結論
1. 3.7 kb ジストロフィン遺伝子を組み込んだAAV ベクターを mdx マウス骨格筋に導入し、その発現を確認した。
2. mdx マウスにおける内因性ユートロフィンの発現増強と表現型の改善に成功した。
3. 細胞性免疫を強く抑制するサイトカイン cDNA を投与すると、抗体産生の抑制に伴って導入遺伝子発現の増強が認められたが持続期間は短かった。この原因の一つにサイトカイン用ベクター中の ISS 配列がサイトカイン作用と逆に働いている可能性が考えられた。
4. 我が国で、筋ジストロフィー犬のキャリアが得られたが、その飼育には克服すべき課題が多数存在し、専任の飼育者を必要とすると考えられた。
5. a1-syntrophin ノックアウトマウスの骨格筋を解析し、a1-syntrophin の欠損及び、nNOS の筋鞘からの消失だけでは、筋変性を生じないことを明らかにした。
6. laminin a2 chain の完全な欠損により、末梢神経の髄鞘に、形態学的、生理学的な異常を生ずることを明らかにした。
2. mdx マウスにおける内因性ユートロフィンの発現増強と表現型の改善に成功した。
3. 細胞性免疫を強く抑制するサイトカイン cDNA を投与すると、抗体産生の抑制に伴って導入遺伝子発現の増強が認められたが持続期間は短かった。この原因の一つにサイトカイン用ベクター中の ISS 配列がサイトカイン作用と逆に働いている可能性が考えられた。
4. 我が国で、筋ジストロフィー犬のキャリアが得られたが、その飼育には克服すべき課題が多数存在し、専任の飼育者を必要とすると考えられた。
5. a1-syntrophin ノックアウトマウスの骨格筋を解析し、a1-syntrophin の欠損及び、nNOS の筋鞘からの消失だけでは、筋変性を生じないことを明らかにした。
6. laminin a2 chain の完全な欠損により、末梢神経の髄鞘に、形態学的、生理学的な異常を生ずることを明らかにした。
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