デュシェンヌ型及びデュシェンヌ様筋ジストロフィーの分子論的研究

文献情報

文献番号
199800377A
報告書区分
総括
研究課題名
デュシェンヌ型及びデュシェンヌ様筋ジストロフィーの分子論的研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
吉田 幹晴(国立精神・神経センター、神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 笹岡俊邦(国立精神・神経センター、神経研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
34,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究はデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)とデュシェンヌ様筋ジストロフィー(SCARMD又はSGP)の本体解明と治療法の開発を究極の目的とするが、当面の目的としてはこれら筋ジストロフィーの病態の分子機構を明らかにすることである。両筋ジストロフィーは原因遺伝子が異なるものの、臨床症状、病理像はともに良く似ている。この類似は両者共通して認められるサルコグリカン(SG)複合体の著減或いは消失に起因するに違いないと我々は考えており、従ってこの複合体の機能を理解できれば、分子機構が説明できるだろうと考えている。これまでに我々はジストロフィン結合タンパク質(DAP)がこのSG複合体やジストログリカン(DG)複合体など3つの複合体の各成分に分類できることを示し、これらとジストロフィンの筋細胞膜上での結合様式を大まかに定めたモデルを提唱、それは広く一般に用いられてきた。しかし肝心のSG複合体がジストロフィンとDAPの複合体(dys-DAP複合体)中でどの様に存在しているのか不明であり、又4種のSGによる複合体の形成機構なども依然不明である。SG複合体の機能を理解するには、これらを明らかにすることが必要である。今年度我々はSG複合体周辺の構造を明らかにする研究(吉田)、そしてg-SG欠損マウスを作成し、その表現形を明らかにする研究(笹岡)等を進め、それぞれに進展があった。
研究方法
dys-DAP複合体はウサギ骨格筋の細胞膜より調製した。この複合体を一定時間、一定温度で加温し、遊離してくる複合体はSuperose 6 PC3.2/30カラムを装填したスマートシステム(ファルマシア)にて分離した。 g-SG欠損マウスの作成はg-SGのN-末端側、細胞質領域と膜貫通領域をコードするエクソンをネオマイシン耐性遺伝子に置き換えるターゲッティングベクターを作成し、マウスES細胞を用いる常法により行った。これらの実験で必要とされる抗体は手持ちのものや市販品も利用した。しかし多くは既知のアミノ酸配列データに基づき合成ペプチドや融合タンパク質を調製、これらをウサギ等に免役して新たに作成した。
結果と考察
(1)SG複合体が結合するDAP又はこれらDAPよりなる複合体を探る: 以前我々はdys-DAP複合体をオクチルグルコシドで処理することでSG複合体を発見した。しかしこの処理では、SG複合体が他のDAPといかに結合しているかといった情報は失われていた。そこでdysDAP複合体を別の形で部分解裂させる方法を検討した。
(a)精製dys-DAP複合体を0.1M NaCl存在下で熱処理すると分子量の小さな新しい成分が生成することを我々は認めた。この成分をイムノブロットで解析したところ、SG複合体とDG複合体の各成分が検出され、ジストロフィンやシントロフィン、ジストロブレヴィンといったDAPは検出されなかった。従ってここで得られた成分はSG複合体とDG複合体からなる糖タンパク質複合体であることが明らかになった。サルコスパン(25DAPの新しい名)もこの成分に検出された。
(b)dys-DAP複合体の塩濃度を上げて(1M NaCl)同様の処理を試みた。すると(a)の成分より更に小さな分子量成分が遊離してきた。それはSG複合体が主成分であった。他にサルコスパンやシントロフィン、そしてジストロブレビンも検出された。この結果から我々はSG複合体とサルコスパンそしてシントロフィン-ジストロブレビンが結合していると判断した。
(c)(a)で調製された糖タンパク質複合体(シントロフィン-ジストロブレビンを含まない)を高塩濃度下で再度熱処理することにより、4つのSGとサルコスパンからなる複合体を得た。。
(d)(c)で得られたSG-サルコスパン複合体とジストロフィンの結合を調べた。ジストロフィンの代わりにその融合タンパク質を作成して結合を調べたところ、予備実験ではジストロフィン上の限定領域に選択的結合をすると思われる結果を得た。しかしその後慎重に重ねた実験では、その再現が微妙であり、従って現在結論を棚上げしている。
