神経疾患の克服に関する研究 (Caチャンネル異常による小脳失調症の発症機序の解明)

文献情報

文献番号
199800371A
報告書区分
総括
研究課題名
神経疾患の克服に関する研究 (Caチャンネル異常による小脳失調症の発症機序の解明)
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
水澤 英洋(東京医科歯科大学神経内科学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 田邊勉(東京医科歯科大学薬理学講座)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
35,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
脊髄小脳変性症は他の神経変性疾患と同様、現在なお根本的治療法のない神経難病の一つであり、早急に治療法の開発が望まれている。本研究の目的は、α1A-Caチャンネル遺伝子のCAGリピートの異常伸長によって生ずるSCA6において、Caチャンネルの機能障害の有無・内容・機序・程度を明らかにするとともに、小脳プルキンエ細胞がほぼ選択的な細胞死をきたすメカニズムを解明することである。そして、その解明された機序にもとづいて、機能障害を回復し、神経細胞死を抑制する新しい治療法を開発するという最終目標へ向けて基礎的検討を行うことである。SCA6は多数の脊髄小脳変性症の中で唯一原因遺伝子の機能が判明しており、Caチャンネルに関しては基礎データも多く、最も早く機能異常と発症機序が解明できることが期待される。また、小脳プルキンエ細胞がほぼ選択的に障害されるため,その病態解明と治療法の開発はSCA6はもとより、脊髄小脳変性症に限らず数多くの小脳疾患においても役立つものと思われる。
研究方法
1)診断等検索を依頼される多くの症例を加え、より多数例についてSCA6の発症年齢、臨床症候、MRI検査所見など臨床的表現型と遺伝子型すなわちCAGリピート数との関係を分析する。2)患者の剖検脳組織よりcDNAをクローニングし、α1A-Caチャンネル遺伝子の全塩基配列を明らかにしてCAGリピートの異常伸張以外の変異の存在を検索する。3)正常およびCAGリピートの異常伸張したα1A-Caチャンネル遺伝子を、HEK、PC12などの培養細胞に導入した発現系を作製する。4)この発現系を用いてパッチクランプ法により正常遺伝子とCAGリピートの異常伸張した遺伝子のそれぞれのCaチャンネルの機能を解析する。5)この発現系における細胞死の有無と異常蛋白との相互関係の検討を行う。6)3例の剖検脳につき、小脳内での病変の分布また小脳外病変の有無と程度など神経病理所見を詳細に検討する。ユビキチンに対する免疫染色により他のCAGリピート病でみられる核内封入体について検索する。7)脳の種々の部位におけるCAGリピート数を明らかにし、神経病理所見との比較検討を行う。8)脳の種々の部位におけるα1A-Caチャンネル遺伝子の発現状態をmRNAならびに蛋白レベルで検索する。そのために特異抗体を作製する。9)SCA6と臨床的には区別できない、いわゆるnon-SCA 6につき、原因遺伝子解明のため連鎖解析を進める。10)トランスジェニックマウスを作製する。
結果と考察
1)表現型と遺伝型の対応について、さらに症例を増してCAGリピート数と発症年齢の逆相関を証明し、SCA6におけるCAGリピート伸長の病原性を確認した。小脳症状以外の症候についてはやはりまれであった。他の報告では一見小脳症状以外の症候を強調するかのようなものもあるが、今後、加齢の影響等も含め慎重な検討が必要と思われた。2)患者の剖検脳組織よりクローニングしたα1A-Caチャンネル遺伝子の塩基配列にはCAGリピートの異常伸張以外には大きな変異は認められなかった。このことはCAGリピートの異常伸張の病原性をさらに示唆している。3)3例の剖検脳の詳細な神経病理学的検討で、小脳と下オリーブ核以外には大脳、海馬を含めSCA6によると思われる病変はみられなかった。小脳では、小脳虫部のプルキンエ細胞が常にかつ最も高度に減少しており、顆粒細胞や延髄の下オリーブ核神経細胞はプルキンエ細胞減少の程度の強い症例でのみ減少を示していた(J Neurol Neurosurg Psychiatr、印刷中)。すなわち、SCA6における主病変はプルキンエ細胞のほぼ選択的な変性であると思われる。いわゆるユビキチン化核内封入体はみられず、他のCAGリピート病とは異なってい
