アルツハイマー病の神経変性マーカー蛋白質に関する研究

文献情報

文献番号
199800354A
報告書区分
総括
研究課題名
アルツハイマー病の神経変性マーカー蛋白質に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 和明(大阪大学蛋白質研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 新延道夫(大阪大学蛋白質研究所)
  • 植月太一(大阪大学蛋白質研究所)
  • 谷浦秀夫(大阪大学蛋白質研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
23,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
アルツハイマー病は大脳新皮質(連合野)や海馬などのニューロンが大量に変性することによって起こる疾患である。現在アルツハイマー病の生前診断では臨床症状やCTによる画像診断などによってなされている。また、確定診断には死後の脳の病理組織学が用いられている。しかし、アルツハイマー病脳のニューロン内部で起こっている病的変化を反映するマーカーがあれば、アルツハイマー病の早期診断のみならず病因の解明にも有益となろう。しかし、アルツハイマー病の本質であるニューロン変性と病気の進行度のマーカーについては、まだ適当なものがないのが現状である。APPは大脳新皮質(連合野)や海馬の大型ニューロンなど、アルツハイマー病で侵されるニューロンに豊富に存在する。また、APPはニューロンの異常によって細胞内に蓄積することも知られている。したがって、APPと結合する蛋白質やAPPの蓄積によって変動する蛋白質はニューロンの異常に伴ってその局在を変化させたり、変性に伴って細胞外に漏出する可能性が高い。そこで本研究では、これらの蛋白質を明らかにし、アルツハイマー病での変動を調べることによってアルツハイマー病の病因と診断のためのマーカーとなり得るかを研究する。
研究方法
本研究ではアルツハイマー病のニューロン変性のマーカーとしてAPP機能を媒介する蛋白質やAPPの神経変性作用に伴って変動するニューロン特異的蛋白質を同定する。APPの細胞内ドメインは進化の過程で極めてよく保存されており、重要な生理機能と病理作用を媒介していることが推定される。そこで、酵母two-hybridスクリーニング法とAPPのアフィニティーを利用した生化学的手法によって新しい蛋白質を見つけ, これらの蛋白質のcDNAをクローン化して全長のアミノ酸配列を決定する。そのcDNAを大腸菌の発現系を用いて融合蛋白質を作製し、in vitroでAPPとの結合を解析する。これらの蛋白質の変化を既に確立しているアデノウイルスベクターを用いたAPP過剰発現によるニューロン変性系において検討し、細胞変性に至る細胞内分子機構を検討する。次に、それらの蛋白質の高感度検出系を確立し、実際のアルツハイマー病脳の病理組織標本や脳脊髄液中の蛋白質を測定することにより、それらの蛋白質がアルツハイマー病におけるニューロン変性のマーカーとなり得るかを総合的に判断する。
結果と考察
遺伝子導入強制発現するベクターとしてアデノウイルスベクターを用いてニューロンに効率よくAPP遺伝子を導入発現する方法を確立した。研究材料として全長型APP695を普遍的で強力なCAGプロモーターによって発現するアデノウイルスベクターとヒト分化ニューロンに極めて近い性質を持つ胚性ガン細胞NTera2 (NT2細胞)由来のニューロンを培養系に用いた。ニューロンの形態変化を観察したところ、感染後48時間までは変化は見られなかったが72時間から突起を縮退させ、細胞体も膨潤するなどの変性が観察された。さらに96時間になるとAPPを多量に発現して細胞内に蓄積しているニューロンでは突起の縮退、細胞表面の不整化などの変性像が認められた。ニューロンの変性がどのような経路でもたらされるのかを検討した。変性細胞の核の形態をDNA染色により顕微鏡下で観察しところ、核の凝集、分断化が観察された。さらに、DNAの断片化が起きていることをTUNEL反応により確認した。以上の結果からAPP強制発現によってヒトニューロンは変性死を起こすが、その過程はアポトーシスによることが推定される。またアポトーシスの際に機能する最も重要な蛋白質分解酵素の1つであるカスパーゼ3が変性に先立って活性化さ
れることを見いだした。そこで、APPは細胞死に重要な働きをすると考えられているカスパーゼ3の基質となる可能性を検討するため、APPの細胞内ドメインを含む融合蛋白質を大腸菌の発現系で作製し、それをカスパーゼ3を作用させたところ、APPのC末端31残基(C31)が生じることが認められた。このAPPC末端C31に着目し、C31特異的に結合する蛋白質を検出することを目的として実験を行った。まず、既知のAPP結合蛋白質Fe65を用いて、これがビオチン化ペプチドC31と結合するか否かについて調べたところ、両者の結合が確認された。次に、ヨードラベルしたペプチドC31を用いて、架橋法によって特異的に結合する蛋白質を探索した。その結果、約195kDa、145kDa、125kDa及び115kDaの分子量を持つ4種類の蛋白質が見いだされた。これらの蛋白質は、C25及びC47にも結合し、特にC47に対して高い親和性を有すると推定された。さらに、これら結合蛋白質の細胞内局在性を調べたところ、シナプトゾームを含むP2 画分に多く存在した。また、Fe65との結合性が異なること、また、Fe65が結合し得ないC25にも結合することより、本蛋白質が、APPの生理機能に関わる未知の結合蛋白質であることが示唆された。次に、APPの細胞内ドメインに結合する蛋白質を直接単離す る目的で、酵母two-hybrid法を用いてラット脳cDNAライブラリーよりスクリーニングを行ったところ、既報のラットあるいはヒトFe65より5'側に新規の配列を含むFe65Nが得られた。PC12細胞にmyc tagged Fe65Nを遺伝子導入して発現させたところ核と細胞質にび漫性に免疫陽性物質が観察されたが、myc tagged Fe65NとAPPを共導入するとmyc tagged Fe65Nは核には存在せずAPPと一致して細胞質に顆粒状の物質として確認された。以上の所見より、ニューロン内でのAPPとFe65Nの相互作用が示唆され、この相互作用がAPP過剰発現によるニューロン死の機序に関連している可能性が考えられる。
結論
遺伝子導入強制発現するベクターとしてアデノウイルスベクターを用いてニューロンに効率よくAPP遺伝子を導入発現する方法を確立した。CAGプロモーターによって発現するアデノウイルスベクターとヒト分化ニューロンに極めて近い性質を持つ胚性ガン細胞NTera2 (NT2細胞)由来のニューロンを用いて、ヒトAPP695を強制発現させると、ニューロンは突起縮退、細胞表面の不整化などの変性像が認められた。この際のニューロン変性はアポトーシスであることが示された。またアポトーシスの際に機能する最も重要な蛋白質分解酵素の1つであるカスパーゼ3が変性に先立って活性化されることを見いだした。APPの生理作用あるいは病理作用を媒介すると考えられるAPPC末端部に着目し、カスパーゼ3によって遊離するC末端の31アミノ酸配列(C31)に特異的に結合する蛋白質を検出したところ、新規と思われる4種類の高分子量蛋白質が見いだされた。また、阻害実験の結果から、既知のAPP結合蛋白質とは異なるものである可能性が示唆された。酵母two-hybrid法を用いてラット脳cDNAライブラリーよりスクリーニングを行ったところ、既報のラットあるいはヒトFe65とは異なる蛋白質Fe65Nが得られた。 Fe65NとAPPは細胞内部で相互作用をすることが示された。これらの結果、ニューロンに存在するアポトーシス関連酵素カスパーゼやシナプス内の新規蛋白質さらにはFe65Nなどは、APPによるアルツハイマー病脳における神経変性や死を媒介する可能性がある。

公開日・更新日

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