糖尿病発症に関与する遺伝子の単離・同定に関する研究

文献情報

文献番号
199800391A
報告書区分
総括
研究課題名
糖尿病発症に関与する遺伝子の単離・同定に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
春日 雅人(神戸大学医学部内科学第2講座)
研究分担者(所属機関)
  • 池上博司(大阪大学医学部加齢医学講座)
  • 岩崎直子(東京女子大学・糖尿病センター)
  • 岡芳知(山口大学医学部第三内科)
  • 門脇孝(東京大学大学院医学系糖尿病・代謝内科)
  • 三家登貴夫(和歌山県立医科大学内科学第1講座)
  • 清野進(千葉大学大学院医学研究科分子機能制御学)
  • 清野裕(京都大学大学院医学研究科臨床生体統御医学講座)
  • 武田純(群馬大学医学部生体調節研究所)
  • 花房俊昭(大阪大学第二内科)
  • 山田信博(東京大学医学部付属病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
140,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年,日本人における糖尿病患者数は増加の一途をたどっており,患者本人の
quality of lifeの障害のみならず,糖尿病関連医療費も急増している.予測では2010年には
1996年時点の約2倍の1174万人,40歳以上の成人の16.5%が糖尿病に罹患していると考
えられ,我が国において糖尿病の発症を予防することは,社会的にも医療行政の面からも
極めて重要な緊急性を要する課題となっている.糖尿病はインスリン作用の相対的不足が
病態の根幹を形成しているが,その背景には遺伝的な要因が存在する.これまでに同定さ
れている糖尿病発症に関与する遺伝子としてはインスリン遺伝子,インスリン受容体遺伝
子,グルコキナーゼ遺伝子,ミトコンドリア遺伝子,HNFファミリー遺伝子などが同定さ
れたが,これらの遺伝子の変異に基づく糖尿病患者は,我が国糖尿病患者全体の1~2%に
しか満たず,糖尿病発症に関与する未知の遺伝子が多数存在すると推定される.さらに糖
尿病の遺伝的素因には民族差が存在することからも,日本人における糖尿病素因の解明が
重要な課題であることを明示している.
本研究事業においては,日本人における糖尿病発症に関与する遺伝子を単離・同定す
ることで,糖尿病発症のリスクを有する者を同定し,生活習慣を是正し,糖尿病の発症を
未然に防ぎ,糖尿病患者の減少を導くことを目標にしている.このことは膨大になりつつ
ある糖尿病関連医療費の削減にもつながることが期待される.本研究事業の研究として、
①既知の糖尿病遺伝子について,多数の日本人糖尿病者を対象としてその遺伝子変異の頻
度を明らかにすること,②新規の糖尿病遺伝子を単離・同定して,その遺伝子変異の日本
人糖尿病発症における役割を明らかにすることの2点を計画し,日本人における糖尿病の
遺伝素因を総合的に解析することを目的とした.この目標を達成できるように,領域ある
いはアプローチの方法が異なる,我が国で最適と思われる分担研究者10人を選出し,個
別あるいは共同で糖尿病遺伝子の解析を開始した.
研究方法
遺伝素因の解析は候補遺伝子アプローチと連鎖解析アプローチの2つの方法に
大別される。前者はインスリン分泌あるいはインスリン作用に重要な役割を果たしている
遺伝子群について変異の有無を確認し,その変異が糖尿病の発症に関与しているかを統計
学的に解析したり,変異導入実験を行うことによって病因的意義があるかを解析する方法
である。既知の糖尿病遺伝子について,多数の日本人糖尿病者を対象としてその遺伝子変
異の頻度を明らかにすることはこの候補遺伝子アプローチによるものであり,現在までに
全施設共同で十分に整備された医療情報を持つ2型糖尿病患者のDNA検体を約1500
例,正常対照者のDNA検体を約1000例収集できており,これを用いてインスリン作
用に重要な役割を果たしていると考えられる筋型グリコーゲン合成酵素とインスリン受容
体基質-2について共同研究を行った。また各参加施設において独自の方法を用いて糖尿
病遺伝子の解析が行われた。
連鎖解析アプローチはヒトや糖尿病モデル動物の染色体上の各種遺伝子マーカーと糖尿
病発症との間の連鎖を解析し,未知の糖尿病遺伝子を単離しようという方法である。新規
の糖尿病遺伝子を単離・同定して,その遺伝子変異の日本人糖尿病発症における役割を明
らかにすることはこの連鎖解析によるアプローチおよびインスリン分泌とインスリン作用
の基礎的研究によって達成できると考えられる。
結果と考察
1.(共同研究)Muscle glycogen synthase (GYS1)遺伝子のMet416Val (M416V)
多型はインスリン抵抗性との関連がこれまでの報告で示唆されている.本研究班では全施
設で2型糖尿病患者1503名,正常対照者988名を対象にGYS1のM416V多型の頻度調査
を行ったが,両群間で出現頻度に有意差を認めなかった.今後は多型の有無による糖尿病
患者の臨床所見の差(インスリン抵抗性の程度や,肥満傾向の有無など)を検討し,この
