DNA修復異常遺伝病の分子機構の解明に関する研究

文献情報

文献番号
199800396A
報告書区分
総括
研究課題名
DNA修復異常遺伝病の分子機構の解明に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
祖父尼 俊雄(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 古市泰宏(エイジーン研究所)
  • 榎本武美(東北大学)
  • 高嶋幸男(国立精神・神経センター神経研究所)
  • 林真(国立医薬品食品衛生研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
70,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、末梢血管拡張性アタキシア、コケイン症候群、ウェルナー症候群、あるいはブルーム症候群などの遺伝的疾患の原因遺伝子が明らかにされ、いずれもDNA修復関連酵素遺伝子の異常に起因する事が判明した。これらの疾患では、神経症状、老化促進、免疫異常、発ガンを伴い、患者由来の細胞は染色体異常を伴うのを共通の特徴とする。ブルーム症候群とウェルナー症候群では、RecQタイプのヘリカーゼが構成するファミリー遺伝子のうちRecQ2または RecQ3に変異が認められている。ヒトの細胞にはこれら以外にも3つのRecQ、すなわちQ1、Q4、Q5が存在する。本研究ではこれらRecQファミリー遺伝子の変異に基づく異常を染色体の変異を中心に解析し、遺伝的不安定性および染色体異常を引き起こす分子機構を解明するとともに、遺伝子変異による病態を神経疾患および熟年期以降に頻発する諸種の老年病に焦点を当て、RecQ1、RecQ4、RecQ5が関与する遺伝性疾患の発見につとめる。さらにそれらの患者の遺伝子診断、免疫診断の手法を確立するとともに、その治療法の開発を行うことを目的とする。
研究方法
1)RecQ4とRecQ5について、全塩基配列を決定するとともに、各組織、器官および細胞分裂周期でのmRNAの発現を調べた。また、WRN、BLM遺伝子のなかに、薬剤耐性遺伝子を組み込んだベクターを構築し、それらをノックアウトした細胞およびマウスを作製した。昆虫細胞および大腸菌の系でWRN ヘリカーゼを発現させ、モノクローン抗体を作製し、細胞でのヘリカーゼの発現と局在を観察した。
2)RecQ1の機能を解析する手段としてのノックアウトマウス作製のため、マウス相同遺伝子のクローニング及びその発現を解析した。さらに、マウスのRecQ2遺伝子及び、RecQ2あるいはRecQ3と相互作用すると考えられているDNAトポイソメラーゼIIIの遺伝子(TOP3)のクローニングを行った。酵母のtwo-hybrid系を用いてRecQ3と相互作用するタンパク質の検索を試みた。また、酵母を用いて姉妹染色分体交換(SCE)を測定する系を導入し、SGS1遺伝子破壊株のSCEの頻度を調べた。
3)正常対照として胎生13週から31歳までの27例をついて発達に伴うRecQ1の発現の変化を検討した。また、早発老化や脳腫瘍、先天奇形症候群などの19の疾患群、計34例において検索を行い正常群と比較した。免疫組織化学にはstreptoavidin-biotin peroxidase法を用いた。また、一部の症例でRecQ1の発現を確認する目的でWestern blottingを行った。
4)健常人由来細胞とウェルナー症候群の患者由来細胞において、化学物質の染色体異常誘発性に対する感受性に差があるか否かを評価するため、モデル化学物質を用いて小核誘発性を比較検討した。細胞はEBVで株化したものを用い、被験物質で処理後、空気乾燥法により標本を作製した。標本は全てコード化し、小核の有無を判定した。
結果と考察
