ヒトの生体リズム異常の診断・治療法開発に関する基盤研究

文献情報

文献番号
199800382A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒトの生体リズム異常の診断・治療法開発に関する基盤研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
大川 匡子(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 内山真(国立精神・神経センター精神保健研究所)
  • 梶村尚史(国立精神・神経センター武蔵病院)
  • 海老澤尚(埼玉医科大学精神医学教室)
  • 亀井雄一(国立精神・神経センター国府台病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究プロジェクトでは、ヒトの睡眠・生体リズム機構を明かにし、これらの成果をふまえ、概日リズム睡眠障害の臨床に応用することを目標とする。各分担研究においては、1)ヒトの生物時計と睡眠機構の関連を明かにし、2)生体リズム異常の客観的な診断法を開発すること、3)生体リズム異常の病態生理および病因を明らかにし、これに基づいて4)ヒトの生物時計機構の特異性をふまえた生体リズム異常の治療法を開発することである。すなわち、生体リズム障害に対し、内分泌学及び時間生物学から病態生理を解明し、その睡眠機能を電気生理学及び機能画像解析から明らかにするとともに、遺伝的素因について最新の分子生物学的手法を用いて明らかにする。
研究方法
各分担研究者により行われた研究の方法は、以下の通りである。1)概日リズム睡眠障害に対するメラトニンの臨床応用においては、特殊外来受診者の臨床背景や社会適応性を調べるとともに、分割投与法によるオープントライアル研究を行った。2)生体リズムおよび睡眠・覚醒リズムの測定法開発に関する研究においては、昨年度に開発した超短時間睡眠・覚醒スケジュール法を用いて、高照度光がヒトのメラトニンリズム位相に与える影響について検討した。3)PETを用いた健常者の睡眠中の神経回路網の解析においては、超高解像度ポジトロンCT(PET:Positron Emission Tomography)を使用して、健常者の安静時とNREM睡眠、REM睡眠における脳内各部位の脳活動を比検討した。4)概日リズム障害患者のメラトニン受容体遺伝子解析において、睡眠障害国際分類で診断された概日リズム障害患者と健常者のメラトニン受容体の遺伝子をPCRを用いて解析比較し、さらに得られた異常が受容体蛋白機能に及ぼす影響についても検討した。5)概日リズム睡眠障害の病態解明に関する研究においては、健常人と睡眠相後退症候群を対象として、9年度の本研究プロジェクトで開発された超短時間睡眠覚醒スケジュール法を用い、全断眠後の恒常条件下での深部体温リズム・ホルモンリズム、及び睡眠・覚醒リズムを測定し解析した。
結果と考察
各分担研究者により得られた研究結果と考察の概要は以下のとおりである。1)概日リズム睡眠障害に対するメラトニンの臨床応用においては、これら概日リズム睡眠障害の臨床特徴を明らかにするとともに治療法を確立するために検討を行った。概日リズム睡眠障害の臨床的特徴として抑うつ状態が比較的高い割合で認められることがわかった。また社会的困難度は、DSPSよりもnon-24のほうが困難度が高いということが明らかになった。概日リズム睡眠障害の治療としては、メラトニン治療が現実的には有用であると考えられた。投与方法としては、0.9~3mg程度の低用量のメラトニンを分割投与する方法を用いた場合の成績が良好であった。今年度に開発したメラトニン投与法は、煩雑な検査が困難な臨床現場においても十分実用に耐えうる技術であるとともに、薬剤への反応性評価にも活用できよう。2)生体リズムおよび睡眠・覚醒リズムの測定法開発に関する研究においては、高照度光療法に関する基盤的研究を行った。ヒトの概日リズムは光によって変化することが知られている。光を浴びた時刻により体温リズムなどの位相が変化する。しかし、より信頼性の高い概日リズムの指標であるメラトニンリズムを用いた検討は無く、睡眠の変化についての検討もなされていない。メラトニン及び睡眠・覚醒リズムの光照射による変化を検討した。その結果、メラトニン
