精神分裂病の病因的異種性に関する研究

文献情報

文献番号
199800362A
報告書区分
総括
研究課題名
精神分裂病の病因的異種性に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
小島 卓也(日本大学医学部精神神経科学教室)
研究分担者(所属機関)
  • 倉知正佳(富山医科薬科大学医学部精神神経医学講座)
  • 岡崎祐士(三重大学医学部精神神経科学教室)
  • 有波忠雄(筑波大学基礎医学系遺伝医学部門)
  • 松島英介(東京医科歯科大学神経精神医学教室)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
43,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
精神分裂病(以下、分裂病)の成因については、環境因との相互作用を前提とした遺伝説と神経発達仮説が有力であり、前者においては遺伝因子(素因)が後者においては様々な環境因子がより重要となるが、未だ明確な結論は得られていない。分裂病の成因が解明されれば病態の把握が正確になり、治療と発病予防に飛躍的な進歩をもたらすと考えられる。そこでこの成因を明らかにするために、1)素因を反映する指標:高い感受性・特異性をもつ反応的探索スコア(探索眼球運動)、2)環境因を表す指標:胎生中期ウイルス感染の指標(血清抗体、ゲノム中のRNA)及び胎生期の虚血・栄養障害および産科合併症と関連する指標(出生児体重、指紋、微小奇形)、3)これらの因子が影響した結果を表す指標:脳の形態変化(MRIによるvolume、 neural tract )を用い、種々の分裂及び一卵性双生児不一致例を対象にして研究を進め、各指標による素因、環境因の抽出力を判定・評価する。そして、有効な指標を組み合わせて分裂病の成因的異質性を明らかにし、さらに素因マーカーである反応的探索スコアを指標とした分裂病の連鎖解析を行い関連遺伝子を同定し遺伝的異質性を解明することを目的とする。
研究方法
1.一卵性双生児を用いた分裂病の成因的異質性に関する研究
(1)探索眼球運動を用いた研究(松島、小島)
分裂病の一卵性双生児一致群7組14例、不一致群11組22名、健常群7組14名を対象に注視点の運動数、反応的探索スコア(RSS)を測定した。さらに、出産時障害なども併せて調べた。
(2)拡散強調脳画像(MRI-DI)による神経繊維走行の検討(岡崎)
一卵性健常双生児2組、分裂病不一致・一致各2組、男性分裂病患者3名、健常男性3名を対象とした。MRI-DIから各ROIの拡散異方性(ADC)の上下左右、前後の相対値を算出し、拡散異方性パターンを比較した。
2.各種分裂病を用いた病態生理学的異質性に関する研究(倉知)
健常者26例、分裂病患者26例の脳を高解像度三次元MRIを用いて測定した。
3.分裂病の素因マーカーとしての反応的探索スコア(RSS)の検討(小島、松島)
(1)分裂病の多発家系
分裂病患者の第1度親族に分裂病患者が1人いる分裂病患者24名、2人以上いる分裂病患者16名のRSSを調べた。
(2)分裂病患者の同胞
分裂病者13名、分裂病の健常同胞15名、健常者54名のRSSを調べた。
(3)1度の親族に分裂病がいる気分障害患者
1度の親族に分裂病がいる気分障害患者8名、家族歴のない気分障害患者15名、分裂病患者39名、健常者42名のRSSを比較した。
4.分裂病の遺伝的異質性の研究
(1)探索眼球運動(反応的探索スコア)をマーカーにした分裂病の連鎖解析(有波、小島)
現時点において、最終的に必要な患者と同胞の数(100組)の40%に対し探索眼球運動検査と採血を施行した。
(2)一卵性双生児分裂病不一致例のゲノムの差異に関する研究(岡崎)
要求血液量が少なくて済むRLGS(restriction landmark genome scanning)修正法の開発に取り組み、現在は本修正法によってRLGSパターンを得ている。
(3)分裂病のゲノム遺伝子の多様性に関する研究(有波)
分裂病患者のDNAを解析し、候補遺伝子の変異検索を行った。検出された変異について分裂病との関連の有無を明らかにした。関連があったものには細胞実験も行った。
結果と考察
結果
1.一卵性双生児を用いた分裂病の成因的異質性に関する研究
(1)探索眼球運動を用いた研究(松島、小島)
RSSについて、3群合わせた一卵性双生児同士の関係をみるとr=0.832の相関が得られた。3群のRSSは分裂病一致群が最も低値で、分裂病不一致群、健常群の順に並び3群間で有意差が見られた。出産時障害は不一致群の分裂病発症群に多い傾向が見られた。
(2)拡散強調脳画像(MRI-DI)による神経繊維走行の検討(岡崎)
血縁のない他人同士の拡散異方性パターンは全く似ていなかったが、一卵性双生児健常例では極めて一致し、分裂病不一致例では一致せず、とくに左側頭葉後部で顕著であった。分裂病一致例では左右前頭葉での不一致が目立った。
2.各種分裂病を用いた病態生理学的異質性に関する研究(倉知)
男子患者は健常者群に比べて左側脳室全体、左下角と左右の前角が有意に拡大していたが、女子患者では有意差が見られなかった。また、脳実質の差異をstatistical parametric mappingで比較したところ、男子分裂病患者群では健常者群に比べて左の上側頭回領域の体積が減少していた。
