遺伝医療システムの構築と運用に関する研究

文献情報

文献番号
199800331A
報告書区分
総括
研究課題名
遺伝医療システムの構築と運用に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
古山 順一(兵庫医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 古山順一(兵庫医科大学)
  • 黒木良和(神奈川県立こども医療センター)
  • 青木菊麿(女子栄養大学)
  • 福嶋義光(信州大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 子ども家庭総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
16,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わずか20年ほど前には、遺伝病は特殊な家系のメンバーに限ってみられるごく稀なものというのが多くの臨床医の認識であった.状況は大きく変わった.いわゆる生活習慣病をはじめ腫瘍性の疾患、アレルギー、感染症への抵抗性を含め、ほとんどあらゆる臓器、組織に関わる疾患の原因に、遺伝子の異常や遺伝的背景の関与が発見されている.その多くでDNAレベルで病因の本態が明らかにされ、遺伝子診断が可能となっている.遺伝医療は、医療の不可分にして極めて重要な一部となった.他方、わが国の遺伝医療を担う側の態勢はきわめて不十分である。遺伝を標榜する部門を見ても遺伝子診療部や遺伝関連の講座を持つ10に満たない大学と、いくつかの小児病院の遺伝関連の部門が目につく程度である。その一方で、臨床各科のうちにも特定の疾患に限って遺伝子診断などを行う例が出てきた。診断の前後には、遺伝や遺伝子診断に精通したスタッフによるカウンセリングが欠かせないが、それらの部門の内には十分な態勢を持つとは思えない例がある。このような現状において、わが国に最適な遺伝医療システムのあるべき姿を探り、提言することは重要である。複数のスタッフを持ち多くの疾患に対応できる幾つかのセンターと、多数の小規模な地域レベルの施設を組み合わせたシステムが考えられるが、各レベルの施設の備えるべき設備の要件、担当者に要求される知識や経験のレベルなどを明らかにする必要がある。また、多岐にわたる遺伝子や疾患の総てについて、一人の担当者が精通していることはあり得ないし、単独の施設で総ての遺伝子や遺伝病に対応することも不可能である。したがって検査可能施設や専門家など診断や鑑別診断に必要な事項、カウンセリングに際しての遺伝形式や自然歴についての情報、施設や患者支援団体等、多彩な情報を整理し、必要に応じて容易に利用しまたアドバイスを得るシステムも必要である。本研究においては、短期間のうちに現状を把握し、遺伝カウンセリングを含む遺伝医療システムのあるべき姿を明らかにし、具体的運用の開始を目指す。遺伝子診断によってハイリスク個体を発見すれば、遺伝的背景に対応した生活習慣を幼児期から身につけることで、多くの疾患の発病を予防できる可能性が強い。組織的に行えば国民の健康の増進に資することは勿論、長い目で見れば大幅な医療費に節約に繋がることが期待される。
研究方法
アンケート調査、インターネットによる相互意見交換、少人数による会議、グループ内会議、複数のグループの合同会議、全体会議により行われた。
結果と考察
研究結果
①遺伝カウンセリングを担当する医師の統一について(黒木・青木グループ合同)
わが国において遺伝カウンセリングが可能な認定資格としては、人類遺伝学会の臨床遺伝学認定医と臨床遺伝学会の遺伝相談認定医師カウンセラーが存在する。当然二つの認定医の目標および認定基準は異なっている。統一への対応策を検討した結果、既成の両認定医は新しい資格が出来るまで互いに認め合い、認定基準を統一する過程を経て、人類・臨床遺伝の両学会が中心となり関連学会の協力を得て臨床医伝専門医認定協議会を設置し統一資格を認定する案が共通の認識となりつつある。
②遺伝カウンセラー制度のあり方について(黒木グループ)
