糖鎖合成酵素遺伝子群の生体機能と治療応用に関する研究

文献情報

文献番号
199800393A
報告書区分
総括
研究課題名
糖鎖合成酵素遺伝子群の生体機能と治療応用に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
齋藤 政樹(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 古川鋼一(名古屋大学医学部)
  • 成松久(創価大学生命科学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
60,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
代謝的並びに生体機能上重要な新しい糖鎖遺伝子の探索とともに、本研究者らが世界に先駆けて、既に遺伝子クローニングに成功した複数の「糖鎖遺伝子」を、遺伝子ファミリーとして捉え、それらのゲノム構造並びに染色体上の局在や遺伝子発現制御機構の解析を行う。さらに、他疾患遺伝子との相関関係、遺伝子ノックアウトやノックインなどの遺伝子操作に基づく糖鎖改変細胞及び改変動物の作成、などを実施し、血液・免疫系や神経系を中心とした細胞の増殖・分化シグナルの糖鎖による制御機構を解明すると共に、白血病や各種ウイルス疾患など、様々な疾病に対する糖鎖遺伝子導入・欠失療法の基礎的検討を行い、遺伝子診断・治療へ向けた応用開拓を行う。
研究方法
単球系分化させたヒト骨髄性白血病細胞株HL-60からcDNA ライブラリーを作製し、ガングリオシドGM3を欠失しているポリオーマラージ T 抗原の安定発現マウス肺癌細胞株(3LL-HK46)及び3LL-HK46 細胞のヒトGD3合成酵素遺伝子安定発現株(3LL-ST28)を樹立し宿主細胞として用いた。GM3合成酵素(シアリルトランスフェラーゼ-1)遺伝子cDNAクローニングは、セルソーターを用いた3回のソーティングと、その結果得られたサブライブラリーのシブセレクションにより成功した。さらに、FISH法にて染色体上の局在を決定し、単離したBACクローンからゲノム構造の解析を進めた。新しいフコース転移酵素、ガラクトース転移酵素の遺伝子クローニングについては、未知の酵素の存在が予想されたら、発現クローニング法、若くはファミリー内で保存されたモチーフ配列よりプライマーを作製しPCRクローニン グを行った。さらに、genome project data bank, EST data baseを常にサーチし、新 しい相同遺伝子を探索した。また、ガングリオシドGM2/GD2合成酵素遺伝子のノックアウトマウスを作製し、加齢に伴う神経組織の病理学的変化を観察した。新たに樹立したGD3合成酵素遺伝子ノックアウトマウスと共に、舌下神経切断による神経再生実験を行い、再生における各々の欠失ガングリオシドの意義を検討した。さらに、メラノーマやT細胞性白血病細胞に特異的に発現しているGD3の細胞増殖における役割について、GD3合成酵素のアンチセンスcDNA発現ベクターを作成し、メラノーマ細胞に安定発現することにより検討した。メラノーマにおけるGD3の特異的発現機構を解明するため、GD3合成酵素のゲノム構造を明らかにすると共に、5'RACEにより転写開始点を明らかにした。また、5'上流の段階的欠失変異クローンによるルシフェラーゼアッセイによって、遺伝子発現調節領域の構造及び機能の検討を行った。
結果と考察
(1)得られたガングリオシドGM3合成酵素cDNAクローンは、全長2,359塩基対からなり、1,089塩基対により規定されるORFを含む。推定一次構造には、短い細胞質部位、膜貫通部位、長いC末端部位が存在し、大多数の糖転移酵素で従来報告されているII型膜蛋白質の構造的性質を示した。推定分子量は41.7 kDa、ゴルジ体内腔領域には、シアル酸転移酵素ファミリーで共通に見られる2つ(L,S)のシアリルモチーフ様配列が同定された。シアリルモチーフLでは、保存性の高いアミノ酸残基の一つでC末端付近に位置するアスパラギン酸がヒスチジンに置換していた。酸性アミノ酸から塩基性アミノ酸への置換は、分子内微少環境に影響を与えることが予測される。クローニングしたヒト及びマウスcDNA産物を酵素源としてGM3合成活性を証明し、この合成酵素がラクトシルセラミドのみを糖脂質基質として利用する極めて基質特異性の高い酵素であることを明らかにした。ヒト、マウス共に2.4 kbの主要な
