福山型先天性筋ジストロフィーの病態解明に関する研究

文献情報

文献番号
199800375A
報告書区分
総括
研究課題名
福山型先天性筋ジストロフィーの病態解明に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
戸田 達史(東京大学医科学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 松村喜一郎(帝京大学医学部)
  • 片山榮作(東京大学医科学研究所)
  • 埜中征哉(国立精神・神経センター武蔵病院)
  • 堀江正人(大塚製薬株式会社大塚GEN研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
40,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
福山型先天性筋ジストロフィ-(FCMD) は、福山によって報告・確立された先天性筋 ジ ストロフィ-の一型であり、重度の筋ジストロフィ-に脳奇形を伴う常染色体劣性遺伝性神経筋疾患である。その頻度は我が国の筋ジストロフィ-の中ではデュシャンヌ型に次いで多く我々の約80人に1人が保因者である。患児は生涯歩行不能であり、同時に精神発達遅延を伴い、多くは20歳以前に死亡する難病である。また 、本症の脳病変は神経細胞遊走障害による脳奇形と考えられ、本症の原因遺伝子産物は脳で働く未知の機能分子である。我々は本症原因遺伝子が第9番染色体長腕31領域に存在することを初めて見い出した。さらに我々はポジショナルクローニング法により、遺伝子の同定を行った。本研究では、さらに進めて抗体作成、生化学的解析、形態学的解析、ノックアウトマウス、結合蛋白など遺伝子産物の局在・機能解析を行い、本症の骨格筋の病態や 脳細胞の遊走の機構について 解 明 し、治療法を確立することを目的とする。
研究方法
研究方法 、研究結果=(1) 福山型先天性筋ジストロフィ-原因遺伝子
我々は病気の創始者は1人でありそれが全国に広がったこと、日本のFCMD変異はそれ以外に数回起きたこと、FCMD患者の95%以上が予想領域にDNA insertionを持つことを報告してきた。このinsertionプローブをもとにcDNAライブラリーから得られた候補cDNAにおいて、患者における変異を発見し、福山型遺伝子を同定し、遺伝子産物をフクチンと命名した。FCMDcDNAは7349bp、フクチンは461アミノ酸からなる。87%のFCMD染色体が単一の創始者由来と思われる同一のハプロタイプを示し、これらの創始者由来染色体にあるフクチン遺伝子の3'非翻訳領域内には、約3kbのレトロトランスポゾンのinsertionが存在することでmRNA量が著しく低下していることがわかった。また、このinsertionを示す染色体以外においては、exon3でのノンセンス変異、exon4での2塩基の欠失によるフレームシフト変異の2種類が見い出された。FCMDはレトロトランスポゾンの挿入が遠い祖先から伝わった初めての疾患であった。
(2)福山型の祖先について
共通ハプロタイプが1世代ごとに組換えにより失われる確率から計算すると、この創始者は約100世代前、1世代20~25年として約2000-2500年前に存在していたと推定された。この時期はちょうど日本では縄文時代から弥生時代に移行するころであり、この祖先のレトロトランスポゾン挿入変異がすでに日本に住んでいる縄文人に起きたか、あるいは弥生時代に大陸から渡ってきた渡来人が運んできたと思われ、今後の東アジア各地域のレトロトランスポゾン挿入変異の検索が興味深い。
(3)遺伝子産物フクチン
