抗精神病薬に抵抗性の分裂病症状の成因解明と治療法開発に関する研究

文献情報

文献番号
199800367A
報告書区分
総括
研究課題名
抗精神病薬に抵抗性の分裂病症状の成因解明と治療法開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
西川 徹(国立精神・神経センター神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 関口正幸(国立精神・神経センター神経研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
33,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
分裂病は、およそ0.8%の高率で出現し、薬物療法を行っても半数以上の患者が十分な社会復帰を果たせず、入院患者数は20万人以上にものぼる重大な疾患である。多くが思春期から20才台にかけて発症して寛解と再燃を繰り返しながら慢性に経過するため、患者は人生の大半を自己の能力を発揮できないまま過ごすことを余儀なくされ、本人や家族の苦しみと社会的な損失は計り知れない。したがって、発症予防はもちろん、症状の再燃および慢性化の予防法や、既存の抗精神病薬に抵抗する症状に対する治療法を開発することが、医学的にも社会的にも急務となっている。本研究は、抗精神病薬に抵抗性の分裂病様症状を引き起こすphencyclidine(PCP)その他のNMDA型グルタミン酸受容体遮断薬の脳に対する作用を分子レベルで明らかにし、こうした薬物の効果を抑制する物質を研究することによって、難治性分裂病症状の成因を解明し、新しい治療法を見いだすことを目的とする。さらに、分裂病が陽性・陰性双方の症状を伴って思春期以降に発症することや、分裂病様症状発現薬の作用も発達に従って変化する現象を手がかりとして、分裂病の発症の分子機構についても検討を行う。一方、申請者らは既に、PCPの作用にD-セリンとその誘導体が拮抗し、D-セリンが脳の内在性物質であることを見いだしていることから、D-セリンの代謝および機能の研究を進め、分裂病の病態との関連や新たな治療法開発への応用について検討する。また、これまで知られていなかったAMPA受容体等、NMDA受容体以外のグルタミン酸伝達機構と分裂病との関連を調べる。
研究方法
(1) 分裂病様症状発現薬に応答する遺伝子の解析:(a)RNA arbitrarily primed PCR(RAP-PCR)および定量的RT-PCR;生後8日齢および50日齢の動物にmethamphetamine(MAP)またはPCPと生理食塩水を投与後1時間で断頭し、大脳新皮質よりtotal RNAを抽出した。random hexamer によって合成したcDNAをテンプレートとし、12merからなるプライマーを用いてarbitrarily primed PCRを行った。得られたfingerprint上で50日齢特異的に発現誘導が変化するcDNAバンドをクローニングし塩基配列を決定した。さらに、RAP-PCRクローンに基づいてoligo dT-primed cDNAをクローニングし、対応する遺伝子の構造を解析した。Fingerprintによる結果を確認するため、random hexamerを用いて合成したcDNAの希釈系列を用いてRT-PCRを行い、exponentialな増幅条件下で相対的に発現量を比較した。また、各個体のサンプルにおける絶対的な発現量を検討する実験では、各個体の一定量のRNAからcDNAを合成し、既知濃度のポイントミューテーションを導入したcDNA断片をcompetitorとしてcompetitive RT-PCRを行った。(c)ノーザンブロット分析;薬物あるいは生理食塩水投与1時間後のラットの大脳新皮質、あるいは無処置ラットの脳各部位と各末梢臓器からtotal RNAを調整し、oligo dT-celluloseカラムを用いた精製によりpoly(A)-positive fractionとしてノーザンブロット分析を行った。(d)アンチセンスオリゴマーを用いた行動実験;mrt-1の翻訳開始コドンを含む配列に対するアンチセンスS-オリゴマーを合成し、脳室内注入用チューブ付の浸透圧ミニポンプを用いて動物に7日間持続的に投与した。対照群には同じ塩基組成、塩基数で配列をランダムに並べ替えたミスセンスS-オリゴマーを用いた。各オリゴマーを150mM NaClに溶解して0.5、1.0、または2.5μg/μlとして充填し、これをpentobarbital麻酔下で皮下に装着した(注入1日目)。注入開始3~7日目の5日間に、1日1回、MAP(4.0mg/kg、腹腔内注射)または生理食塩水を反復投与し、9日目に
