各種トリプレットリピート病に共通する治療法の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199800360A
報告書区分
総括
研究課題名
各種トリプレットリピート病に共通する治療法の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
辻 省次(新潟大学脳研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 祖父江元(名古屋大学医学部)
  • 貫名信行(理化学研究所脳科学総合研究センター)
  • 宮下俊之(国立小児病院小児医療研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
60,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
トリプレットリピート病に共通する新たな治療法を開発することにある。トリプレットリピート病の中でも最も種類の多いCAGリピート病に焦点を当て、1.凝集体の形成機序とその緩和方法の開発、2.核内凝集体の形成機序の解明とその緩和方法の開発、3.神経細胞に選択的な障害機構の解明と、神経細胞障害の緩和方法の開発、4.核内凝集体の形成によりアポトーシスが生じる機構の解明とその緩和方法の開発、を目的とする。
研究方法
神経細胞に選択的な障害機構の解明と、神経細胞障害についての研究:アデノウイルスベクターを用いて、全長のDRPLA cDNA(野生型および変異型)、 CAGリピートの両端を欠失させた部分DRPLA cDNA cDNA(野生型および変異型)を用いた発現系を構築した。これらのアデノウイルスベクターを用いて、神経細胞に分化させたPC12細胞と皮膚線維芽細胞に全長および部分DRPLAタンパク(野生型、変異型)を発現させ、DRPLAタンパクの細胞内局在、凝集体の形成、細胞障害性についての検討を行った。huntingtinタンパクによる細胞死解析のためのモデル系の研究:CAGリピートの存在するhuntingtin 遺伝子エクソン1を用いて、大腸菌での発現系と細胞障害機構の解析系を確立した。このhuntingtin 遺伝子エクソン1を用いてGST融合タンパクの発現系を構築し、相互結合反応(凝集体形成)についての検討を行った。変異アンドロゲン受容体による凝集体の形成とその抑制の研究:伸長したポリグルタミンを有するアンドロゲン受容体部分タンパクをGST融合タンパクとして大腸菌を用いて作成、精製し、in vitro aggregation assayにより凝集体の形成と熱ショックタンパクによる凝集体形成の抑制について検討を行った。Neuro2a cell lineを用いて変異アンドロゲン受容体部分タンパクを一過性に発現させ、熱ショックタンパクのcDNA(HSP70、HSP40、HSDJ)のco-transfectionにより、共発現させ、凝集体形成とその抑制効果について検討を行った。ポリグルタミンによって誘導される細胞死に関わるカスペースの研究:PC12、IGROV-1の培養細胞を用いて、伸長したポリグルタミンを発現するstable transformantを作成し、凝集体の形成を解析すると共に、カスペース活性の活性の変化と、カスペース阻害剤による細胞死抑制についての解析を行った。
結果と考察
神経細胞に選択的な障害機構の解明と、神経細胞障害機構については、アデノウイルスベクターを用いて変異DRPLAタンパクの高発現系を確立した。その結果、ポリグルタミンを有するタンパクの細胞内局在が、分化型PC12細胞と皮膚線維芽細胞では大きく異なることが判明した。すなわち、分化型PC12細胞では、皮膚線維芽細胞に比べてDRPLAタンパクは核内に移行しやすい傾向があること、伸長したポリグルタミンを有するタンパクは、ポリグルタミン鎖が短い場合に比してより核移行しやすいことが示された。また、分化型PC12細胞は凝集体形成に対して、皮膚線維芽細胞よりも脆弱でアポトーシスを生じやすいことが示された。huntingtin 遺伝子エクソン1を大腸菌で発現させたところ、23リピートに比較して48リピートを発現させた場合に、大腸菌の細胞死が強く誘導されることが判明した。さらにWestern blottingによる解析では、23リピートの場合は予測されるサイズのタンパクが観察されたのに対して、48リピートの場合は、stacking gelのところに凝集したタンパクが認められた。GST融合タンパクとしてhuntingtin エクソン1を大腸菌で発現させたところ同様にWestern blottingで凝集体の形成が示された。変異アンドロゲンを用いてin vitro aggre
