虐待の予防、早期発見および再発防止に向けた地域における連携体制の構築に関する研究

文献情報

文献番号
199800333A
報告書区分
総括
研究課題名
虐待の予防、早期発見および再発防止に向けた地域における連携体制の構築に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
松井 一郎(横浜市港北保健所)
研究分担者(所属機関)
  • 小林美智子(大阪府立母子総合医療センター)
  • 小池道夫(和歌山県立医科大学)
  • 下泉秀夫(栃木県身体障害医療福祉センター)
  • 小泉武宣(群馬県立小児医療センター)
  • 清水将之(三重県立小児心療センターあすなろ園)
  • 田野稔郎(神奈川県立こども医療センター)
  • 恒成茂行(熊本大学)
  • 谷村雅子(国立小児医療研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 子ども家庭総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
19,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
虐待発生防止のため、下記を目的課題とする。
1。予防のための虐待ハイリスク家庭の把握から援助までのシステム構築と技法の確立。
2。重症化と再発防止のための連携システムの構築と介入技法の確立。
3。被虐待児の治療方法の開発
4。防止活動に必要な法制や発生動向と評価の為のモニターシステム等の基盤整備の検討
研究方法
研究初年度にあたり公衆衛生学、小児保健学、小児科学、新生児学、精神医学、小児精神科学、法医学、疫学の専門家で課題と計画の検討を行い研究を実施した。調査対象は全国もしくは広域の抽出サンプルとし、フィールド研究は全国モデルとなり得るように進めた。
結果と考察
1.虐待予防、再発防止のための機関連携 ①虐待予防の中核として保健所・センターが、現行の母子保健サービスの利用により機能しうるか否かを検討するため、東京特別区、政令指定都市、中核市の全保健所を対象にアンケート調査を行った。回答があった107(54%)保健所では、母子手帳交付(70%の保健所で実施)、妊婦の不安解消対応(97%)、新生児や母体の状況把握(80-97%)、新生児訪問(100%)、病院からの連絡による訪問(95%)、乳幼児健診対象者のリスト作成(100%)、郵送による個別受診勧奨(96%)、健診未受診者対応(79%)、要援助家庭への対応(98%)等、妊娠・出産・新生児・乳幼児期通して高密度のサービス提供がなされていた。システム面ではハイリスク家庭の情報把握と支援体制は既に整備されていると考えられる。保健婦の専門性の養成、助産婦資格取得、保健所を虐待ハイリスク予防の地域の中核として位置づける問題などが残されている。[松井一郎] ②病院から保健所への連携のとり方を検討するため、虐待対応経験を積んだ5つの小児科の虐待・ハイリスク事例に対する他機関連携の実態を調査した。最も多く連絡がとられた機関は保健所または市町村の保健婦で、虐待76例の62%、ハイリスク20例の85%につき連絡し、未連絡例は既に他機関との連携がある場合であった。その他、児童相談所57%、福祉事務所、警察、乳児院、学校の順で連携があった。連絡を受けた保健所の初期対応では、事例の48%に自宅訪問、33%に病院訪問が行われており、自宅や病院訪問を重ねることが、家庭対応を地域の保健婦につなぐ効果的方策と考えられた。[小池道夫] ③虐待ハイリスク家庭に対する周産期援助として、低体重出生児の虐待予防の成功事例を検討し、病院からの連絡で地域の保健婦訪問による継続支援に繋いだ意義を考察した。[小泉武宣] ④新生児期の母親の育児不安・困難のスクリーニング法を検討するため、正常児出産した母親112例を対象に、1か月健診時に臨床観察とSTAI質問紙心理検査を行った。前児異常、妊娠前・中の母体異常、胎児異常、その他の4群間では大差なく、STAI検査の高得点者には情緒不安定の者が多く、母親の不安状態の指標の1つとして利用しうると考えられた。[田野稔郎] ⑤児童虐待防止における保育所の役割を明らかにするため、4府県の全認可保育所1991施設を対象に郵送アンケート調査を行った。回収が終了した栃木県226施設(回収率70%)では、育児や親子関係に問題があり援助が必要な虐待または虐待ハイリスク児は全園児の3%でその38%を保育所は児童虐待と判断していた。56%の児について市町村の担当課や児童相談所に相談したが22%が改善できたのみであった。全保育所の90%は、被虐待児の保育は可能であるが家庭への特別な対応は困難と回答した。[下泉秀夫]