麻酔下で浸透圧ポンプを取り出した。さらに19日間休薬した後、少量のMAP(1.6mg/kg)をチャレンジして行動変化を観察した。
(2) 内在性D-セリンの代謝および機能の解析:ラット脳内細胞外液中のD-セリン濃度は、脳内微小透析法を用いて調べた。D-セリン量は、蛍光検出器付き高速液体クロマトグラフィーを使って定量した。さらに、[3H]D-セリンの脳分画における取り込みと放出を検討した。存在が予想されるD-セリントランスポーターの遺伝子クローニングは、アフリカツメガエル卵母細胞の遺伝子発現系を用いて試みた。D-セリンの代謝や機能に関連する未知分子を検索する方法のひとつとして、RAP-PCRを用い、D-またはL-セリンのを全身的に投与した生後8日令のラットの脳内で発現が変化する遺伝子転写産物を解析した。
(3)AMPA受容体の解析:AMPA受容体アロステリックアゴニストのPEPA(4-[2-(phenyl-sulphonyl-amino) ethylthio]-2,6-difluorophen-oxy-acetamide)または溶媒を注射したマウスに、覚醒剤(MAP)やPCPを投与し、移所運動量増加、運動失調などの変化を赤外線ビームモニター装置を用いて70~90分間経時的に記録・観察した。
結果と考察
(1)分裂病様症状発現薬に応答する遺伝子の研究:初年度に続き、西川らは分裂病関連候補遺伝子としてラット大脳新皮質からMAPまたはPCPに対する応答性が生後発達にともなって変化する遺伝子群を検索した。昨年度までに検出したMAP応答性新規遺伝子転写産物mrt-1、mrt-2およびmrt-3のうち、mrt-1とmrt-3の解析を進め、(a)双方ともMAPだけでなくコカインによっても発現誘導され、分裂病の幻覚・妄想状態の再燃モデルである行動感作が成立されるようになる生後3週令頃からMAPにより誘導されること、(b)mrt-1は少なくとも4種類のsplicing variantsが存在し、mrt-1の翻訳開始点を含む領域に対するアンチセンスオリゴヌクレオチドはMAPによる行動感作の形成を阻害すること、(c)行動感作が成立している動物ではmrt-1の基礎的発現量が上昇するが、MAPを投与しても急性投与時のような増大は認めら得ないことなどを明らかにした。一方、PCPによって発達依存的に誘導される遺伝子としてsynapse-associated protein (SAP) 97遺伝子が検出され、MAPおよびコカインにはほとんど応答しないことがわかった。PCPが陽性・陰性双方の分裂病様症状を引き起こし、MAPやコカインは主に陽性症状を発現させることを考えあわせると、以上の所見は、少なくともmrt-1が分裂病の陽性症状の分子機構に、SAP97遺伝子が陰性症状と関連する可能性を示唆している。
(2)内在性D-セリンに関する研究:西川らは、ラット大脳皮質のP2分画で一度取り込まれたD-セリンの脱分極刺激に非依存的な遊離を見いだし、in vivoダイアリシス法の結果から推測されているように少なくともグリア細胞のキャリア蛋白によってD-セリンの放出が生ずると考えられた。またラット前頭葉皮質においては、GABA-A受容体が、内在性D-セリンの細胞外への放出のtonicな促進的調節に関与することが示唆された。
(3)AMPA受容体に関する研究:関口らは、AMPA受容体の新しいアロステリック修飾物質PEPAが、MAPにより誘発される異常行動を弱いながらも有意に抑制することを見出し、分裂病症状とAMPA受容体との関連が示唆された。
結論
(1)ラットの大脳新皮質から、分裂病様症状発現薬のMAP(mrt-1およびmrt-3)あるいはPCP(SAP97)に対して生後発達にしたがって応答性を獲得する遺伝子群が見いだされ、それぞれ分裂病の抗精神病薬反応性症状(主として陽性症状)あるいは抵抗性症状(主として陰性症状)の発症や病態に関与する可能性が示唆された。現在、分裂病患者における変異を調べるため、ヒト相同遺伝子の単離・同定を進めている。
(2)内在性D-セリンの細胞外液中濃度が、GABA伝達によってtonicに調節されることを示すデータが得られ、この作用はGABA-A受容体を介して発揮されていることがわかった。
(3)AMPA受容体を介するグルタミン酸伝達が分裂病様症状を発現させるMAPの異常行動惹起作用に関与する可能性が初めて示唆された。

公開日・更新日

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