gation assayを行い、Western blottingにより、monomerとaggregateのバンドを検出することができた。HSP70、HSP40の添加によりaggregateの形成が部分的に抑制されることが示された。さらにNeuro2a細胞を用いた一過性発現の実験系において、97リピートのアンドロゲン受容体部分タンパクは高率に凝集体を形成したがHSP70 cDNA、HSP40 cDNAの共発現により、aggregateの出現率が有意に低下した。ポリグルタミンにより誘導される細胞死の過程でどのカスペースが活性化するかという点については、変異型部分DRPLAタンパクを安定に発現するPC12細胞、IGROV-1細胞を作成した。凝集体の形成に伴ってアポトーシスが生じる過程でカスペースの活性を検討したところカスペース8がまず活性化され、ついでカスペース3が活性化することが示された。合成カスペース阻害剤(Ac-DEVD-CHO、zVAD-fmk)により凝集体形成は抑制はされないものの、アポトーシス用の核変化は阻害できることが判明した。本年度の研究により着実な成果が得られた。まず、伸長したポリグルタミンを有するタンパクについて、in vitro aggregation assay、大腸菌を用いた凝集体形成の解析系、細胞死の解析系、一過性発現による凝集体形成の解析系、細胞死の解析系、stable transformantを用いた発現系、細胞死の解析系が確立したことが重要である。このような解析系が確立されたことにより、伸長したポリグルタミン鎖が凝集体を高率に形成し、大腸菌、培養細胞に対して強い毒性を示すことが確認された。今年度の研究で明らかにされた興味深い点は、HSP70、HSP40といった熱ショックタンパクが凝集体の形成を抑制し、培養細胞の生存率を改善した点である。熱ショックタンパクは分子シャペロンの一つで、これら熱ショックタンパクを共発現することにより、凝集体形成過程をこれらの分子シャペロンが積極的に抑制することは伸長ポリグルタミン鎖のコンフォーメーションに大きな異常が生じている可能性を示し、さらにこのような熱ショックタンパクの作用は治療法を開発していく上で大きな手がかりになると考えられる。CAGリピートの伸長によって発症するトリプレットリピート病は、病因遺伝子は神経系でなく広く多臓器に発現しているにもかかわらず、神経系が選択的に障害されるという特徴がある。この点に関して、アデノウイルスベクターを用いて神経細胞を含んで幅広い細胞にDRPLAタンパク(部分および全長タンパク)を高発現できる実験系が確立されたことは、今後培養神経細胞のみならず、実験動物の脳に接種することにより、高発現が可能になるという点でも、重要な成果である。今年度の成果としては、分化型PC12細胞は、皮膚線維芽細胞と比較した場合、分化型PC12細胞において、より核移行しやすいこと、より高率に核内凝集体を形成することが示され、神経細胞が選択的に障害されやすい現象によく対応するものと考えられた。この点に関しては、さらに分子レベルでその機序を明らかにしていく必要がある。ポリグルタミン鎖による凝集体形成、細胞死の誘導の過程で活性化されるカスペースが同定されたことも重要な成果である。今年度の研究によりカスペース8、カスペース3の順序で活性化されることが見いだされた。今後、これらのカスペースの活性化が細胞障害にどのように関わるか、さらにこれらのカスペースの特異的な阻害剤により、細胞死の抑制が可能かどうか、治療法開発に向けての応用が可能かどうかを検討していく必要がある。
結論
in vitro aggregation assay、大腸菌を用いた凝集体形成の解析系、細胞死の解析系、一過性発現による凝集体形成の解析系、細胞死の解析系、stable transformantを用いた発現系、細胞死の解析系を確立した。凝集体形成過程に分子シャペロンの一つである熱ショックタンパク(HSP70、HSP40)が緩和作用のあることを明らかにした。ポリグルタミン鎖により誘導される細胞死の過程において、カスペース8、カスペース3が活性化することを明らかにした。神経細胞では、ポリグルタミン鎖を有するタンパクがより核移行しやすいこと、核内凝集体の形成能が高いことを見いだし、選
択的な神経細胞障害の機序に関連する可能性を見いだした。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-