多発性硬化症の病態機構と新しい治療法開発に関する研究

文献情報

文献番号
199800372A
報告書区分
総括
研究課題名
多発性硬化症の病態機構と新しい治療法開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
山村 隆(国立精神・神経センター神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 原英夫(九州大学脳研神経内科)
  • 高昌星(信州大学第三内科)
  • 田平武(国立精神・神経センター神経研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
35,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
難治性自己免疫疾患多発性硬化症 (multiple sclerosis; MS)は自己免疫性T細胞の介在する自己免
疫病であり、免疫学の理論に則った治療が成功することが期待されている。我々は、これまで独自にMSの
免疫学的機構に関する研究を行ってきたが、これまで主に癌の研究者のテーマであったnatural killer (NK)細
胞やnatural killer T (NK-T)細胞が自己免疫病予防、または制御の鍵を握る細胞であることを明らかにした (J.
Exp. Med. 186: 1677-1687, 1997; 論文投稿中)。本研究の目的は、多発性硬化症における免疫調節機構の異常
を明らかにし、それらを矯正し疾患の制御に結びつくような方法を開発することにある。主任研究者は特に
NK細胞とNK-T細胞を介した免疫調節に焦点を絞ったが、分担研究者はT細胞抗原受容体特異的T細胞を
介した調節、B7分子を介した調節、グリアーT細胞相互作用に関する分子機構の解明などの研究を行い成
果があがった。
研究方法
A) NK細胞とNK-T細胞の研究に利用した感作EAEは、ミエリン・オリゴデンドロサイト糖蛋白(MOG)35-55
ペプチドと完全フロイントの免疫によった(詳細はJ. Exp.Med. 186: 1677-1687, 1997に記載)。受身型EAE
はMOG35-55特異的T細胞株の移入によって誘導した。TCR Jα281-/-マウスは、千葉大学谷口克教授より供
与を受けた。α-galactosyl ceramide(α-GalCer)治療実験には、wild-type C57BL6 (B6)マウス、IL-4-/-マウス、IFN-
γ-/-マウスを利用し、α-GalCerはEAE誘導操作を加えて2日以内に腹腔内投与した(2 μg/mouse)。α-GalCer
でパルスした抗原提示細胞による治療実験は、B6マウスの脾細胞を用いて行った。すなわち脾細胞をα-
GalCer単独、あるいは抗B7-2抗体、抗B7-1抗体単独、または各々の抗体とα-GalCerにより4時間パルス
し、よく洗浄してから静脈内に移入した(1 x 107個/マウス)。
B) グリア細胞による免疫調節の解明には、マウス由来のアストロサイト細胞株 (G26-24)を培養し、IFN-_
で処理したアストロサイトの1st strand cDNAより、未処理のアストロサイトのmRNA をsubtraction し、一
本鎖のsubtracted cDNA ライブラリーを作成した。これをプローブとして先に作成しておいたIFN-γで処理
したアストロサイト由来のcDNA ファージライブラリーをスクリーニングした。
C) タイラー脳脊髄炎ウイルスによる免疫性脱髄疾患(TMEV-IDD)はSJL/Jマウスの右大脳半球にタイラ
-脳脊髄炎ウイルスBeAn8386を脳内感染させて誘導した。
D)カニクイザルのEAEは同種脳と結核菌死菌のホモジネートの接種によった。
結果と考察
A-1) wild-type B6マウスでは、MOG35-55感作後12-18日後にmildなEAEの発症を見た。一
方、NK-T細胞を欠損するJα281-/-マウスでは、一週間以上も早期に発症した(免疫後5-8日)。このような
早期発症は、これまで報告がないだけでなく、EAEを誘導する脳炎惹起性T細胞が、数少ない未分化な前駆
細胞から誘導されるというこれまでのドグマを否定するものである。以上の実験の結果、これまで抗体を使
った実験により示唆されていたNK-T細胞のEAEに対する免疫調節効果が、疑いのないものとなった。こ
れまで我々は、MSの末梢血においてNK-T細胞数が著明に減少していることを報告しているが、MS病態
において大変重要な意味を持つ現象ではないかと考えられるに至った。
A-2) NK-T細胞のないマウスでは、感作EAEの早期発症に伴って血清中IFN-γの著明な上昇が見られた。
抗IFN-γ抗体をin vivo投与したところ、発症は5日以上遅延した。すなわち、EAEの早期発症にIFN-γの
関与することが明らかになった。