3.分裂病の素因マーカーとしての反応的探索スコア(RSS)の検討(小島、松島)
(1)分裂病の多発家系
第1度親族内に分裂病患者が2人以上いる群のRSSが1人いる群のそれよりも有意に低値であった。遺伝負因の強い分裂病患者のRSSは弱い患者のそれよりも低い値を示した。
(2)分裂病患者の同胞
分裂病患者とその同胞のRSSは健常者に比べて有意に低値を示した。分裂病患者と同胞の間に有意差はなかった。
(3)1度の親族に分裂病がいる気分障害患者
分裂病の家族歴のある気分障害患者のRSSは、家族歴のない気分障害患者と健常者に比べて有意に低く、分裂病患者との間に有意差がなかった。
4.分裂病の遺伝的異質性の研究
(1)探索眼球運動(反応的探索スコア:RSS)をマーカーにした分裂病の連鎖解析(有波、小島)
すでに全例に対するDNAの抽出は終了している。現在は、RSSと連鎖する染色体領域を検索するため、全染色体領域を網羅した400のDNAマーカーを用いたゲノムスキャンを進めている。
(2)一卵性双生児分裂病不一致例のゲノムの差異に関する研究(岡崎)
現時点では、開発が完了したRLGS修正法によってRLGSパターンを得る段階にはいることができた。
(3)分裂病のゲノム遺伝子の多様性に関する研究(有波)
ドーパミンD4受容体遺伝子(DRD4)のプロモーター領域において、多型-521C>Tを検出した。その多型によりDRD4の転写活性に差異を生ずる可能性があることを細胞実験で明らかにした。この転写活性の高い-521C対立遺伝子は分裂病患者に有意に多かった。シグマI型受容体遺伝子領域において、Gln2Pro多型を検出した。このPro2対立遺伝子は分裂病群に有意に多く存在した。分裂病の連鎖領域である第22染色体長腕領域に存在するZNF74遺伝子領域において、861C>T、LysLeu331-332AspPhe多型を検出した。これらの多型と分裂病とは関連していなかったが、発症年齢が関連していた。
考察
探索眼球運動の中の反応的探索スコア(RSS)と注視点の運動数によって分裂病を種々の非分裂病から約75%の感受性と約81%の特異性で判別しており、この判別率は他の精神生理学的指標よりも一段と高い値を示している。とくにRSSは人種や文化の影響を受けない安定した指標であることが分かっている。一卵性双生児の結果、および分裂病患者の健常同胞、多発家系の分裂病患者、1度の親族に分裂病をもつ気分障害患者のRSSの低値はRSSが遺伝的要因を反映している可能性を強く示唆している。したがって、同時並行して進んでいるRSSを指標にした分裂病の連鎖解析の結果に期待がもたれる。現在、必要な症例および同胞の約40%が収集されている。
拡散強調脳画像(MRI-DI)による神経繊維走行の検討では、拡散異方性パターンが分裂病不一致例では一致せず、とくに左側頭葉後部で顕著であった。分裂病一致例では左右前頭葉での不一致が目立った。このことは、不一致例では側頭葉回路網障害が、一致群では前頭葉回路網障害が主となることを示唆していた。この結果は、分裂病一卵性双生児のRSSが一致群で最も低値で、不一致群との間に有意差があったという結果と同じ方向を示し、分裂病の一卵性双生児の一致群と不一致群の異質性を示唆するものといえよう。またMRIを用いた分裂病の脳の形態学的研究においても、左上側頭回領域の体積減少、左右の前角の拡大がみられMRI-DIの結果と矛盾するものではなかった。一卵性双生児(MZ)分裂病不一致例のゲノムの差異に関する研究ではMZ分裂病不一致例のゲノムにNot1サイトの違いが見られ、これを惹起した原因としては、制限酵素Not1の塩基配列を変えるメチル化か、Not1サイトの新生/消失がepigeneticに生じたためと考えられる。一卵性双生児の片方が分裂病を免れる機構がわかれば将来分裂病の発症予防にもつながる可能性がある。分裂病のゲノム遺伝子の多様性に関する研究では、ゲノムレベルでD4受容体遺伝子発現量が多い傾向があることがわかり、これが分裂病の素因の一つになっている可能性が示唆された。NF74遺伝子は胎生期に脳でのみ発現している遺伝子であるが、発症年齢と関連していることがわかり、ゲノム遺伝子の多型が病因的のみならず症候学的異種性にも関わっていることが示唆された。
結論
(1)分裂病の一卵性双生児の研究では、分裂病一致群と不一致群の分裂病の異質性が探索眼球運動の反応的探索スコアの面からも拡散強調脳画像(MRI-DI)による神経繊維走行の面からも示唆された。
(2)分裂病患者の脳に関する形態学的異質性については、左上側頭回領域の体積減少という脳灰白質と両側前角、左下角の拡大という脳室系の異常が抽出された。
(3)探索眼球運動の反応的探索スコアは、分裂病の素因マーカーとして遺伝的な要因と関連している可能性が示唆された。
(4)反応的探索スコアを指標にした分裂病の連鎖解析の研究では、現在、目標の約40%の症例収集が進んでいる。
(5)一卵性双生児(MZ)分裂病不一致例のゲノムの差異に関する研究では、解析技術の改良が行われ次なる研究の発展が期待された。
(6)分裂病のゲノム遺伝子の多様性に関する研究では、ドーパミンD4受容体遺伝子、シグマ1型受容体遺伝子、ZNF74遺伝子が精神分裂病と関連している可能性が示唆された。

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