2.重症化防止対策 ①虐待死亡の実態を明らかにするため、1992-96年の5年間の全国の法医学教室における小児の死亡事例328例のデータベースを作成した。身体的虐待195例、ネグレクト28例で、年齢は乳児から3歳までに集中していた。今後、早期診断に有用な情報を整理する。[恒成茂行] ②虐待事例の発見時の的確な重症度判定は、必要な機関との連携をはかり適切な援助を展開する上で必要要な事項である。援助効果を評価し再発防止に寄与する為にも客観的な重症度アセスメントが不可欠であり、昨年度、重症度アセスメント表を作成した。本表を用いて大阪府保健所で援助した虐待事例114例の援助効果を分析した。重症例の援助で改善された項目は児の身体症状と児と親との接触度の減少で、改善されなかった項目は経済状態と児の発達の遅れであった。軽症例では本表は鋭敏ではなく、軽症例の多い保健所虐待事例に適合するアセスメント表の改善が必要と考えられた。[小林美智子]
3.被虐待児の医療的福祉的処遇を検討するため全国の児童青年精神科入院治療施設12か所、情緒障害児短期治療施設16か所に在籍する被虐待児の実状を調査した。前者では入院児の15%、後者では34%が被虐待児であった。何れの施設群においても障害部分に対する治療と平行し、虐待で生じた発達の歪みや遅延に対して促進的援助が積極的に行われていたが、施設構造、職員数、職種の点で大きな困難を抱えており、早急な充実が望まれる。[清水将之]
4.機関連携構築の進展を把握するため、全国の主な医療機関の小児科を対象とした1986年からの児童虐待継続調査 762例の資料を解析した。虐待の存在と医療機関の役割についての医療機関の認識の広がりと地域の保健福祉活動における虐待危険家庭の早期発見・援助活動の役割分担と進展が示され、我が国における虐待防止活動の進展が示唆された。6割は診断前の行政の関わりが無く、把握されにくい虐待危険群への対応方法が今後の重要課題である。[谷村雅子]
5.虐待は治療困難な事例が多いため発症後の対応は児童相談所の介入・子どもの施設収容と親権問題が中心と考えるひとが多いが、それだけでは虐待発生の増加を押さえることはできない。複雑な要因が絡んで発症する難治性の親子関係の疾患であるが、要因のひとつずつを軽減してハイリスク予防を行えば発生防止が可能である。そのための医療・保健・福祉の機関連携における役割分担を検討した。上記のように、殆どの保健所・保健センターの母子保健サービスでは虐待ハイリスク家庭の情報把握が可能なシステムが稼働し、病院からの連絡や家庭の希望に応じ必要な支援を行う体制となっていた。病院小児科も地域機関、特に保健所への連絡を始めていた。保育所も育児や親子関係に問題をもつハイリスクが3%との認識があり、該当児への対応は可能であるが家庭への介入が困難で、この点は保健婦の訪問活動に期待される。保健婦の専門教育の充実や助産婦資格取得などが必要となろう。尚、これらの行政網にかからないで重症虐待発生に至る一群があり、その早期把握は民生委員、児童委員などの地域に密着した機能との連携に期待される。これらのシステム整備を想定し、ハイリスクのスクリーニング法、虐待例の判別診断法、重症度の定量的評価法、被虐待児の精神的治療などのソフト面の研究開発を更に進展させたい。
結論
現行母子保健サービスを中核として医療機関・保健所・児童相談所その他の機関の連携整備を行えば、虐待予防のためのハイリスク家庭の早期援助は可能である。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-