被虐待児童の処遇及び対応に関する総合的研究

文献情報

文献番号
199800345A
報告書区分
総括
研究課題名
被虐待児童の処遇及び対応に関する総合的研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
庄司 順一(日本子ども家庭総合研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 庄司順一(日本子ども家庭総合研究所)
  • 奥山眞紀子(埼玉県立小児医療センター)
  • 柏女霊峰(淑徳大学)
  • 高橋重宏(駒澤大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 子ども家庭総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
12,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
子どもをめぐる諸問題の中でももっとも重大なものといえる子ども虐待(児童虐待)の相談件数は急増しつつある。しかも、その処遇は大変困難であり、児童相談所等においても苦慮することが多い。これまで、発見から通告までのシステムのあり方については関係者の共通理解がある程度深まってきたが、現実には課題も多い。そこで、本研究事業においては、被虐待児の処遇および対応の現状を明らかにし、今後の対応のあり方を検討する資料を得るために、専門家による下記の分担研究班を組織し、児童相談所、児童福祉施設等への質問紙調査や文献研究、事例の分析等の調査研究を行い、被虐待児の処遇および対応のあり方について、総合的な検討を行った。分担研究1(分担研究者:庄司順一)被虐待児への総合的支援計画に関する研究、分担研究2(分担研究者:奥山眞紀子)被虐待児の精神的問題に関する研究、分担研究3(分担研究者:柏女霊峰)児童相談所における被虐待児童処遇のあり方に関する研究、分担研究4(分担研究者:高橋重宏)子ども虐待・ネグレクトリスクマネージメントモデルの作成に関する研究。
研究方法
福祉心理学、小児精神医学、子ども家庭福祉等の領域の専門家からなる上記の分担研究班を組織し、文献的研究、児童相談所、児童福祉施設への質問紙調査、聞き取り調査、および事例の分析等の調査研究を行った。
結果と考察
分担研究1では、第一に、都道府県・指定都市における虐待防止の取り組みの現状を明らかにするために各児童福祉主管課を対象に、子ども虐待に関する啓発冊子等の発行の有無等に関する調査を実施した。その結果、約半数の県市で冊子、パンフレット等が発行されていることが明らかになった。第二に、乳児院における被虐待児の実態および乳児院退院後の問題を明らかにするために、全国の乳児院114施設を対象に調査を実施した。109施設から回答が得られた(回収率95.6%)。平成9年度に乳児院を退院した子ども2,769名のうち、693名(25.0%)が被虐待児であると考えられた。同じく、平成9年度に退院した子どものうち、保護者の強制引き取りによる退院であったのは22名(0.8%)であった。過去5年間(平成6年4月~平成11年2月末)に退院した子ども13,178名のうち、退院後に家庭で虐待を受けたことが確認された子どもは91名(0.7%)であった。同じく、過去5年間の退院児のうち、明らかな病死の場合を除き、殺害、事故、あるいは不審な状況で死亡した子どもは13名(0.1%)であった。13名のうち、3名は事故による死亡とみられるが、注意すれば防げる可能性の高いもののように思われた。残り10名は保護者に殺害されたとみられるものであった。第三に、総合的支援が順調に経過したケースと予期せぬ事態に発展したケースの比較検討を行い、総合的支援計画をたてるうえでの注意点、問題点を考察した。 分担研究2では、第一に、被虐待児の精神的問題を明らかにするために、精神保健外来を受診した56例についてカルテから精神症状を分析した。その結果、被虐待児においては、今後、 愛着の問題、 心的外傷の問題を基礎に、 自律の問題、 自己感の問題、 解離症状の問題などを中心に、さらに調査を行うことが必要であると考えられた。第二に、子ども虐待とその後の崩壊性行動障害(注意欠陥/多動障害、反抗挑戦性障害、行為障害)との関係を明らかにするために文献研究を行った。その結果、被虐待体験とその後の崩壊性行動障害との間には密接な関連があると思われた。第三に、アメリカ等で使用されている子どものトラウマ反応の評価法(質問紙や構造化面接法)について検討を行