多型の病因的意義につき検討を加える予定である.
Insulin receptor substrate-2 (IRS-2)はインスリン作用のみならず膵β細胞の発生・分化にも
関与している可能性があり,日本人2型糖尿病の候補遺伝子としてIRS-2遺伝子解析を行
った.全施設で合計284名の2型糖尿病患者についてその遺伝子変異を検討した結果,す
でに報告されているGly1057Asp変異が日本人においても確認された以外に、Pro1316Leu
変異や多数のsilent mutationが確認された.蛋白コード領域で未だ検索されていない部位も
残っており今後さらなる検討を加えていく予定である.
2.(個別研究)(1) 候補遺伝子アプローチ
a.MODY関連遺伝子群
花房らはHNF-1?異常型糖尿病が,日本人1型糖尿病患者の約6%に,また35歳以下の
若年発症2型糖尿病患者の約2%に混在していることを明らかにした.岡らはHNF-1?遺伝
子異常のうちtruncated formとなるP291fsinsC変異はdominant negative効果により内因性の
HNF-1?の機能を抑制することを明らかにした.岩崎らはHNF-3?遺伝子の変異を見出し,
その機能について解析中である.さらにBETA2/NeuroD1 (NEUROD1),Nkx2.2 (NKX2B),
IPF-1/MODY4,Glucokinase/MODY2遺伝子についても検討したがこれらについては変異は
確認されなかった.
b.インスリン抵抗性に関連する遺伝子群
武田らは後縦靭帯骨化症(OPLL)においてインスリン抵抗性糖尿病が合併する頻度が高
いことを利用し,OPLLの候補遺伝子とインスリン抵抗性糖尿病との関連を検討している.
三家らはPI 3-kinase p85? subunit遺伝子のMet326Ile (M326I)多型について検討し,この多
型と2型糖尿病の発症には関連性が低いことを見出し,またこの多型を有する2型糖尿病
患者はインスリン分泌が保たれていることを明らかにした.春日らは肥満やインスリン抵
抗性に関与すると考えられるuncoupling protein (UCP)ファミリーについて検討を行った.
UCP1,2,3遺伝子の機能そのものを障害するような遺伝子変異は確認されなかった.
UCP1の蛋白コード領域の上流に存在するpolymorphismは正常者よりも糖尿病者におい
て出現頻度が高く,今後このpolymorphismがUCP1の発現調節に関与しているかを検討
する予定である.門脇らはエネルギー消費に関連する?3アドレナリン受容体のTrp64Arg
変異が,BMI高値や内臓脂肪蓄積と有意な相関を有すること,?2アドレナリン受容体の
Gln27Glu変異が男性における皮下脂肪蓄積と関連すること,インスリン抵抗性や脂肪分
化に関与すると考えられるPPAR?遺伝子のPro12Ala変異は肥満や脂肪分布,インスリン
感受性とは相関しないことを明らかにした.
c.その他の遺伝子群
清野(進)らは糖尿病血管合併症の進展に関与する候補遺伝子としてアンギオポエチン
遺伝子のクローニングを行った.清野(裕)らは糖質の最終消化を行う??グルコシダーゼ
の活性および発現をOLETFラットを用いて検討し,48週齢において??グルコシダーゼ活
性およびその発現が上昇することを明らかにした.さらに2型糖尿病患者において??グル
コシダーゼのコンポーネントであるスクラーゼ・イソマルターゼ(SI)遺伝子に変異を同
定し,病因的意義について検討中である.
(2) 連鎖解析を用いたアプローチ
岩崎らは2型糖尿病罹患同胞対194組を用いて約390個のランダムマーカーのタイピン
グをほぼ終えた.現在結果を解析中であるがこれまでに他民族で報告されているNIDDM1,
NIDDM2の両遺伝子が原因遺伝子である可能性は否定的であることを明らかにしている.
一方で山田らは自然高血圧発症ラットにおけるインスリン抵抗性原因遺伝子座について検
討を進めている.QTL解析により4番および12番染色体上にインスリン抵抗性の原因と
なる遺伝子座の存在が示され,これらの領域に存在する複数の有力な既知候補遺伝子およ
び新規遺伝子についてさらに検討を加えている.池上らは2型糖尿病モデル動物である
NSYマウスとコントロールマウスの交配実験により作り出した300以上のF2マウスの耐
糖能関連形質を対象に全ゲノムスクリーニングを行った結果,3つのQTL (Nidd1, 2, 3)を第
11,14,6染色体上にマップした.各遺伝子座の局在および機能を解析し,遺伝子本体の
同定を進めている.
現在までのところ日本人2型糖尿病患者のDNAサンプルの収集は予定どうり進行して
おり,またMODY関連遺伝子においていくつかの新たな知見が得られた.さらに新規糖
尿病遺伝子の可能性を持ついくつかの遺伝子座が連鎖解析を用いたアプローチから見出さ
れてきた.本研究の性格から成果が得られるのには一定の時間が必要と考えられ,次年度
からの研究成果が期待される.
結論
各参加施設がそれぞれ異なったアプローチ方法で糖尿病遺伝子の発見を目指し順調
に研究を進めている.

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-