発達期脳障害における神経伝達機構の解析とその治療研究

文献情報

文献番号
199800378A
報告書区分
総括
研究課題名
発達期脳障害における神経伝達機構の解析とその治療研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
桜川 宣男(国立精神・神経センター)
研究分担者(所属機関)
  • 御子柴克彦(東京大学医科学研究所)
  • 中村俊(国立精神・神経センター)
  • 岡戸信男(筑波大学基礎医学系)
  • デビド・サーフェン(東京大学医学部)
  • 武谷雄二(東京大学医学部)
  • 高嶋幸男(国立精神・神経センター)
  • 難波栄二(鳥取大学医学部)
  • 新井一(順天堂大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
25,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
発達期脳障害は、脳性麻痺、精神遅滞、学習障害やてんかんの原因となるが、高次脳機能を司る神経伝達機構はほとんど解析されていない。また発達期脳障害など中枢神経症状に対する治療法も確立していない。そこで本研究班は、神経伝達機構の解析により発達期脳障害の発生機序を解明することを目的としている。そしてその治療法の開発のために神経幹細胞による脳移植法の研究を行い、発達期脳障害の治療法として、将来の臨床応用を目指している。この目的の遂行にあたり、主たる研究を羊膜細胞の細胞生物学的特性の研究と、胎児環境における生理的役割・病理的意義の解明に絞った。分担研究者は基礎的研究の側面より本研究をサポートする。また羊膜細胞による脳移植法の開発研究に向けて、動物実験による治療研究の効果判定と方法の確立を行う。
研究方法
桜川は、神経系細胞遺伝子マーカーの発現について検討した。ヒト羊膜細胞は, NF, MAP2などのmRNAを発現していた。グリアマーカーでは、CNPase, MBP, PLP (PLP/DM-20)遺伝子が発現していた。細胞特異的遺伝子発現システムにより解析したところ、MBP promotor活性を持つ細胞が約20%存在していることが判明した。サル羊膜細胞のD1, D2 receptor, dopamine transporterの解析を行った。Dopamine D1, D2 mRNAの発現が証明され、 ヒトおよびサル脳と高い相同性を示した。D1 receptorを飽和分析法により解析したところ総飽和の57 - 75% の特異的飽和サイトが認められた。スカッチャード プロットは直線性を示し, 飽和点が1点存在していた。Dopamine D2 receptor についても同様の実験を行い、類似の結果を得た。次に神経栄養因子の合成・分泌能について検索し、ラット培養神経細胞に対する栄養因子効果を検討した。羊膜細胞を無血清培地に24時間培養した培養液をコンデションメジウムとしその中の神経栄養因子を測定した結果, BDNFは610±540 pg/ml, NT-3は600±279 pg/mlであり, NGFは測定されなかった。またBDNFとNT-3のmRNAの発現を検討したところRT-PCRにて当該バンドが検出された。羊水中のBDNFは60.0 pg/ml、NT-3は10.0 pg/mlであった。次にラットE18-E19胎仔の前脳より神経細胞を採取し、コンデションメジウムで培養した。無血清培地で培養したコントロール群と比較したところ、神経細胞の数の増加が顕著に認められた。
御子柴は、ニューロンの突起伸展に及ぼすIP3レセプター/Ca2+シグナリングの役割の研究を行った。鶏卵胚の後根神経節細胞には1型IP3受容体が豊富に発現し、伸長中の神経突起先端に存在する特殊な構造体である成長円錐部では、微少管が重合する部位に集約して分布していた。種々の薬理学的阻害実験や色素を利用した特異的分子のレーザー不活化法による実験結果から1型IP3受容体を介した細胞内Ca2+の放出が神経突起の伸展を制御することが判明した。このことは成長円錐部におけるカルシウムを介する情報伝達が神経突起の伸長制御における中心的な役割を演じていることを強く示唆するものである。
中村は、中枢神経系における細胞の多様性の発生機構について研究を行った。神経細胞の分化の初期決定に関わるbHLH型の転写因子Mash-1とこの下流で神経分化を制御して いると考られている転写因子 Prox-1のカスケードについてマウス初期胚及び Mash-1ノックアウトマウスでの遺伝子発現、さらに神経幹細胞株を用いた解析を行った。この結果から中枢神経系細胞の分化の初期決定においてMash-1およびProx-1が重要な役割を果たしていることが示された。
