高血圧及び動脈硬化の成因と治療に関わる遺伝子の探索と機能解析

文献情報

文献番号
199800397A
報告書区分
総括
研究課題名
高血圧及び動脈硬化の成因と治療に関わる遺伝子の探索と機能解析
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
田辺 忠(国立循環器病センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 加藤久雄(国立循環器病センター研究所)
  • 寒川賢治(国立循環器病センター研究所)
  • 瀧下修一(国立循環器病センター病院)
  • 沢村達也(国立循環器病センター研究所)
  • 森崎裕子(国立循環器病センター研究所)
  • 馬場俊六(国立循環器病センター病院)
  • 荻原俊男(大阪大学大学院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
70,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
心血管の機能の破綻から生ずる動脈硬化や高血圧などの成因の解析は、近年の心血管作動性因子とその受容体に関する研究、あるいはリポ蛋白質受容体の研究により進歩している。しかし、原発性肺高血圧症や動脈閉塞症など未だに成因や有効な治療法が不明な心血管系の疾患も多い。これまでの成果により、血管は細胞間や臓器間の情報交換に積極的に関与する器官であり、特に血管内皮細胞の機能的な変化が、生体の恒常性維持に重大な影響を与え、高血圧や動脈硬化などの心血管系の疾患を惹起することが認識されつつある。これらの機能調節を司る遺伝子に変異を与えた疾患モデル動物を作製し、遺伝子の機能を解析することは、その成因に多因子の関与が予想される循環器疾患の成因の正確な理解と治療法の開発に不可欠である。さらに、これらのモデルでの遺伝子異常を循環器疾患の臨床例に相関出来れば、その成果は循環器疾患の診断と予防に大きな貢献が期待される。特に、高血圧症は動脈硬化を始めとして多くの病態に深く関わり、その発症は複数の遺伝要因と環境要因との共同作用と考えられ複雑であるが、疾患感受性遺伝子の解析が進めば、成果の予知医学としての応用が可能となる。
研究方法
循環器疾患の病因遺伝子の探索のためのゲノム遺伝子バンクを構築するため、国立循環器病センターにおけるサンプルの採取と保存のためのガイドラインを作成した。心血管系の機能にかかわる遺伝子FBN1とAMPD1の翻訳領域の変異解析を行い、日本人に特異な変異の有無を調べた。また、高血圧疾患感受性遺伝子の候補としてアンジオテンシン変換酵素(ACE)遺伝子の挿入・欠失多型を30-79才の吹田市民の中から無作為に抽出された5014人を用いて検討した。降圧作用を示す生理活性脂質プロスタサイクリン(PGI2)の合成酵素遺伝子の発現と欠損動物を用いてPGI2の血管における生理作用と動脈硬化との関連を調べた。血管拡張に基づく著明な降圧作用を示す生理活性ペプチド・アドレノメデュリン(AM)のヒト遺伝子の転写調節機構をヒト大動脈由来の内皮細胞(HAEC)と平滑筋(VSMC)を用いて調べた。循環器疾患とAMの関係を解明するため、急性心筋梗塞および肺高血圧症における血漿AM濃度と病態の関係を調べた。血管内皮細胞障害を惹起するホモシステインおよびリゾホスファチジルコリン (LysoPC)で発現する新規遺伝子RTPとHerpを発現させ作成した抗体を用いて、両遺伝子産物の機能解析と、ヒトHerp遺伝子の構造決定をおこなった。動脈硬化形成などに密接に関連する血管内皮細胞機能で重要な役割を示すレクチン様酸化LDL受容体(LOX-1)の遺伝子構造決定と誘導機構を血管内皮細胞を使って調べるとともに、LOX-1欠損マウスの作成を行った。
結果と考察
1.病因遺伝子の探索 高血圧症などの循環器疾患の病因遺伝子の探索のためのゲノム遺伝子バンクを構築するにあたり、ゲノムDNAの採取と保存および提供者のプライバシーの保護など倫理面での配慮が重要なため、国立循環器病センターにおいて新たにガイドラインを整備し、遺伝子検体管理室を発足させ、本研究および臨床遺伝子診断推進のための基盤を整備した。このことにより、本研究を推進する上で公明性の確保が可能になった。心血管系の機能にかかわる2つの遺伝子-Marfan症候群原因遺伝子FBN1とAMPD1を選び日本人に特異な変異の有無を調べた。その結果、FBN1遺伝子には、コーカシア人で報
