エメリー・ドレイフス型筋ジストロフィーの病因・病態の解明と治療法の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199800374A
報告書区分
総括
研究課題名
エメリー・ドレイフス型筋ジストロフィーの病因・病態の解明と治療法の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
荒畑 喜一(国立精神・神経センター神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 石浦章一(東京大学大学院生命認知科学科)
  • 依藤宏(防衛医科大学校解剖学)
  • 埜中征哉(国立精神・神経センター武蔵病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究課題で取り上げたエメリー・ドレイフス型筋ジストロフィーは、(1)右房拡張型心筋症と重篤な心伝導障害,(2)早期発症の関節拘縮,(3)上腕-腓骨筋型の筋力低下と筋萎縮を3主徴とする筋疾患であり、突然死の頻度が高い(~50%)。従ってその解明が急務とされている。本症では早期から右房拡張型心筋症の存在が明らかとなることが多く、進行してついには完全心房停止に至る。そのため失神や心不全症候を呈することがあり、さらに突然死の原因ともなる( ~50% )ことから早急な対策が望まれている。
我々はエメリー・ドレイフス型筋ジストロフィーに見る、高率の突然死を未然に防止すべく、(1)検出された遺伝子変異のデータの臨床に還元し、(2)適切な遺伝相談の資料提供を計り、(3)臨床表現型ー遺伝型の解析を行う。さらに、(4)筋細胞の核膜に局在するエメリンが心伝導障害,関節拘縮および筋線維壊死を惹起する機構を解明し、筋ジストロフィーの病態解明に新たな視点を拓く目的で、エメリンの細胞内動態と核内膜へのターゲッティングの機能ドメインを同定する。また、有効な治療法の開発を計る手だての一環として、エメリン遺伝子の発現実験とノックアウトマウスの作製準備等を行うことを目的とする。
研究方法
国立精神・神経センターの倫理・遺伝子検索ガイドラインに沿って、疾患の臨床調査を実施、症例の収集に努め、臨床データベースを作製する。ついでそれらの症例から末梢血液・筋肉・皮膚組織等を得て、組織細胞バンクを樹立する。DNA、mRNAは型通り抽出し、遺伝子変異の解析に供する。エメリンの超微局在は、金コロイド法による免疫電顕で定量的に明らかにする。エメリンの細胞内動態の解析にはHis-Tag 乃至GFP-エメリン法を用いる。エメリン分子の細胞内動態に関しては各種欠失変異体を構築し、HeLa 細胞、C2C12 細胞等に過剰発現系を作り検討する。また必要に応じて共焦点レーザースキャン顕微鏡・ビデオカメラ等にて検討する。とりわけ、細胞周期に伴う核膜の分離・再構築機転と細胞内 trafficking に最大の注意を払う。遺伝子治療を目指した基礎的研究としては、患者皮膚線維芽細胞の分子遺伝学的、免疫細胞学的分析と、今後用いていきたいベクタ-について検討する。さらに、エメリン結合タンパクの検出とノックアウトマウスの作製準備等を開始する。
結果と考察
今年度は日本人エメリー・ドレイフス型筋ジストロフィーの臨床データベースを発展させた。特にエメリー・ドレイフス型筋ジストロフィーと臨床像が酷似する強直性脊椎症候群(RSS)を国立精神・神経センター組織細胞バンク5,000例を検索し、8例中1例にエメリン遺伝子の変異とエメリンの欠損を発見した。このことから、RSS の中にはX-EDMDオーバーラップが存在することが判明した。これらの事実は、潜在的患者の指摘されるRSS の積極的な分子遺伝学的診断と、適切な心ペ ースメーカーの 装着の重要性を示唆するものである。なおX-EDMDの心筋障害の臨床遺伝医学的検討から、本症が実は右房拡張型心筋症で、心臓のchamber-specific 遺伝子発現の異常のある可能性が示された。
