新しい薬理学的および生物学的ツールを利用したグルタミン酸受容体コ・アゴニスト療法の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199800373A
報告書区分
総括
研究課題名
新しい薬理学的および生物学的ツールを利用したグルタミン酸受容体コ・アゴニスト療法の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
和田 圭司(国立精神・神経センター神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 関口正幸(国立精神・神経センター神経研究所)
  • 西川徹(国立精神・神経センター神経研究所)
  • 篠崎温彦((財)東京都臨床医学総合研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
45,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
有効な治療薬のない難治性の神経疾患においてグルタミン酸受容体コ・アゴニスト療法という新しい療法を臨床的に確立することである。その達成にむけてPEPA(4-[2-(Phenylsulfonylamino)ethyl-thio]-2,6-difluoro phenoxyacetamide)、Dセリン、グルタミン酸輸送蛋白欠損マウス、アルファアミノピメリン酸という申請者らの独自性が高い薬理学的・生物学的ツールを導入する。コ・アゴニストとは神経伝達物質受容体において神経伝達物質ー受容体の相互作用を修飾し受容体活性を最大限にまで引き出す物質のことである。コ・アゴニストシステムに働く薬物は、神経伝達物質結合部位に直接作用する薬剤と違い、投与量等で薬効を容易にコントロールでき、毒性の出現を低く押さえることができる。今年度はAMPA型受容体のコ・アゴニストであるPEPAの薬理作用を細胞レベルで、またNMDA型受容体のコ・アゴニストであるDセリンエチルエステルの運動失調症改善作用をモデルマウスを使用し昨年度に引き続き検討した。さらにDセリンの代謝経路・生理機能を解明のためのツールの開発を試みたほか、代謝型グルタミン酸受容体の解析を通して新規のグルタミン酸トランスポーターの可能性を検討した。また生物学的ツールとして新たなグルタミン酸トランスポーター欠損マウスを作製・解析した。
研究方法
(1)PEPAシステムに関しては海馬の初代神経細胞やアフリカツメガエル卵遺伝子発現系を用いてPEPAの作用をカルシウムイオン濃度画像解析法、パッチクランプ法にて検討した。(2)Dセリンシステムに関しては1)Dサイクロセリンの抗運動失調作用について小脳変性モデルマウスを用いてオープンフィールド法で検討した。2)代謝・生理機能については各組織のD-セリン濃度を測定したほか、RAP-PCR法によりD-セリンに反応する遺伝子群の同定を行った。また昨年同様Dセリントランスポーター遺伝子の発現クローニングを試みた。(3)代謝型グルタミン酸受容体に関してはアルファアミノピメリン酸のmGluR応答増強作用を生後1-6日の新生ラット摘出脊髄標本における単シナプス反応を指標に各種陰イオン輸送阻害剤の存在下で測定した。(4)グリア型グルタミン酸トランスポーターGLAST遺伝子欠損マウスを常法に従い作製した。解析は病態生理学的に行った。
結果と考察
(1)PEPAシステムに関して、AMPAに対する反応性(カルシウムイオン濃度変化)がPEPA添加により増強することを海馬初代培養系で見出した。増強の程度は一定でなく個々の細胞により異なっていた。同様な多様性はアフリカツメガエル卵遺伝子発現型においてAMPA受容体のスプライスバリアントの比を変化させることによって人工的に再構築することが出来た。また、PEPAは分散培養系において神経細胞の自発性微小シナプス後電流の減衰時間経過に影響を与えないことを見出した。さらにアフリカツメガエル卵を用いた遺伝子発現系とパッチクランプ法を組み合わせ、既存のAMPA受容体増強薬が脱感作とDeactivationの二つの過程の両方を修飾するのに対しPEPAは脱感作は強く抑制するがDeactivationには殆ど作用しないことを確認した。(2)D-セリンに関しては、1)シトシンアラビノシド処理により作製された小脳変性マウスにおいてD-セリンエチルエステルの抗運動失調効果がグリシン結合部位の拮抗剤である5,7-dichlorokynurenateにより抑制されることを確認した。またD-セリンエチルエステルはreelerマウスには有効であるがstaggererマウスには無効であった。2)Dセリンの代謝経路を解明する