以上の研究でSG複合体がサルコスパン、そしてシントロフィン-ジストロブレビンと結合していることを示すことができた。またSG-サルコスパン複合体がDG複合体とジストロフィンなしで結合していることも精製した生体試料を使って明確に示すことができた。分担研究者の笹岡が中心に行ったg-SG欠損マウスの作成ではSG複合体だけでなくサルコスパンの激減を認めた。この観察は両者が堅く結合していることを示した今回の結果があって初めて容易に理解できる。以前我々が報告したSG複合体(オクチルグルコシドにて調製)にはサルコスパンは含まれていなかった。このDAPの遺伝子変異が変異未特定のSGP患者に認められるかどうか関心を持っている。
SG複合体のうち3成分はC端部にEGFレセプター様のシステインクラスターを持っていてレセプターである可能性がクローン化されて以来指摘されている。一方今回明らかになったSG複合体の結合相手は何れも情報伝達への関与が示唆されている。今後我々はSG複合体が関係する結合に関して、それぞれどの様なDAPが結合に直接与っているかを化学架橋法などにより明らかにし、SG複合体及びその周辺の分子構築について詳細を詰めていく。こうした研究からSG複合体が関係する情報伝達の大きなカスケードが浮き彫りにされてくることを期待している。
(2)g-SG欠損マウスの作成: マウスg-SG遺伝子を操作してg-SG遺伝子ターゲッティングベクターを作成、これをES細胞に導入して相同組換え体2細胞系統を得た。これら2細胞系統からキメラマウスを作成し、C57BL/6雌マウスとの交配によりES細胞由来のヘテロ変異マウスを同定した。このヘテロ変異マウスを交配することにより、ホモ変異(g-SG -/-)マウスを作成した。このマウス筋においてg-SG分子の欠損を確認した。ヘテロ変異マウス交配により得た子の4週令における遺伝子型はメンデル分離比に近く、従ってg-SG -/-マウスは 4週令以前に死んでいないと推定した。
g-SG -/- マウスは発育、繁殖、姿勢および歩行様式に異常を示さなかった。各週令の体重は、正常型マウスとほぼ同等であるが、10週令以降では四肢近位部にやや肥大が、そして金網よじ登り試験では筋力低下が認められた。H&E染色において、横隔膜では2週令で既に壊死線維が見られ、6-8週令になると横隔膜・骨格筋の広い範囲に壊死、再生像が認められた。20週令の横隔膜・骨格筋では広い範囲が再生線維で占められ、壊死線維も散在していた。31週令になると筋の肥大と筋組織の壊死、再生、結合組織の増生がみられた。この結果をmdxマウスと比べると、g-SG -/- マウスは早い週令で重症の筋肥大と線維化を示すことがわかった。8週令のg-SG -/-マウスの血清CK活性は、正常型マウスの百倍以上であった。一方EBDによる生体染色では、2週令、8週令、20週令のγ-SG-/- マウスの横隔膜と骨格筋にEBD染色性筋線維が見られ、筋線維膜の異常が確認された。
筋線維の免疫組織化学法による解析では、g-SGのみならず他の全てのSG分子も消失又は著しい減少を示した。更にサルコスパンも激減することがわかった。一方ジストロフィン、a-, b-DG、シントロフィンの有意な減少は認められなかった。またジストロフィンを欠損したDMDやmdxマウスの筋で認められるユートロフィンの発現上昇は見られなかった。
(3)SG複合体のin vitro再構成: SG複合体の形成機構を研究するために各SGの細胞外ドメインの融合タンパク質を作成し、そのin vitro再構成を計画した。しかし融合タンパク質の調製が想像以上に難儀しており、残念ながら未だに再構成実験に至っていない。
(4)ジストロフィンとDG複合体の結合: この研究は初年度に進展があり、結果を整理して論文にまとめる予定であったが、担当者が産休に入ったこともあってまだまとめられないでいる。
結論
dys-DAP複合体中のSG複合体の在り方がこれまで不明であったが、今年度それが明示され、SG複合体の筋表面膜よりの消失がなぜ筋ジストロフィーを発症するのかを構造的な立場からある程度理解できるようになった。またSG複合体が関係する情報伝達の大きなカスケード存在の可能性も予伺わせる結果となった。
今年度作成されたg-SG欠損マウスは筋力の低下、筋組織の壊死、再生、結合組織の増生を示し、筋線維膜上の分子構築の変化の所見はヒトSGPと同様であった。SGPの治療法の開発に向けた基礎研究に利用していく。SGPまたはDMDの分子レベルでの発症機構を明らかにする上でSG複合体の形成機構を明らかにすることは必須であるが、g-SGを選択的に欠いた試料が提供されたことでこうした研究に利用していく。

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