プログラム神経細胞死の機構と脳発達障害におけるその病態

文献情報

文献番号
199800379A
報告書区分
総括
研究課題名
プログラム神経細胞死の機構と脳発達障害におけるその病態
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
水口 雅(自治医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 稲葉俊哉(自治医科大学)
  • 伊藤雅之(国立精神・神経センター神経研究所)
  • 山田光則(新潟大学脳研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
26,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
脳の発達障害に起因する諸疾患には重症心身障害の原因となる難治性疾患が多い。脳の形成異常にせよ、変性疾患にせよ、従来は原因不明で対策が立てられなかったが、近年一部の疾患で原因となる遺伝子異常が解明されはじめ、予防法・治療法の開発の可能性が生じてきた。とくに、神経変性疾患では、経過中に生じる神経細胞死の速度を遅くすることができれば、進行をくい止められる可能性がある。
本研究におけるこれまでの成果により、ダウン症候群(早発老化、とくにアルツハイマー病の発生)やDRPLAにおける神経細胞死の機構を解明する上での有力な手がかりが得られた。今後、研究をさらに進め、進行性神経細胞死を抑制する治療法の開発により、症状の悪化を防ぐことを目指している。
研究方法
本研究においては、「アポトーシス制御因子」と「脳発達障害の原因遺伝子」の両方向から研究を展開している。
第1に、bcl-2ファミリー、転写因子を中心としたアポトーシス制御因子についての研究を行った。まず脳発達障害におけるさまざまな神経細胞死をcharacterizeする目的で、剖検脳におけるbcl-2ファミリー遺伝子産物の発現の免疫組織化学的検討を体系的に行った。平成10年度の研究においては、水口は小脳変性疾患(Machado-Joseph病(MJD)、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症dentatorubral pallidoluysian atrophy(DRPLA)など)を、伊藤は周生期の低酸素性虚血性脳症hypoxic-ischemic encephalopathy(橋海馬支脚神経細胞壊死pontosubicular neuronal necrosis(PSN)など)を主な対象とした。同時にアポトーシスに陥った細胞のTUNEL法による同定と、興奮性アミノ酸トランスポーターの免疫染色も施行した。また、稲葉は神経細胞の成長因子依存性アポトーシスの機構を解析する目的で、アポトーシス実行システムの最上流にあるBH3因子について、分子生物学的に研究した。本年度はその基礎段階として、造血細胞を対象とした実験を行った。
第2に、脳発達障害の原因についての研究を行った。山田はDRPLA遺伝子に着目して、アポトーシスとの関連における機能解析を行った。平成9年度の研究で、CAG repeatの延長した異常DRPLA遺伝子を培養細胞へtransfectしたところ、異常蛋白で構成され、ユビキチン化された封入体が細胞質内および核内に形成され、アポトーシスが誘導された。DRPLA剖検脳でも、同様の封入体が神経細胞の核内に確認された。本年度は、このきわめて興味ある病変についてさらに追究するため、剖検脳における封入体の分布を観察するとともに、封入体の免疫組織化学的な組成分析を行った。
結果と考察
bcl-2ファミリーに関する免疫組織化学的検討の結果、各メンバーの多彩な変動パターンを観察することができた。小脳変性疾患の中では、MJDとDRPLAの比較検討を行った。両疾患ともTUNEL陽性所見が小脳顆粒細胞に見られる点は共通していた。しかし興奮性アミノ酸トランスポーターEAAT1の変動状況は異なっていた。さらにMJDではbcl-xの過剰発現が小脳Purkinje細胞で生じていたが、この変化はDRPLAのPurkinje細胞や、MJDにおける他の神経細胞(顆粒細胞など)では認められなかった。このように神経細胞死の機構、ないしは死を防ぐ機構が疾患により、また神経細胞の種別により、特異的であることが明らかとなった。平成11年度はDRPLAに標的を絞って、神経細胞死のcharacterizationをさらに進める予定である。
いっぽう、周生期HIEの剖検脳を観察すると、アポトーシスに合致する形態変化(核崩壊)が橋核神経細胞においては見られるが(PSN)、Purkinje細胞では見られない。しかし、どちらの細胞もTUNEL陽性所見を呈する点は共通であった。さらに免疫組織化学的検索を加えると、bcl-xの過剰発現がふぉちらの細胞でも認められた。このように、アポトーシスとネクローシスという形態学的には異なるプロセスの間にも、ある程度共通した分子機構の存在することが示唆された。平成11年度は周生期HIEの動物実験モデルを用いて、さらに詳細な検討を加える予定である。
転写因子に関する分子生物学的研究の結果、細胞死を誘導するBH3因子としてBimを同定した。さらに成長因子がBimの発現抑制とリン酸化、さらにbcl-xLの発現促進を通じて、アポトーシスを抑制していることが示された。この2つが、相互に独立した過程であることも明らかになった。平成11年度はレーザースキャニングサイトメトリーを導入して神経細胞におけるBimの変動を研究するとともに、線虫ces-1、ces-2遺伝子の哺乳類ホモログであるslug、E4BP4/NFIL3、HLFのノックアウトマウス、トランスジェニックマウスの神経系病変を検討する予定である。
DRPLA剖検脳の組織学的検索の結果、すべての症例の線条体、橋核、下オリーブ核、小脳皮質、歯状核など広範な領域の神経細胞に封入体が見いだされ、この封入体がDRPLAの病理の中枢的位置を占める病変であることが明らかとなった。少数ながら、アストロサイト内にも封入体が新たに認められた。免疫組織化学的検討の結果、神経細胞内封入体の形成にhTAFIIp130、Sp1、CREB-1、TBPなどの転写因子が関与することが判明した。その理由として、転写因子内のグルタミンに富むドメインとDRPLA遺伝子産物内のポリグルタミン鎖との間の非特異的な結合が推測されたが、その実証は今後の研究課題である。平成11年度はマイクロマニピュレータを用いることにより、DRPLA遺伝子の異常(CAG repeatの延長)と細胞病変の関連を単一の神経細胞のレベルで解析する予定である。
結論
bcl-2ファミリーに関する本年度の研究を通じて、神経細胞死の機構には疾患による特異性、神経細胞の種別による特異性があり複雑であることが再認識された。その一方では、神経細胞死をbcl-2ファミリーメンバーの変動パターンによりいくつかの類型に分けて整理できる可能性が浮かび上がってきた。
転写因子に関する研究からは、培養細胞と剖検脳の両者において、アポトーシス実行過程の最上流における制御、あるいは細胞の「変性」のプロセスに転写因子が関与していることが示された。今後のアポトーシス研究においては転写因子の重要性がさらに増すことが予測され、本研究においても今後、中心的課題として取り組む予定である。

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