うえで一部の脳腫瘍細胞がモデル系として有用である可能性を見出し、生理機能に関与する新規遺伝子の断片を単離した。(3)代謝型グルタミン酸受容体に関しては、強力なmGluRアゴニストであるF2CCG-I [(2S,1'S,2'S)-2-(2-carboxy-3,3-difluorocyclopropyl) glycine]を短時間暴露すると、それを完全に洗浄した後で、alpha-アミノピメリン酸は単独で単シナプス脊髄反射の著しい抑制を起こすようになることを確認した。キスカル酸プライミングの例に倣ってF2CCG-I プライミングと呼ぶがこの反応は陰イオン輸送阻害剤のDNDS (4,4'-dinitrostilbene-2,2'-disulphonic acid)の同時投与により用量依存的に抑制された。(4)その他GLAST欠損マウスを作製し、軽度の協調運動障害があり、急性障害に対する防護力が小脳で低下していることを見出した。
昨年度及び今年度の解析から、既存のAMPA受容体活性増強薬が受容体の脱感作とdeactivationの両方を修飾するのに対し、PEPAはdeactivationには影響を及ぼさないことを確認した。PEPAのこの分子薬理学的特徴を海馬の分散培養系の解析に応用したところ、PEPAは神経細胞の自発性微小シナプス後電流の減衰時間経過に全く影響を与えないことを見出した。このことは自発性微小シナプス後電流の制御にAMPA受容体の脱感作は関与していないことを示唆する。また、海馬神経細胞の初代培養を用いて、反応増強度を指標にすることにより、PEPAが神経細胞の多様性を数値的に検出することを示した。同様の数値分布はアフリカツメガエル卵で発現するAMPA受容体のスプライスバリアントの比を変化させることで近似することが出来た。このことは発現するAMPA受容体の分子種の違いが神経細胞の多様性に反映されていることを示唆する。
Dサイクロセリン、 Dセリンエチルエステルに運動失調症改善作用を認めることは昨年度報告した。今年度はNMDA受容体ストリキニン非感受性グリシン部位の拮抗剤の同時投与によりDセリンエチルエステルの運動失調症改善作用が抑制されることを示した。これによりDセリンエチルエステルの作用は実際個体レベルでもNMDA受容体を介してのものであることがほぼ確定した。また、D-セリンエチルエステルはreelerマウスには有効であったがstaggererマウスには無効であった。このことはD-セリンエチルエステルの効果は病型に依存する可能性を示唆する。Dセリンは内在性因子として神経回路機能の制御に独自のシステムを構築している可能性が強く、 Dセリン代謝経路の制御により運動失調症をはじめとする各種の神経疾患が治療される可能性もある。Dセリンの代謝・生理機能についてはまだ全容が明らかでないが、モデル系の開発や調節遺伝子群の単離が展望できる結果が得られた意義は大きい。
代謝型グルタミン酸受容体の解析でF2CCG-I プライミングが陰イオン輸送阻害剤のDNDSの同時投与により用量依存的に抑制されることが判明した。昨年F2CCG-I プライミングの作用機序の検討から新たなグルタミン酸トランスポーターの存在の可能性を示したが今年度の結果と合わせこのトランスポーターは陰イオン依存性の新規のグルタミン酸トランスポーターである可能性が強まった。
新たに作製したGLAST欠損マウスでは急性障害に対する防護力が小脳で低下しており、軽度の協調運動障害も存在した。この結果はGLAST欠損マウスにおいてもグルタミン酸興奮毒性の影響が個体レベル存在することを示唆するものと思われる。
結論
Dセリン誘導体による運動失調療法は動物レベルでほぼ確立された。今後は早期にヒトへの応用に取り組む必要があろう。PEPAに関しては応用性の高い薬理学的特徴が改めて明らかとなった。今後の解析で治療対象疾患を特定していきたい。また、新たな生物学的・薬理学的ツールの開発が展望出来る結果を得た。

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