A-3) 受身型EAEの発症日はwild-type B6マウスでもJα281-/-マウスでも差がなく、NK-T細胞の調節効果
は主にinduction phaseに向けられていることがわかった。
A-4)α-GalCer単回投与によるEAEの治療実験の結果、wild-typeマウスのEAEはまったく修飾されなか
った。一方、IL-4-/-マウスのEAEは有意に増悪し、またIFN-γ-/-マウスのEAEは有意に抑制された。これら
の結果は、NK-T細胞がIL-4とIFN-γを重要なmediatorとして使っているという事実からうまく説明される。
すなわち、α-GalCerによる刺激の結果、wild-typeマウスのNK-T細胞は、 機能的に等しい量のIL-4とIFN-
γを放出するために見かけ上EAEの増悪も抑制も起こらない。しかし、 IL-4またはIFN-γがノックアウト
された条件では、それぞれIFN-γの効果(疾患増悪)、 IL-4の効果(疾患抑制)が顕著に見られるものと考
えられる。
A-5) つぎにwild-type B6マウスのNK-T細胞を刺激してIL-4産生のみを誘導するような条件を探った。T
細胞の研究では、costimulation signalを阻害するような条件下でTCRシグナルを入れると、疾患抑制的なサ
イトカイン(IL-10やIL-4など)の産生が誘導できることが報告されている。そこで、wild-type B6マウスの
NK-T細胞を、さまざまな抗体の存在下においてα-GalCerで刺激し、培養上清中のIFN-γ とIL-4を測定し
た。その結果、抗B7-2抗体存在下の刺激では、IL-4の産生が増強され、かつIFN-_産生が完全に阻害される
ことがわかった。そこで、抗B7-2抗体とα-GalCerの存在下に、wild-type B6マウスの脾細胞を4時間培養し、
良く洗浄したあとMOG35-55で感作を受けたマウスに注入した。その結果、対照の脾細胞(抗体単独、または
α-GalCer単独)に比較して、抗B7-2抗体とα-GalCerで培養した脾細胞は、明らかにEAE症状を軽減させ
た。α-GalCerによる転移癌の治療実験は既に報告されているが、自己免疫病が糖脂質で治療できたという
報告はこれまでない。IFN-γ産生を誘導しない条件を探索した結果、抗B7-2抗体+α-GalCer投与の有効性
を見いだし、α-GalCerによるEAE治療の成功に至った。これまで報告のない成果であり、今後大きな展開
が期待できる。
B-1) IFN-γで処理したアストロサイトに特異的に発現しているcDNA、100クローン が得られた.全クロ
ーンをシークエンスし homology 検索をNIH の gene database を用いて行った。既知のクローンは47クロ
ーンで、その中にはheat shock protein やMHC class I などが含まれていた。一部 homology が認められた
クローンは7個で、espin などの遺伝子と50-100 塩基 の範囲でhomology が認められたが、残りの46クロ
ーンは全く未知のクローンであった.
B-2) 未知の cDNA クローンを動物細胞発現ベクターに組み込み、CHO cell line へ遺伝子導入し蛋白を発
現させた.一方で、SJL/J マウスよりMBP反応性T 細胞株を作成し、これを遺伝子導入した CHO cell line
の上で共培養し、T 細胞にapoptosisが誘導されるか解析した。その結果、数個のクローンにおいて、T 細
胞のapoptosisの誘導が認められた。多発性硬化症の動物モデルEAEにおいては、脳炎惹起性T細胞の脳内
アポトーシス誘導が示唆されている。この研究は、グリア細胞由来因子の中に脳内免疫応答を強力に制御す
るものがあるという予測のもとに開始されたが、今回未知の物質の中からT細胞抑制活性を持つ物質を同定
できた。脳内免疫応答の遺伝子治療などに有用である可能性があり、今後も研究を継続する必要がある。 
C) TMEV-IDDは抗B7-1抗体投与により明らかに抑制された.また抗原特異的遅延型過敏反応,抗原特異
的T細胞増殖アッセイともに抗B7-1抗体投与群で低下がみとめられた。また、炎症性サイトカインである
TNF-α,IFN-γの産生能の低下、IL4,IL10などのTh2系サイトカインの比較的優位が確認された。
D)カニクイザルEAEの末梢血でCD8陽性NK細胞とCD8陰性NK細胞の動態に明らかな乖離が見られ、
NK細胞が機能的なサブセットに分離される可能性が示唆された。
結論
多発性硬化症の動物モデルを用いた検討により、その免疫調節機構の一部が明らかになった。NK細胞
やNK-T細胞の重要性、グリア由来因子の関与、B7分子の役割などに関する新しい知見が得られた。またNK-T
細胞を糖脂質リガンドで刺激することにより、治療効果の得られることも明らかになり、新しい治療法の開
発へと弾みがつくこととなった。

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