1)RecQ4とRecQ5はそれぞれ1208と410アミノ酸残基よりなり、ともにRecQヘリカーゼドメインを持つことが判明した。RecQ4およびRecQ5は調べた16種類のすべての組織で発現されていたが、胸腺、小腸、大腸、睾丸に強い発現がみられ、細胞分裂の盛んな組織で発現の高いことが示唆された。また、RecQ4は核内に、RecQ5 は細胞質に局在することが判明した。RecQ1、4、5遺伝子は、それぞれヒト染色体の第12番短腕、第8番長腕および第17番長腕に存在するので、この部分にリンクした遺伝子疾患を検索したが、有力なものは見つからなかった。ニワトリのWRNおよびBLMのcDNA(cWRNとcBLM)をクローニングし、その全塩基配列を決定した。このターゲティングベクターをニワトリのDT40細胞に導入し、相同組み換えにより両アリルをノックアウトした細胞を得た。ウェルナー患者の変異4を含む遺伝子部位を持つベクターを作製し、WRNの片アレルを欠損したES細胞を作製し、マウスに導入、掛け合わせを行い、両アリルおよび片側がノックアウトされたホモ、ヘテロ、および両アレルとも正常なマウスを得たが、正常とノックアウトマウス細胞の間に顕著な差は認められなかった。WRN ヘリカーゼの細胞での発現は、細胞の不死化により著しく上昇することが判明した。分裂酵母に存在する唯一のRecQヘリカーゼであるSGS1遺伝子の解析より、WRNヘリカーゼがDNAの組み換えを抑制するように働いていることを示唆する知見を得た。
2)マウスQ1遺伝子のクローニングの結果、C末端アミノ酸配列が異なる2種類のQ1cDNAを得た。a型は全臓器(特に精巣・胸腺)で発現し、b型は精巣でのみ発現していることが判明した。RecQ2の解析の過程でDNAトポイソメラーゼIIIをコードする遺伝子TOP3bを発見した。両遺伝子のmRNAの発現は精巣で特に高かった。RecQ3と相互作用するタンパクをコードする新規遺伝子wip1のクローニングに成功し、ウエルナー症候群の原因遺伝子産物の機能と関連するタンパクが初めて明らかになった。また、出芽酵母のSGS1遺伝子破壊株がブルーム症候群のモデル細胞になることが確認された。
3)胎生臓器のなかで強いRecQ1の発現のみられた気管、腸管の粘膜上皮、精母細胞はいずれも細胞回転率が高い部位であり、この蛋白が細胞分裂に関与していることが示唆された。RecQ1ヘリカーゼは神経細胞やグリア細胞の分化・発達に関連することが示唆された。過剰なRecQ1の発現がneonatal progeroid症候群、Zellweger症候群、holoprocencephaly、lissencephalyにおいて認められ、同時に髄鞘化の遅延が観察された。Hutchinson-Gilford progeria症候群患者おいて明らかなRecQ1発現の低下が認められ、本疾患がRecQ1ヘリカーゼの発現に異常をきたす疾患である可能性が示唆された。
4)トポイソメラーゼIの阻害剤であるカンプトテシン、トポイソメラーゼⅡ阻害剤エトポシドおよびアルキル化剤である4NQOをモデル化合物として用い、健常人とウエルナー症候群患者由来細胞株における小核誘発性を比較したところ、両グル-プ間に顕著な差は認められなかった。ただし、細胞ごとに増殖速度に差のあることが判明し、結果に大きく影響を与えることが明らかとなった。
結論
新たにRecQ4とRecQ5遺伝子がクローニングされ、その塩基配列が決定された。これでヒトのRecQファミリー遺伝はRecQ1、BLM、WRN、RecQ4および RecQ5の5種類となり、それぞれ固有の発現パターン、役割を持つことが示唆された。WRN 遺伝子のノックアウトマウスは、必ずしもウエルナー症候群患者に見られるような早老現象をしめさなかった。RecQ1、RecQ2、トポイソメラーゼⅢが精子形成の特定の時期で機能していることが明らかになった。また、酵母のSgs1の機能の解析により、SCEの抑制と胞子形成のドメインは異なることが明らかになった。Sgs1とRecQ2の構造と機能の類似性から、RecQ2に関しても同様であると考えられる。また、新しく発見されたWip1はRecQ3と関連して働くタンパクであることが示唆された。RecQ1ヘリカーゼは中枢神経系においては神経細胞やグリア細胞の分化・発達に関連している知見を得た。また、髄鞘化の遅延する疾患においてはRecQ1ヘリカーゼの発現も遅延する。Hutchinson-Gilford progeria症候群の患者においてRecQ1ヘリカーゼの発現が低下していることが判明し、本疾患とRecQ1遺伝子発現との関連が示唆された。また、トポイソメラーゼ阻害剤を含む3種類のモデル化合物の染色体異常誘発性を健常人とウエルナー症候群患者由来細胞で検討したが、両グル-プにおいて顕著な差は認められなかった。しかし、細胞の増殖速度に差のあることが判明し、評価手法の改良の必要性が判明した。

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