た。4)2例において脳の種々の部位におけるCAGリピート数を検討したが、Machado-Joseph病など他のCAGリピート病とは異なり、全てで同一と全く安定であった(J Neurol Neurosurg Psychiatr、印刷中)。5)α1A-Caチャンネル遺伝子のmRNAはヒトの中枢神経系に広汎に発現しているが、プルキンエ細胞に格段に多く、病変の選択性と一致していた。変異蛋白の発現もプルキンエ細胞に特異的に特徴的パターンでみられたが、やはり核内封入体はみられず、他のCAGリピート病とは異っていた(論文投稿中)。6)クローニングした正常およびCAGリピートの異常伸張したα1A-Caチャンネル遺伝子を、HEKやPC12などの培養細胞に導入した発現系を作製した。7)まずHEK細胞の発現系にてパッチクランプ法によりCaチャンネルの機能を解析したところ、異常遺伝子を導入してもかなりのCa電流は観察されることが判明した。さらにβサブユニットやG蛋白によるモジュレーションを検討している。8) 異常遺伝子を導入したHEKなどの培養細胞でも、変異蛋白が異常なパターンで発現し、アポトーシスにより細胞死をきたすことが判明した(論文投稿中)。9)ヒト型の疾患遺伝子型を持つトランスジェニックマウスの作製を開始した。10)SCA6と臨床的には区別できない、いわゆるnon-SCA 6について、連鎖解析によりその大部分の症例を説明する新しい遺伝子座を同定した(論文投稿中)。
結論
1)SCA6において、CAGリピートの異常伸長は疾患の原因としての意義を有すると思われる。2)SCA6は、神経病理学的に小脳プルキンエ細胞のほぼ選択的な障害を特徴とし、臨床的にも小脳症候以外の症候はまれである。記載されている小脳症候以外の症候はについては、それらが真にSCA6によるかどうか今後検討が必要である。3)変異蛋白の発現は他のCAGリピート病と異なり、ユビキチン化核内封入体ではなく別の特徴的パターンで認められる。4)SCA6におけるα1A-Caチャンネル遺伝子のCAGリピートの異常伸長は、他のCAGリピート病と異なり脳の各部位できわめて安定である。5) ヒト脳におけるmRNAの発現も広汎にみられるが、プルキンエ細胞に格段に多く、その選択的障害を説明するものと思われる。6) 変異α1A-Caチャンネル遺伝子を導入したHEK細胞においても、変異蛋白が異常なパターンで発現しており、アポトーシスによる細胞死を生じているものと思われる。7) 変異遺伝子導入HEK細胞でも相当のCaチャンネル機能は保たれていると思われる。8) 表現促進現象が顕著でない、CAGリピート数が正常でも小さく、また異常伸長の程度も小さい、CAGリピート数が世代間でも同一個体内の各部位間でもきわめて安定である、核内封入体がみられない、変異蛋白の発現パターンが特異であるなど、SCA6は他のCAGリピート病とは異なる特徴を有する。したがって、SCA6の発症機序が他のCAGリピート病と同じかどうかに係わらず、現在、他のCAGリピート病で議論されている核内封入体の意義など多くの問題について新しい視点を与えるものと期待される。9) 本邦の遺伝性皮質性小脳萎縮症のSCA6以外の残りの約半数を占めるnon-SCA6の大部分は、新しい遺伝子座に連鎖するものと推定される。これにより本邦のほとんどの脊髄小脳変性症の原因遺伝子あるいは遺伝子座が判明したことになる。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-