アルツハイマー型痴呆の病態に関する研究:βアミロイドとプレセニリンの病因的意義の解明

文献情報

文献番号
199800363A
報告書区分
総括
研究課題名
アルツハイマー型痴呆の病態に関する研究:βアミロイドとプレセニリンの病因的意義の解明
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
岩坪 威(東京大学大学院薬学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 丸山敬(東京都精神医学総研)
  • 西道隆臣(理研脳科学総研)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
33,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
アルツハイマー病(AD)の大多数は弧発例であるが、βアミロイドペプチド(Aβ)、ことに第42残基で終わるAβ42の蓄積によって導かれるアミロイド蓄積は、弧発例を含む全てのADに共通する病理学的特徴である。このためAβ42分子種の産生を抑制することは、ADの根本的治療法として、最も有望な方法の一つと考えられる。本研究においてはADの病態を、(1)Aβの産生機構、ことにその蓄積に大きな影響を与えるカルボキシ(C)末端の形成に関与するγ-secretaseの同定と作用機序の解明、(2)家族性AD (FAD)原因遺伝子presenilin (PS)のAD発症における役割、特にAβ産生機構に対する影響の解明、の2点を中心に明らかにし、その治療法開発に指針を与えることを目的とする。
研究方法
(1)PS2C末端のAβ42産生及び機能型PS複合体形成における役割:断片型・全長型PSのいずれががAβ42産生亢進能を持つ機能型かを知るため、断片型PS2をコードするcDNAを培養細胞に発現させ、Aβ分泌を検討した。さらにPS最C末端に着目し、3~7残基のアミノ酸欠損、6残基のアミノ酸付加、最終残基Ile448のアルギニンへの置換などのAβ42産生への影響を調べた。(2)γ-secretase候補分子に関する検討:SREBP切断酵素欠損細胞株M19のAβ分泌を検討した。(3) PS変異を有するFAD剖検脳の免疫組織化学的検討:50例以上のPS1及びPS2変異例剖検脳をAβC末端特異抗体で染色し、Aβ40,42蓄積量を免疫組織化学的に検討した。(4)トランスジェニック動物脳の免疫組織学的検討:変異PS1と変異APP遺伝子を共発現したダブルトランスジェニック動物脳のAβ蓄積と神経細胞脱落を組織学的に検討した。(5)PS1の細胞内トラフィッキングにおける役割の解明:PS1ノックアウト細胞を用い、APP以外の蛋白の運搬、成熟を検討した。(6)細胞内Aβ42産生部位の同定:細胞内各コンパートメントへの局在シグナルを付加したAPP分子を発現し、Aβ40,42の分泌を検討した。(7)脳アミロイド非Aβ成分の同定: AD脳のAβ以外の脳アミロイド構成蛋白を精製し、構造を解析した。
結果と考察
(1)PS2C末端のAβ42産生及び機能型PS複合体形成における役割:生体内に存在するPS蛋白のほとんどはプロセッシングを受けた断片型蛋白である。断片型PS2をコードするcDNAを培養細胞に発現させると、全長分子と異なり、Aβ42の分泌は全く増加しなかった(Tomita T et al. J Biol Chem, 1998)。さらにPS最C末端数残基の欠如、アミノ酸付加、最終残基Ile448のアルギニンへの置換もAβ42産生亢進及び断片型PSの安定化を阻害した(1999年Keystone Meeting口頭発表)。(2)γ-secretase候補分子に関する検討:SREBP切断酵素欠損細胞株のAβ分泌は全く正常であった(Tomita T et al. Neuroreport 1998) (3) PS変異を有するFAD剖検脳の免疫組織化学的検討:PS1及びPS2変異例ではAβ40,42蓄積量がともに増加していることを示した(第6回国際アルツハイマー病学会にて発表)。(4)トランスジェニック動物脳の免疫組織学的検討:変異PS1と変異APP遺伝子を共発現したダブルトランスジェニック動物脳においてAβ蓄積が顕著に促進されているが、顕著な神経細胞脱落は生じていないことを示した(平成10年日本痴呆学会にて発表)。(5)PS1の細胞内トラフィッキングにおける役割の解明:Sisodiaらとの共同研究によりPS1がAPLP1, TrkAなどAPP以外の蛋白の運搬、成熟に重要な機能を果たしていることを示した(Naruse S et al. Neuron, 1998)。(6) 細胞内Aβ42産生部位の同定:分泌Aβ42はAβ40とともにトランスゴルジネットワーク以降で産生されていることを証明した。(7)脳アミロイド非Aβ成分の同定: AD脳のprimitive plaqueを中心
に大量に蓄積する、Aβ以外の脳アミロイド構成蛋白として新規の50~100kDa蛋白を精製・同定した。現在そのcDNAクローニングを進めている(第6回国際アルツハイマー病学会にて発表)。
PSの病的機能を担うのは安定化とプロセシングを受けた断片型PSであること、そのAβ42亢進作用にはPS最C末端が重要な役割を果たすことが明らかになった。最C末端の役割としてはPSの安定化を保証する結合分子の結合部位として働く可能性、PS分子が安定化を受けるために必要なコンフォメーションをとるのに重要な役割を果たしている可能性が考えられる。今後PSC末端の役割をさらに追求することにより、PSを通じたADの発症機序と治療原理にヒントがもたらされるものと期待される。また新規に同定した50~100 kDaアミロイド成分は、非Aβアミロイド成分のmajor componentである可能性が高く、今後その構造と機能の追求が重要である。
結論
PSの変異がAβ42の産生を亢進させるメカニズムの追究は、AD全般の病因解明に重要な示唆を与えるものと考えられる。今後PSの正常・病的機能を保証する細胞内機構の解明が急務である。

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