生体リズム発振機構とリズム障害の分子基盤に関する研究

文献情報

文献番号
199800383A
報告書区分
総括
研究課題名
生体リズム発振機構とリズム障害の分子基盤に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
岡村 均(神戸大学)
研究分担者(所属機関)
  • 柴田重信(早稲田大学)
  • 井上慎一(山口大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
27,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
生体内時計を構成すると考えられる時計遺伝子が次々と発見されている。時計遺伝子の発振は、細胞内機能蛋白、電気活動、神経核とつぎつぎに伝わり、ホルモン分泌、睡眠覚醒、さらに記憶・学習など高次の脳機能の約 24 時間周期の内因性振動も引き起こす。1997年mPer1, mPer2をクローニングして、哺乳類リズムセンターがある視交叉上核に、リズミックな発現を検出して以来、我々は新しい時計遺伝子の同定に全力を挙げてきた。というのは、この時計遺伝子の同定が、複雑きわまる哺乳類の時計機構の解明に最も近いことが想定されるからであり、ひいては、現在は原因がほとんど解明されていないリズム異常の治療に最も早い道だと考えているからである。今回、mPer1, mPer2のさらなるホモローグを求めた。また、もう一つのショウジョウバエの時計遺伝子でありperiodのダイマリゼーションの相手方であるtimelessのホモローグも検索した。ショウジョウバエTIMELESS蛋白質は、ショウジョウバエPERIOD蛋白質の核移行のregulation stepを司るされる。哺乳類ホモローグも同じであろうか?また、mPer1, mPer2が生理的にも時計遺伝子として働いているかどうかを、アンチセンスオリゴヌクレオチド注入により拮抗されるか否かについて調べた。今後、これら成果より、老人の睡眠障害,鬱病などのリズム疾患の理解のための新しい知識を提供する。
研究方法
ショウジョウバエperiod, timeless 遺伝子の哺乳類ホモローグを単離するため、コンピューター検索を行った。マウス脳cDNAより、RT-PCR, RACE法を用いて、mPer2, mTimの単離を試みた。ゲノム構造を解析し、mPer3のプロモーター領域の全ゲノム配列と転写開始点を決定した。単離したmPer1およびmPer2の発現解析を、サーカディアンリズムセンターである視交叉上核で行った。また、mPer3, mTim発現の光照射による影響を探るため、生体リズムの各位相で光照射を行った。また、光照射量と行動の位相変位の相関を探った。
また、光照射による行動の位相変位がmPer1の発現により起こっていることを明らかにするために、マウス、ラット、視交叉上核スライスを用いた。
結果と考察
1)哺乳類時計遺伝子のクローニング(担当:岡村)
mPER3はmPER1, mPER2よりやや小さく、リズムセンターのある視交叉上核においては、明暗条件下、恒常暗条件下でも24時間リズムを示す(EMBO, 1998)。そのリズムは、CT4からCT8にかけて高く、mPER1, mPER2と同様、「昼時計」型であるが、mPER1, mPER2と異なり、夜にもかなり発現しており、昼夜での振幅は小さい(40~50%)。また、mPER3は、小脳顆粒細胞、大脳皮質、視床下部腹内側核、視床下部弓状核に大量に発現する。興味深いのは、視床下部の前にある終板器官(organum vasculosum lamina terminalis: OVLT)での発現である。周知のように、OVLTは、発熱物質が体温中枢とされる視束前野(preoptic area)に到達するときに通過する脳部位であり、GnRHのリズミックな放出に関与するとされている脳部位である。この部位でも、mPER3は視交叉上核でと同様、24時間リズムの発現を示す。この発現変動が、睡眠、体温の24時間変動にどのようにかかわっているかは、今後の課題である。我々は、ショウジョウバエで時計発振機構に必須とされTIMが哺乳類にもあるかどうかを検索するため、mTIMのクローニングを行った(Genes Cells, 1999)。mTIMは1197アミノ酸からなる蛋白質で、dTIMと4つのドメインで相同性が高かったが、全く異なる配列が、挿入されていた。mTIMとdTIMの分子構造を比較すると、確かにmTIM分子はPERとの結合領域のうちPAS-Aと結合する部分は保存されているが、PAS-B/CLDと結合する部分には新たなアミノ酸の挿入があり、dTIM分子が細胞質内にいてPER/TIMの核移行を妨げる重要な性質であるdTIMのCLDはほとんどmTIMでは保存されていない。もしmTIMに新たに細胞内に引き留める構造がなければ、mTIMの3カ所のNLSに引きずられ、mTIMは通常の核蛋白として、核の中に直ぐ入ってしまい、TIMが哺乳類では核移行のregulation stepを司る役割を失っているのかも知れない。