次にX-EDMDにおけるエメリン遺伝子変異検出法の確立と国際データベースの共有を行った。関係者の協力により、家族例・弧発例を含めこれまでに発見されたSTA遺伝子異常はインターネット上で公開された ( http://www.path.cam.ac.uk/ emd/mutation.html )。
ヒトemerinの全長型および様々な領域の欠失変異体を哺乳類細胞発現ベクターに組込み、サル線維芽細胞COS-7およびマウス筋芽細胞C2に導入した。内在性分子との識別のためにc-Myc epitopeまたはgreen fluorescent protein (GFP) を付加し、蛍光免疫染色および直接蛍光観察によって細胞内局在を検討した。さらにGFP融合emerin変異体については、C2にベクターを導入した後、薬剤選択により安定発現株を樹立し、増殖培地および分化培地において培養し比較検討した。
全長型emerinは、培養細胞における過剰発現系においても大部分は正しく核膜への局在を示したが、一部は細胞質膜へ移行した。N末端約100残基を欠失した変異体も全長型と同様の局在を示したが、中間領域を欠失した変異体は大部分が細胞質膜へ分散した。疎水性領域を欠失した変異体は核内および細胞質に一様に分散し、細胞内安定性は他の変異体に比べて有意に低下していた。このように今年度の研究で、エメリンの細胞内動態と核内膜へのターゲッティングの機能ドメインが同定された。これはAD-EDMDの原因遺伝子の一つがエメリンと近接するラミンA/Cであることが判明した事実と併せて極めて重要であり、今後の病態研究の貢献するものである。
エメリン遺伝子の発現実験では、日本人EDMD患者2名の皮膚線維芽細胞を培養しそのエメリンの発現を抗エメリン抗体を用いた免疫細胞染色法とWestern blot により検討した。この2名の患者の遺伝子異常は患者1がスプライス接合部の変異によりイントロン5がmRNAに残るというもので、患者2では1塩基の欠失によりフレ-ムシフトが起こり早くにストップコドンが生じるものであった。エメリンに対する抗体を用いて正常培養線維芽細胞を染めると、その核膜と僅かに細胞質が染まるが、患者1の線維芽細胞では全く染まらず、患者2も同様であった。線維芽細胞ではエメリンが別の機能を有し、その欠損が腱の拘縮に関与する可能性があるかもしれない。Western blotでも同様の結果を得た。
EDMDには心伝導障害による突然死が報告されており現在有効な治療法はなく、将来的に遺伝子治療が期待される疾患の1つと考えられる。そこで我々は、ウイルスベクタ-を用いたエメリン遺伝子の導入実験を計画し、まずアデノウイルスベクタ-にヒトのエメリンcDNAとCMVプロモ-タ-とポリAを組み込んだ。さらに、エメリン・ノックアウトマウスの作製を進めている。現在ライン129のBACライブラリーのスクリーニングを終えゲノム・コンストラクトの作成段階となった。ウイルスベクタ-を用いたエメリン遺伝子の導入実験計画では、僅かに発現するウイルス蛋白の免疫原性が目的蛋白の発現持続期間を制限し再投与の効果が期待しがたいという問題点が知られているが、この問題を解決すべく新世代アデノウイルスベクタ-の開発など様々な工夫が試みられているところである。最近アデノ随伴ウイルスベクタ-(以下AAVベクタ-)が注目を集めつつある。我々はヒトのエメリンcDNAとCMVプロモ-タ-とポリAをAAVのITRをもつプラスミドに組み込みAAVを作製している。
結論
今年度の研究でエメリン分子の機能ドメインの解析が進展し、エメリン関連タンパクないしエメリン結合タンパクの発見への手掛かりも得られた。今後さらに ubiquitous 存在するエメリン欠損が、何故臓器特異的とも言える、臨床的3主徴:(1)関節の早期拘縮、(2)筋萎縮・筋力低下および(3)重篤な伝導障害を伴う心筋症をもたらすのか、などの本質的な疑問に対する解答を探して行く事が急務となった。なおかつ遺伝子治療を含めた特異的治療法の開発を目指し、モデル動物の獲得が急がれる。

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