デビッド・サーフェンは、ニューロン亜型特異的遺伝子の発現に関する分子生物学的解析を行った。海馬スライスの長期培養を用いて、神経細胞におけるM4ムスカリン性アセチルコリン遺伝子発現を解析するため、種々の発現/レポーター系を検討した。M4 promotor/Cre adenovirus systemが神経細胞特異的遺伝子の機能解析に適すことが判明した。
岡戸は、生体アミンによるシナプスの形成維持機構の解明を行った。ラット海馬のアセ
ルチルコリンを除去するとシナプス密度が低下するが、同時にノルアドレナリンを除去するとシナプス密度は上昇することが明らかになった。そしてドパミンD2受容体の拮抗剤によりサル大脳皮質では前頭前野でのシナプス密度が低下することが明らかとなった。
新井は、ラット羊膜細胞による脳移植治療研究を行った。ラット羊膜より初代培養細胞を樹立し、本細胞を神経様細胞への分化誘導実験を行った。無血清培地で培養すると、細胞分裂が停止状態となり、神経系細胞マーカーが発現してくることが免疫組織染色により判明した。そして一過性脳虚血負荷を加えた成雄砂ねずみの海馬CA1流域に移植し、長期間の生着を観察した。さらに一部移植細胞の神経細胞様に形態変化を確認した。
高嶋は、ダウン症候群特有の細胞接着因子(DSCAM)の発達、加齢的変化と精神遅滞の病態形成の関与につての研究を行った。ダウン症と対照の大脳前頭葉と小脳半球について抗DSCAMによる免疫組織染色を行った。DSCAM蛋白はダウン症では若年では髄鞘に過剰発現し, ダウン症における生後の精神運動発達遅滞やシナプス形成の低下に関与していると考えられた。サルを用いた羊膜細胞の脳移植研究における病理学的、免疫組織学的検索を担当する。
結果と考察
羊膜細胞が神経伝達物質(アセチルコリン、ドーパミン)および神経栄養因子 (BDNF- NT-3)を合成・分泌する細胞であることを証明した。さらに羊水中にもこれらの神経伝達物質および神経栄養因子が測定できたことは、これら物質の羊水中への供給源が羊膜細胞であることを示唆している。ヒト羊膜組織は受精後8日目に外胚盤上葉が二分して、上層が羊膜組織 (amnioblast) となり、下層から神経系組織を含むすべての臓器が発生してくる。我々のデータは、満期帝王切開分娩時の胎盤より分離・培養した羊膜細胞についての成績である。Amnioblastの時期の解析は、非常に重要でありかつ興味深い。Amnioblastにおいて、神経栄養因子の分泌能が存在しているならば、神経組織を含む胎芽の発育に何らかの役割をしていることは充分に推測できる。さらに現在では同定されていないような、胎芽の発育を促進する因子の存在も否定できない。今後は、このような戦略をもって研究をすすめる予定である。
御子柴らは、Zic遺伝子が神経堤の発生において初期調節作用をしていることを報告した。上記のごとく羊膜組織が、この直前に形成され始めることより、このZic gene familyの解析をはじめた。
中村らは、神経幹細胞の分化と増殖に関与する遺伝子 (Mashi-1, Prox-1)について解析し、Mash-1が細胞分化をポジテブに調節していることを報告した。我々はMusashi 1 mRNA が羊膜細胞に発現していることを発見しているので、これらの遺伝子解析を進めている。
サーフェンらは,ムスカリン性アセチルコリンM4受容体に着目し、そのプロモーター領域をアデノウイルスに構築している。このウイルスベクターを利用し、蛍光発色蛋白の遺伝子導入することにより、羊膜細胞から、本受容体のプロモーター活性をもつ単一細胞集団を分離することが可能である。そしてcholinergic neuronsの作用をもつ細胞集団を分離できるならば、その細胞脳内移植は障害脳の新規の治療法として有望である。
結論
羊膜細胞の細胞生物学的特性を主体に報告した。本細胞における神経伝達物質と神経栄養因子の合成・分泌能と羊水中におけるこれら物質の存在を証明した。このことより羊膜組織が胎芽、胎児発育に果たす役割が大変に重要であることが示唆された。今後は胎生早期における羊膜組織の解析を戦略にいれて研究を進める予定である。

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