告のない新たな変異とアジア人に多い多型を見出した。一方、AMPD1の翻訳領域の変異解析を行い、欧米で報告されていない新たなアミノ酸変異Arg388Trpをきたす変異を見出した。これらの結果から、心血管系の機能にかかわる遺伝子には、日本人あるいはアジア人に特異な遺伝子変異や発現頻度の変化がある可能性が示唆された。次いで、心血管系の機能にかかわる新たな遺伝子の探索のため、突然死を引き起こすQT延長症候群の原因遺伝子領域を解析し、その発現制御が周囲とリンクする新規遺伝子ITMを見出した。一方、高血圧疾患感受性遺伝子の候補としてACEの挿入・欠失多型を選び、30-79才の吹田市民の中から無作為に抽出され国立循環器病センター集団検診部受診者中、遺伝子検査の同意書のある5014人について検討した。ACE/DDの頻度は、白人の頻度の約1/2の13.1%であり、男性高血圧患者の頻度は17.1%で、その他の男性対照者11.8%に較べ有意に(<0.0015)高値を示した。
2.遺伝子とその産物の機能の解析 降圧作用を示す生理活性脂質PGI2生合成の責任遺伝子の一つPGI2合成酵素遺伝子の転写調節機構を明らかにするため、5'プロモーター領域を解析し、血管内皮細胞と平滑筋に共通なのSP1配列と平滑筋に特異的なSP1配列が転写促進に関与することが分かった。ヒトPGI2合成酵素をバルーン障害したラット頚動脈に過剰発現させると、血管平滑筋の増殖が抑制され新生内膜肥厚が30%抑制された。また、活性中心が欠損したPGI2合成酵素遺伝子を持つマウスでは、腎臓組織の異常と腎動脈の一部で中膜の肥厚や粥状動脈硬化に類似の病変が観察された。一方、血管拡張に基づく著明な降圧作用を有するAMの病態生理学的意義を調べた。急性心筋梗塞24-48時間でAM血漿濃度が最高値に達し心筋梗塞のサイズと相関した。肺高血圧症では軽症-中等症では、肺動脈圧と相関し、重症例では右心不全の指標と相関した。このことから、AM遺伝子の変異と循環器疾患との相関性の解明が重要になった。ヒトAM遺伝子の転写調節機構をヒト大動脈由来の内皮細胞(HAEC)と平滑筋 (VSMC)を用いて調べた。両細胞で発現が認められ、VSMCでHAECより高い発現が認められた。ヒトAM遺伝子の転写調節領域にはTATAボックスの他にAP-2結合配列の7回反復とNF-IL6が機能していた。血管内皮細胞障害を惹起するホモシステインおよびLysoPCで発現誘導される新規遺伝子RTPとHerpを抗体を用い、て両遺伝子産物の機能解析とヒトHerp遺伝子の構造決定をした。RTP蛋白質は、7カ所のリン酸化部位を有する47 kDaのリン酸化蛋白質であり、細胞質に分布した。この蛋白質は、腎臓の近位尿細管に発現し、細胞増殖時に高かった。一方、ヒトHerp遺伝子は約12kbで、8個のエキソンからなり、還元剤などの小胞体ストレスによって誘導された。5'上流には、小胞体ストレスに共通してみられる転写調節因子結合配列が存在した。血管内皮細胞において発現し、酸化LDLをリガンドとするLOX-1遺伝子は、6個のエキソンからなり各々が機能ドメインと対応していた。 LOX-1は酸化LDLやその構成成分であるLysoPCによって誘導され、この遺伝子は家族性高血圧の遺伝子がマップされている12番染色体の短腕12.13に位置していた。高血圧モデルラットの大動脈と静脈においてLOX-1が誘導されていた。LOX-1遺伝子のエキソン6-8をneo遺伝子で置換するように構築したターゲティングベクターを用いて、 LOX-1欠損マウスの作成を行い、 LOX-1(+/-)ヘテロマウスの作成に成功した。
結論
1) 循環器疾患の病因遺伝子の探索には、日本人特有の変異及び多型解析が重要であり、積極的に進める必要がある。2) ACE/DDは、日本人男性の高血圧感受性を高める遺伝因子であると考えられる。3) PGI2が、血管平滑筋の増殖抑制に関わっており、PGI2合成酵素の遺伝子導入は遺伝子治療へ応用出来る可能性が高い。PGI2欠損マウスは動脈硬化のモデル動物になりうる。4) 種々の循環器疾患において、AMの血漿濃度は、重症度とともに増加し、循環ホルモンとして血管のトーヌスの調節に関係する。AM遺伝子の発現には、TATAボックスが必須であり、NF-IL6やAP-2が転写因子として重要な働きを持つ。5) RTP蛋白質はリン酸化蛋白質で、小胞体ストレスの誘導蛋白質では珍しく細胞質に存在し、細胞増殖時に高発現する。6) ホモシステインで発現誘導されるHerpは小胞体に局在した。その遺伝子のプロモーター領域には、小胞体ストレスエレメント様配列を見出した。7) LOX-1は動脈硬化を促進する要因で発現が亢進し、LOX-1そのものも動脈硬化を促進する因子である。

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