遺伝子転写物を与えた。また、両動物種の全臓器に当該遺伝子の発現が認められたが、予想に反し、発現パターンには、かなりの臓器特異性が観察された。即ちヒトでは脳・胎盤・骨格筋・精巣で、またマウスでは肝臓で高い発現量を示した。(2)ガングリオシドGM2/GD2合成酵素遺伝子のノックアウトマウスを長期間維持し、潅流固定した組織の切片を顕微鏡下に検討した。舌下神経を切断して10週間後に、舌にhorseradish peroxidaseを注入した後、脳幹の神経核におけるHRP陽性ニューロンの数を計測した。GD3合成酵素遺伝子のアンチセンスcDNAは、ATGを含む異なった3種の長さ(全長、約250bp、25bp)の断片をpMIKneo発現ベクターに挿入して作成した。ヒトメラノーマ株MeWoに安定発現させ、MTTアッセイによって増殖度を測定した。GD3合成酵素のゲノム遺伝子はBACライブラリーより単離し、exon-intron構造を決定した。転写開始点は5'RACEにより決定した。エンハンサー付きベクターを用いて欠失変異株を作成し、ルシフェラーゼ活性を測定することにより、プロモーター活性を検討した。(3)マウス脳cDNAライブラリーをpAMoベクターにて作製し、これをNamalwa細胞にトラン スフェクトすることにより、Lex抗原陽性細胞を分離し、Fuc-TIXをコードするcDNAを 単離した。既知の4種類のβ3Gal-Tのアミノ酸配列に比較的保存されているペプチド 配列が3ヶ所(β3Gal-T motif)あることを見いだした。このモチーフをコードする degenerate primerを用いて、CA19-9陽性細胞であるColo205細胞のcDNAをスクリーニングすることにより、β3Gal-T5のcDNAを単離した。糖鎖の末端構造を合成するフコース転移酵素やガラクトース転移酵素は、まだ未知のものが存在することが予想される。生物学的機能として重要性の高い遺伝子をさらに単離していく。
生物活性の重要性ばかりでなく、代謝面からも重要な位置を占めるガングリオシドGM3の合成酵素cDNAのクローニングに成功したことにより、今後、正常組織並びに種々の癌組織など病的状態における発現特異性を明らかにし、免疫・造血系や神経系の細胞・組織への遺伝子導入を試みて、糖鎖並びにその合成酵素の持つ生物機能を明らかにしたい。さらに癌診断や予後判定、制癌への応用の道を探りたい。ガングリオシドGM2/GD2合成酵素遺伝子欠失マウスにおける神経変性や再生不良に対し、ガングリオシドの補充による治療の試みを行う。また、ガングリオシド合成酵素遺伝子のin vivo投与による遺伝子治療開発のための実験システムとして活用する。GD3合成酵素遺伝子のプロモーターの解析により、メラノーマ特異的発現の制御領域を同定し、その特異性を利用してメラノーマの遺伝子治療のためのベクター構築に発展させる。フコース転移酵素IX(Fuc-TIX)のノックアウトマウスを作成中であり、Fuc-TIXの初期胚の発生、神 経系の発生などに及ぼす機能を解析する予定である。β3Gal-T5は、現在まで知られる 5種類のβ3Gal-Tの中では最も活性が強く、かつ主に消化管組織で発現し、腫 瘍化による1型糖鎖発現(CA19-9を含む)を担っているので、現在、この遺伝子をCA19-9 陰性の腫瘍細胞株にトランスフェクトし、CA19-9陽性細胞を樹立して癌細胞と しての特性を解析中である。
結論
(1)様々な生物活性とともに、その存在が動物細胞に遍く知られているシアロ糖脂質の一分子、ガングリオシドGM3は、主なシアル酸含有糖脂質の中で最も単純構造で、主要ガングリオシド分子種生合成の共通前駆体となっており、GM3生合成の調節や制御はガングリオシド生合成の根幹をなしている。さらに、GM3合成酵素は、シアル酸受容体であるラクトシルセラミド分子を、他の糖脂質生合成に働く初期酵素と競合することで、中性及び酸性糖脂質の組成と細胞内含量をも調節すると考えられる。このGM3合成酵素遺伝子クローニングを発現クローニング法で試み、国際的にも初めてcDNAクローニング及びゲノム構造決定に成功した。ヒト及びマウスGM3 合成酵素遺伝子はシアル酸転移酵素遺伝子ファミリーに属する新規のメンバーであったが、シアリルモチーフ中に他のメンバーには見られない構造的特徴を示し、この特徴は哺乳動物で広く保存されていることが証明された。(2)複合型ガングリオシドは、神経組織の機能維持や形態維持、及び修復において必須の役割を果たしている。またガングリオシドGD3はメラノーマの増殖にとって重要であり、その発現調節機構と増殖因子によるオートクリン的増殖機構の統合的理解が可能となった。(3)末端糖鎖合成を行うフコース転移酵素、ガラクトース転移酵素には、未発見のものが残されている。今後、残された重要な糖転移酵素遺伝子を単離し、それらを用いて疾患との関連を解析、 将来的に遺伝子治療に役立てるべく応用したい。
GM3合成酵素遺伝子のクローニングをもって、主要ガングリオ系ガングリオシド生合成に関わる糖転移酵素群の役者が出揃った。先行的にノックアウトマウス作成並びにその詳細な検討が行われている遺伝子もあり、今後はこれらの結果を踏まえた上で、ガングリオシド生合成並びにその糖鎖機能の総合的理解が長足に進むことが期待される。更に、適当な宿主細胞を用いれば欲しいガングリオシドや糖蛋白糖鎖が取得できるようになり、ガングリオシドはじめとする複合糖質糖鎖の生理機能に関してもこれまでの常識を覆すような新事実に遭遇できる日が到来するかも知れない。

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