が分泌開始から4時間以内に高照度光を照射すると睡眠とともにメラトニンリズムの次の位相が後退し、4時間から8時間の間に高照度光を照射すると睡眠・メラトニンリズムの次の位相が前進することが明らかになった。健常人における高照度光への位相反応を明らかにしたことで、高照度療法の最適時投与が可能になろう。3)PETを用いた健常者の睡眠中の神経回路網の解析においては、超高解像度ポジトロンCT(PET:Positron Emission Tomography)を使用して検討した結果、浅いNREM睡眠時には、橋、小脳、視床、被殻、帯状回前部で安静時に比べ脳血流は有意に低下したが、徐波睡眠時にはこれらの領域に加え、中脳、視床下部、前脳基底部、尾状核、帯状回後部でも著明な血流低下を示した。皮質領域は、浅いNRFM睡眠時には、中前頭回後部、下前頭回後部、縁上回で左側のみが有意な血流低下を示したが、徐波睡眠時には中心前回、中心後回、側頭葉および後頭葉を除く皮質領域で両側性に血流低下がみられた。REM睡眠時には、安静時に比べ右側海馬、右側扁桃体および一次視覚野の血流が相対的に増加したが、両側の前頭前野、頭頂連合野および帯状回後部の血流は低下した。PETを用いた神経回路網の解析により、睡眠の役割とその制御機構が明らかになったが、これを活用した睡眠異常の診断法および睡眠障害の原因の局在診断が可能になる。4)概日リズム障害患者のメラトニン受容体遺伝子解析において、今年度は、概日リズム障害患者のメラトニン受容体遺伝子に関する変異解析をほぼ終え、見出した複数の変異それぞれが受容体蛋白の機能に及ぼす影響を調べた。その結果、メラトニン1A受容体Type・変異は、非24時間睡眠覚醒症候群に多く見られ、受容体蛋白の性質も正常型に比べて大きく変化していることから、同症候群の発症に関与している可能性が高いと考えられた。現在変異遺伝子を発現させた培養細胞を用いてcAMPの産生抑制などsignal transduction に関しても変化を生じているか確認中である。生体リズム異常患者にメラトニン受容体遺伝子の異常があることが明らかになりつつあるが、これにより診断だけでなく適切な治療法選択にも貢献できよう。5)概日リズム睡眠障害の病態解明に関する研究においては、健常人と睡眠相後退症候群を対象として、超短時間睡眠覚醒スケジュール法を用い、深部体温リズム・ホルモンリズムと睡眠・覚醒リズムの相互関係を解析し、概日リズム睡眠障害の病態生理を検討した。その結果、概日リズム睡眠障害患者では、健常人で認められる断眠の後の回復睡眠が出現しないことが明らかになった。概日リズム睡眠障害の病態生理として、概日性の異常だけではなく、恒常性維持過程にも障害があることが明らかになった。超短時間睡眠・覚醒スケジュール法による病態解析の結果は、生体リズム障害に対する生活・行動療法的アプローチにつながるとともに、生体リズム障害の予防にも活用できよう。
結論
本年度は、治療法開発研究として、メラトニン投与の治療反応性の解析を行い、より各実で簡便なメラトニン治療技術を開発し、その有効性を確かめた。さらに、睡眠・覚醒および生体リズム測定法研究では、高照度光療法の開発の基盤となる高照度光への位相反応を健常人でメラトニンを指標に明らかにした。診断法開発研究として、生体リズム異常の客観的診断法開発を目的としてPETを用いて健常者の睡眠中の神経回路網の解析を行った。病因解析研究としては、健常者のメラトニン受容体遺伝子を解析した。病態研究として、健常者および生体リズム異常患者に超短時間睡眠・覚醒スケジュール法を適用し、深部体温リズム・ホルモンリズムと睡眠・覚醒リズムの相互関係を明らかにした。次年度においては、本年度に明らかになったヒト生体リズム異常の病態機序をもとにさらに病態解明研究を進めるとともに、これらを応用し診断・治療技術に結びつける必要がある。さらに、治療研究において明らかになった問題点を解決し、得られた基盤的研究成果に基づいて、より実際的な治療技術開発を行うことが重要と考えられる。

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