神経栄養因子の産生調節による神経細胞の保護・機能修復に関する研究

文献情報

文献番号
199800357A
報告書区分
総括
研究課題名
神経栄養因子の産生調節による神経細胞の保護・機能修復に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
古川 昭栄(岐阜薬科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 葛谷昌之(岐阜薬科大学)
  • 広田耕作(岐阜薬科大学)
  • 渡辺里仁(創価大学生命科学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
43,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
パーキンソン病、ハンチントン舞踏病、小脳変性症などの特定の脳神経細胞が死滅する疾病の多くは原因不明であり抜本的な治療法がない。これまでに脳疾患モデル動物の脳に神経栄養因子を投与すると神経細胞の変性や脱落が抑制され、神経機能も回復することが報告されている。すなわち神経栄養因子には神経細胞の変性・脱落を抑制、神経機能を修復・再建する作用がある。このため神経栄養因子は脳神経変性疾患の治療薬として有望視されているがタンパク質であり血流中で分解されやすい上に脳・血液関門を通過できないことから、末梢投与による効果は期待出来ない。しかしながら脳に神経栄養因子を直接注入することは倫理的・技術的に大きな制約を受ける。そこで本研究では、1)神経栄養因子の産生を促進する新規低分子化合物を検索(古川)、2)既知活性化合物を脳に移行させるための化学修飾法の検討(広田)、3)同じくドラッグデリバリーシステムの確立(葛谷)、4)脳への遺伝子移入のためのウイルスベクターの開発(渡辺)、などの方策によって脳での神経栄養因子産生誘導を検討した。産生誘導の標的とする神経栄養因子として、特に 作用スペクトルの広い脳由来神経栄養因子(BDNF)および比活性の強いグリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)を選んだ。
研究方法
BDNFおよびGDNFの高感度酵素免疫測定法とRT-PCR法を評価手段として培養神経細胞およびラット脳におけるBDNFおよびGDNFの産生促進効果を種々の化合物について検討した。強いBDNF産生促進活性をもつ4ーメチルカテコール(4MC)について、脳・血液関門通過性を高めるためジヒドロピリジン基を4MCの二つの水酸基にエステルとして導入し脳内移行後加水分解されることによって脳内に滞留するようデザインした。4MCを1-ベンゾイル化したのち2-メタクリルオイロキシエチルイソチオシアネートと反応させてビニル誘導体とした。次にこれをガラクトースのビニル誘導体との間でメカノケミカル固相重合させた。レトロウイルス(A8ウイルス)の複製欠損型遺伝子のLTRの下流にチミジンキナーゼのプロモーターを二つ挿入し、それぞれの下流にネオマイシン耐性遺伝子、ガラクトシダーゼ遺伝子をそれぞれもつベクターを構築した。また遺伝子発現の効率を調べるためポリA構造の周辺構造を種々変換したベクターを作成した。
結果と考察
培養神経細胞におけるBDNFおよびGDNFの産生促進活性を検討しいくつかの物質に強い活性を見い出した。すなわち細胞内カルシウムレベルを高める物質(A23187、KT-5720、H89)とアセチル-L-カルニチン、神経成長因子(NGF)の産生促進物質である4MCにBDNF産生促進活性を、イソプロテレノールとドーパミン、およびビタミンK3にGDNF産生促進活性を、免疫抑制剤サイクロスポリンA、タクロリムスにはBDNF、GDNFの両方の産生促進活性を見い出した。4MC をラット脳室に直接注入すると注入部位周辺でBDNF含量が著しく増加した。血液・脳関門がまだ未成熟な幼若ラットの腹腔に4MCを投与すると脳内BDNFmRNAの上昇がみられた。