フクチンは、461アミノ酸(分子量53.7kD)から成り、データベース検索では既知の蛋白質とは相同性を示さない、機能未知の新規蛋白質である。また、構造予測では、フクチンはN末端に分泌シグナル配列をもち、膜貫通ドメインをもたず、また他のオルガネラへの移行シグナルももたず、細胞外に存在する蛋白質であることが考えられた。培養細胞を用い、フクチンのC末端にGFPを融合させた蛋白質または、HAタグをつけた蛋白質を強制発現させ、フクチンの局在を解析した。いずれの強制発現細胞においてもフクチンはゴルジ系に観察されたが、多くの筋ジストロフィー原因蛋白質が局在する細胞膜には見られなかった。また、免疫沈降法により、細胞培養液中にもフクチンが認められた。以上の結果と構造予測により、フクチンは細胞外に存在する蛋白質であることを示唆した。患者脳や筋の基底膜のひ薄化・断裂という報告も併せて、フクチンは細胞外基質にある可能性がある。
(4) 福山型先天性筋ジストロフィ-遺伝子のゲノム構造の解析
FCMD遺伝子を含むコスミドコンティグから、ショットガンシークエンス法にて塩基配列を決定した。FCMD遺伝子のエキソン、イントロンを調べた結果、FCMD遺伝子はゲノム上の約100kbの領域にまたがり、そのcDNAは10個のエクソンからなっていた。エクソンは最大で6066 bpであり、最小で60 bpであった。またFCMD遺伝子のエクソン1の約10kbと約40kbセントロメア側にESTのクラスターを認め、2つの発現遺伝子と考えられた。全体的に比較的L1が豊富な塩基配列をしていた。
(5)遺伝型ー重症度の関連
FCMDの臨床像には多様性があり、広い臨床的スペクトラムを持つ疾患であることが提唱されつつある。新たなフクチン遺伝子変異を検索するとともに、その臨床症状との関連についても検討を試みた。新たに4家系4種類の変異が見い出され、レトロトランスポゾンinsertionと点変異との複合ヘテロの患者は重症の傾向(定頚不完全や坐位保持困難)を示すことを明らかにした。また、insertionを全く持たない患者でも同様の解析を進めているが、興味深いことに1種類として(つまり片アレルだけでも)点変異を有する症例は未だ見つかっていない。
(6)福山型先天性筋ジストロフィーにおける欠損蛋白p180の解析
福山型先天性筋ジストロフィーにおいては何らかの細胞外マトリックス蛋白の欠損が発症に関与していると考え、免疫生化学的手法を用いて欠損蛋白の同定を試みた。まず、強アルカリ条件で可溶化した骨格筋細胞外マトリックス成分に対する単クローン抗体を作製し、その中からFCMD骨格筋における欠損蛋白を認識する抗体を確立した。この抗体はヒト骨格筋のウエスタンブロット解析で、分子量180 kDsの蛋白(p180)を認識した。またFCMD骨格筋ではp180が欠損していた。p180の欠損はFCMDに特異的にみられ、その病態に関与することが示唆される。
(7)FCMDノックアウトマウスの作製
福山型先天性筋ジストロフィー原因遺伝子FCMDのノックアウトマウス作製用遺伝子ターゲッティングベクターをマウスES細胞に導入し、相同組換えにより一方のFcmd遺伝子座が不活性化されたES細胞株を樹立した。このES細胞株を用いてキメラマウス及びF1ヘテロ変異マウスの作製を行った。また、Radiation Hybrid Panelを用いた解析により、マウスFcmd遺伝子が第4番染色体上のDNAマーカーD4Mit111の近傍に位置することが明らかとなった。
(8)福山型先天性筋ジストロフィーの臨床、病理学的解析
福山型先天性筋ジストロフィー研究を推進するために本症の生検筋のバンク(research resource bank)を目指し、1998年末までに164検体をバンク入りさせた。本症の病理発生をみるため非福山型生検筋との病理学的比較検討を行ったところ、福山型では病早期からの結合織の増生がみられるのが特異的であった。この結合織の増生は再生遅延によることが一つの要因と考えられるが、筋発生分化誘導遺伝子(myoD、myogenin)の発現は正常であった。
(9)遺伝子産物の超微形態解析