2)時計遺伝子の転写制御機構の解明(担当:岡村)
mPer3 のプロモーター領域を含む全ゲノム配列と転写開始点を決定した。
3)mPER1, mPER2, mPER3の核内移行に関する研究(担当:岡村、柴田)
我々は、COS7細胞に強制発現させたmTIMがmPERと核内で結合することを核分画を用いた免疫沈降法で見出した。しかしこれだけでは、TIMが核内移行に重要であるかどうかはわからない。最近我々は、哺乳類細胞系を使って、mPER1, mPER2, mPER3がお互いにヘテロダイマーを形成し、組み合わせ特異的に核内移行を行うことを明らかにした(投稿中)。これは、ショウジョウバエでは認められない機構である。
4)行動位相変位のmPer1、mPer2アンチセンスオリゴヌクレオチドによる拮抗(担当:柴田、井上、岡村)
光照射により視交叉上核のどの細胞がPer遺伝子を発現するかを検索した。また、光による行動の位相変化がmPer1, mPer2のアンチセンスオリゴヌクレオチド注入により拮抗されるか否かについて調べた。アンチセンスの脳室内投与は用量依存的に光照射による位相後退を拮抗した。また、NMDA受容体拮抗薬のMK801の脳室内投与によっても拮抗された。このことは脳室内に投与したアンチセンスオリゴヌクレオチドが視交叉上核に作用して光同調を抑制したものと考えられる。また、視交叉上核スライスを用いて、グルタミン酸による位相変動を抑制した。本研究は、哺乳動物のper遺伝子群の機能を調べた初めての研究である。
結論
新しい時計遺伝子mPer3, mTimをマウス脳にて同定し、その発現を検索した。mPER3はmPER1, mPER2よりやや小さく、ショウジョウバエdPerの特徴とされるPASドメインと cytoplasmic localization domain構造が保存されている。mPer3は視交叉上核においては、明暗条件下、恒常暗条件下でもmPer1, mPer2と同様、「昼時計」型のリズムを示すが、mPer1, mPer2と異なり、夜にもかなり発現しており、昼夜での振幅は小さい。mTimの発現は、視交叉上核では一定であった。
ラットrPer1ののアンチセンスを視交叉上核へ直接マイクロインジェクションを行った。CT16の光パルスによる行動リズムの位相変化量について、アンチセンスオリゴヌクレオチドをCT14に投与しておいた場合、コントロール群との差は見られないが、CT10に投与しておいた場合、有意に小さくなった。これらの結果から、rPer1アンチセンスオリゴヌクレオチドは行動リズムの位相変化を引き起こし、また、光パルスによる位相後退を抑制 することがわかった。また、マウスmPerアンチセンスオリゴヌクレオチドの光同調抑制 作用の作用点が視交叉上核にあることを明らかにするため、グルタミン酸による視交叉上核神経活動の位相変化に対するmPer1アンチセンスオリゴヌクレオチドの効果を脳スライスを用いたin vitroの系で検討した。光照射による行動の位相変化がmPer1のアンチセンスオリゴヌクレオチド注入により拮抗されるか否かについて調べた。アンチセンスオリゴヌクレオチドの脳室内投与は用量依存的に光照射による位相後退を拮抗した。通常ZT16でグルタミン酸を作用させると神経活動のピークは2.5時間後退させるが、mPer1アンチセンスはこの位相変動を抑制 した。従って、グルタミン酸のリセットはmPer1のリセットを伴うことが明らかとなった。今後、これら結果の応用により、昼夜不規則な生活が強いられる現代社会や、Quality of Life (QOL) の維持、リズム異常と関連が深い疾患の新しい予防や治療の手段を提供すると考えられる。

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