このとき神経細胞構築タンパクであるシンタキシンの発現も増加した。すなわち末梢投与された4MCが脳・血液関門を通過できれば正常の脳でもBDNF産生を促進できると考えられる。そこで脳内移行を高めるため4MCの化学的、物理化学的修飾を並行して進めた。まずジヒドロピリジン基を4MCにエステルとして導入し脳内移行後の加水分解によって脳内に滞留するようデザインしたが合成されたエステル構造が不安定であった。現在安定化のためのリンカーの導入をめざして合成を継続中である。また4MCの脳・血液関門通過性に加えて薬効の持続性も高め
ることを目的として4MCの高分子プロドラッグ化を施行した。すなわち4MCを1-ベンゾイル化した後、2-メタクリルオイロキシエチルイソチオシアネートと反応させてビニル誘導体とし、ガラクトースのビニル誘導体との間でメカノケミカル固相重合させた。1-ベンゾイル化した4MCはもとの4MCより2倍も分配係数が大きく、脳・血液関門通過性が高いと予想された。また最終的に得られた高分子プロドラッグは水溶性が高く単分散性に近い高分子であり、薬物放出や生体内挙動のばらつきの少ない理想的な物性を有していた。サイクロスポリンA は脳・血液関門通過性分子であり、免疫抑制作用の他に神経再生、神経修復作用をもつ。神経に作用する用量(免疫抑制作用の1/20-1/50)を成熟ラットの腹腔内に投与すると脳の広範な領域でBDNFの免疫染色性が著明に増加した。さらに大脳皮質内線維や黒質の神経細胞体でドパミン合成酵素であるチロシン水酸化酵素の免疫染色性が増加した。GDNF産生への影響はまだ確認していない。少なくともBDNFの産生が増強され、ドパミン神経細胞機能が亢進したと考えられる。免疫抑制剤が結合する細胞内分質はイムノフィリンと呼ばれ脳にも多く存在する。免疫抑制効果を全く持たないイムノフィリンリガンド(イムノフィリンに結合する物質の総称)にもパーキンソン病モデル動物や脳虚血動物の脳神経細胞死を抑制する活性があることから、免疫抑制とは異なる機構で神経保護作用を発揮すると考えられる。これまでその機構は全く不明であったが、本研究の結果から、神経細胞のBDNF、GDNFの産生を促進しこれらの神経栄養因子の生理作用によることが強く示唆された。今後、免疫抑制作用のないイムノフィリンリガンドを対象により強い活性分子を探索する。脳への遺伝子導入・発現は神経栄養因子の産生を高める直接的かつ有力な方法であり、将来神経疾患の遺伝子治療につながるものと期待される。分担者渡辺らが開発したレトロウイルス(A8ウイルス)の複製欠損型遺伝子をベクターとして中枢神経に選択的な神経栄養因子遺伝子の発現を検討するため、まずラット大脳皮質発達過程において脳室周囲の分裂細胞にBDNF、NT-3が強く発現することを明らかにし、これらの発現を免疫組織化学的にチェックできることを示した。つぎに中枢神経系に親和性を付与するためのベクター構築を行いこれに適したパッケージング細胞を樹立した。さらに遺伝子発現の不安定化の要因となりやすいポリAの周辺構造を調べ、非スプライス型で機能させることにより欠損mRNA形成がほとんどなくなることを明らかにした。
結論
A23187、KT-5720、H89、アセチル-L-カルニチン、4ーメチルカテコールにBDNF産生促進活性を、イソプロテレノール、ドーパミン、ビタミンK3にGDNF産生促進活性を、シクロスポリンA、タクロリムスにBDNF、GDNFの両方の産生促進活性を見い出した。幼若ラット腹腔に投与した4MCは脳のBDNF産生を高め神経機能に影響を及ぼした。4MCの脳内移行を高め除放化に優れた高分子プロドラッグを創製した。末梢投与したサイクロスポリンはラット脳の広範な領域でBDNF産生を高め、神経機能に影響を及ぼした。神経栄養因子の脳内遺伝子発現を検定するシステムを確立し、効率的なレトロウイルスベクターを構築した。

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