福山型先天性筋ジストロフィーの原因遺伝子産物の構造解析に用いる急速凍結フリーズレプリカ電子顕微鏡法は、高い空間・時間分解能で個々の分子の実像を与える強力な手法であり、溶液中、細胞内のいずれの蛋白質分子にも柔軟に適用できるという極めてユニークな特長を有する。この方法で得られる像に含まれる構造情報を十分に活用するため、電子顕微鏡内で傾斜撮影された一連の像から、対象分子の3次元像再構成を行うことを目指している。昨年度までに試みた逆投影法に加え、全く別原理に基づく、より精度の高い新手法を開発中である。
結果と考察
考察=FCMDはレトロトランスポゾンの挿入が遠い祖先から伝わった初めての疾患であった。FCMD遺伝子の発見は、筋ジストロフィーの病態解明、治療法の開発だけでなく、脳の発生の理解にも貴重な一歩となることは明らかである。強制発現の結果とアミノ酸構造予測により、フクチンは細胞外に存在する蛋白質であることが示唆された。つまり、患者脳や筋の基底膜のひ薄化・断裂という最近の研究も併せて、フクチンは細胞外基質にあって筋鞘膜複合体に結合している可能性がある。またその後FCMD患者において多数のフクチン遺伝子変異が見い出されたことは、この遺伝子が本疾患の原因遺伝子であるということを強く支持する。レトロトランスポゾンinsertionと点変異との複合ヘテロの患者が重症の傾向を示していたのは、レトロトランスポゾンinsertionではフクチン蛋白はRNAが不安定といっても微量に存在しうるが、点変異によりtruncateされたフクチンは全く機能しないため、点変異が入ったほうが全体の蛋白量はより少なくなるためと考えられる。小眼球、瞳孔膜遺残を合併するWWS類似症例にもFCMD変異が証明されたことは、本疾患のより広い臨床的スペクトラムを示唆した。insertionを全く持たない患者が別の先天性筋ジストロフィーとすれば、点変異を2つ有する症例は、胎生致死である可能性も推測される。さらにFCMD骨格筋ではM1抗体で検出される180kDa蛋白(p180)が欠損していることをみいだした。p180は、界面活性剤だけでなくpH12という強アルカリ条件、およびEDTA存在下で可溶化されることから、膜貫通蛋白integral membrane proteinではなくCa2+依存性細胞外マトリックス蛋白であると推測される。フクチンの推定分子量(53.6kDa)を考慮すると、p180がフクチン自体である可能性は低いと思われる。われわれはp180がフクチン結合蛋白でありFCMD筋で二次的に欠損しているのではないかと推察している。今後フクチンの生理機能の解明、FCMDの病態の解明の上からもp180の同定が必要であると思われる。またノックアウトマウス作製の過程において今回行ったRadiation Hybridマッピングの結果、Fcmd遺伝子がD4Mit111より約11 cRの位置にあることが明らかとなったが、現時点において、このDNAマーカーの近傍にマップされている自然発生変異マウスはおらず、福山型先天性筋ジストロフィーのモデルマウス作製におけるジーンターゲッティングの必要性が再確認された。一方で今後の研究を推進するため、FCMDの生検筋をバンク入りさせている。FCMD、non-FCMD生検筋を比較検討すると、同じ先天性筋ジストロフィーでありながら、FCMD筋には早期から結合織の増生がみられる。このことはFCMD筋には早期から間質の異常を来すので細胞外マトリックスに何らかの一時的変化が存在する可能性、再生の遅延の可能性を示唆する。再生に関しては筋発生分化誘導遺伝子の発現をみたが、FCMD筋でその発現が抑制されている所見はなかった。急速凍結ディープエッチレプリカ法により作成した試料を、電子顕微鏡内で傾斜撮影することにより、溶液中あるいは細胞内の蛋白質の高分解能の3次元像を得ることが可能である。われわれはその手法の完成、実用化、そして実際の試料への応用に向け努力を続けている。
結論
福山型先天性筋ジストロフィ-原因遺伝子が特定され、またp180蛋白、ノックアウトマウスなどその機能解析、病態解明に向けての道が開き出した。

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