った。これらは診断、予防、および心理療法の効果測定といった目的で活用されており、その有効性が示唆されているものである。今後、わが国においても導入を検討すべきであると考えられた。第四に、子どもへの性的虐待・性被害の発見や対応に関する基礎的研究として、1990年代の子どもの性的虐待に関する研究の実情と今後の課題について文献的検討を行うとともに、性的虐待・性被害を受けた子どもについて、研究協力者がこれまでに経験した事例について調査を行った。性被害の症例は39例あったが、そのうち23例が家族内性被害、10例が家族外性被害、6例が施設内性被害であった。全例で何らかの治療が行われていたが、性被害に焦点をあてたものではなかった。性被害を受けた子どもへの対応の確立が求められた。
分担研究3では、児童虐待事例への児童相談所の関わりの実態を明らかにし、その問題点を改善することにより、児童虐待への効果的な処遇システム、ネットワーク・システムを構築するための基礎資料を得ることを目的として、全国174カ所の児童相談所を対象に、平成9年度に受理した児童虐待事例5,352件のうち、当該年度中に一時保護を行った事例すべてについて、質問紙による郵送調査を行った。有効回収数は1,245票、有効回答率は93.5%であった。その結果、児童相談所における虐待事例への対応の実情については、児童相談所では虐待に関する対応に相当の労力がさかれているとともに、その労力にはネットワーク形成も含まれていることが明らかになった。また、児童相談所の業務と児童虐待への対応については、一時保護を行った児童虐待事例に関しては、一時保護前には平均14.5回、一時保護中が7.5回、一時保護解除後が9.5回、総計31.5回の関わりをもっていた。平成9年度厚生省報告例によると、電話や文書も含め相談1件当たり平均6.1回の関わりが行われている計算となる。両者を単純に比較することはできないが、虐待事例には多くの労力がかけられていることがわかった。今後さらに相談件数の増加が予想される現状において、児童虐待に対する効果的な援助を行うには、児童相談所の体制、業務等について整理・検討することが必要と考えられた。
分担研究4では、前年度までに翻訳、検討を行ったカナダ・ブリティッシュコロンビア州、およびオーストラリアで使用されているリスク・アセスメント・モデル(リスク・マネージメント・モデル)に加え、今年度はカナダ・オンタリオ州で作成されたリスク・アセスメント・モデルを翻訳するとともに、これら3つのモデルについて、全国7カ所の児童相談所の児童福祉司を対象に、日本版の子ども虐待・ネグレクトに関するリスク・アセスメント・モデルを作成するうえでの課題について面接調査を実施した。その結果を、法的な枠組み、用語、調査・アセスメント、各モデルの評価の四つの観点から整理した。いずれのモデルも、分量が多く、また用語についても細かい解説が必要であること、わが国では児童相談所が介入するさいの法的な裏付けが弱いことなどが指摘された。今後、日本版を作成するうえで、オンタリオモデルを基盤として、即座に記入できるチェックリスト式のもの、より細かい情報を書き込む記述式のもの、解説の三部から構成されるのが望ましいと考えられた。
結論
子ども虐待への対応はすすんできている。しかし、多くの職種の連携が不可欠な被虐待児への処遇、対応においては、虐待のアセスメント、虐待を受けた子どものトラウマのアセスメント、性被害を受けた子どものケアのあり方等、虐待についての臨床的研究の推進と、自治体における啓発活動、児童福祉施設・児童相談所の連携のもとにおける被虐待児のアフターケアのあり方等、児童相談所、あるいは児童福祉実施体制にかかわる制度的研究の推進、および施設入所時点からの総合的な支援計画の策定など、多くの課題がのこされている。本研究により、これらの課題の一部については重要な知見が得られたが、今後さらに着実に研究をすすめていくことが必要である。

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