現在わが国には遺伝カウンセラー制度および医師以外の遺伝カウンセラーは存在しない。本邦における望ましい遺伝カウンセリングのあり方が検討され、遺伝カウンセリングは遺伝専門医と遺伝カウンセラーが協力して行うのを原則とするとの提案がなされた。また遺伝カウンセラーの要件と役割、到達目標と教育、資格認定についての提案がなされた。
③地域遺伝カウンセリングシステムの構築について(青木グループ)
基礎資料を得るため遺伝カウンセリング実施施設の現状およびシステム化の可能性について、臨床遺伝学認定医および日本家族計画協会主催遺伝相談医師カウンセラー研修会修了者を対象にアンケート調査が実施され、目下分析が行われている。全国における遺伝カウンセリングシステム化については、地域が中心に構築されることが望ましいと提唱している。
④遺伝情報システムの構築と活用について(古山グループ)
青木グループが調査した遺伝カウンセリングを担当する医師とその施設情報についてデータベース作成が開始された。当グループでは目下アンケート調査中の遺伝子検査施設と担当者の情報が回収されれば直ちにデータベース化される。収集可能な遺伝医療情報を中心にインターネットホームページによる医師を対象とした情報提供を開始した。
⑤遺伝医療資源とそのネットワーク化について(福嶋グループ)
1)遺伝医療を円滑にすすめるために必要な情報について検討、2)遺伝医療に必要な情報の収集・整備、3)これらの情報を広く全国で利用できるネットワークの構築について研究をすすめた。近く班員を中心とするイントラネットのホームページを立ち上げ、協力者の意見聴取を行った後、インターネット上に情報公開することを目指している。
⑥遺伝カウンセリング(遺伝相談)のあり方について(班長直属グループ)
標記課題について鈴木友和研究協力者(近畿中央病院院長)をグループリーダーとする作業部会の設置が全体会議で承認され、4月より活動が開始される。部会では、先ず本研究班で使用している遺伝カウンセリング(遺伝相談)、遺伝カウンセラー等の用語の研究班員の共通認識のもとでの定義付けを行い、次いで厚生省が平成11年度から実施する遺伝相談モデル事業をサポートするため、本邦のどこにおいても均質な遺伝カウンセリングが受けることができるようカウンセリングの内容、要件について緻密な検討をしていただく。
考察
1. 遺伝カウンセリングを担当する医師の認定資格における統一
人類遺伝学会と臨床遺伝学会の間で話し合いが行われ、統一に向けた方向性が定まったことは数年前には想像すらできない画期的なことである。
遺伝医学専門医の認定に向けた到達目標、研修内容のすり合わせ、セミナーの共同開催、合同認定試験の実施要領等の共同作業が順調に推移することを願っている。
2. 遺伝カウンセラー制度のあり方
望ましい遺伝カウンセリングのあり方について黒木グループから提案がなされたので、次年度はこの提案について全体会議で討論し、望ましいあり方について班の意思表示ができるよう務める。
遺伝カウンセラーについては、人類遺伝学会の遺伝カウンセラー検討委員会案をたたき台として遺伝カウンセラーの要件と役割、到達目標と教育、資格認定についての案が提示されたので、次年度中に結論を得るよう努力する。
3. 地域カウンセリングシステムの構築
アンケート調査の結果、システムは地域別に構築されことが望まれるとの結論に達した。それは将に本年度から厚生省が推進する遺伝相談モデル事業施設が地域に配置される構想と合致している。モデル事業の推進は各都道府県の担当部署に遺伝カウンセリング重要性を認識させるよう努力し、補正予算に遺伝相談モデル事業の予算を計上してもらわねばならない。
4. 遺伝情報システムの構築と活用
青木グループのアンケート調査の結果、遺伝カウンセリングを担当する医師とその施設についてのデータベース化が行われ、班員を含む専門家集団の中でのイントラネットにおいてその運用が試され報告後、広く一般の医師に開示が予定されている。遺伝子検査施設と担当者については目下アンケート回収中で、4月以降にそれらの情報のデータベース化がはかられる。収集可能な遺伝医療情報、例えば、関連学会から出されている遺伝子診断についてのガイドライン、商業ベース遺伝子検査情報等をインターネットホームページ「臨床遺伝医学情報網」を開いて医師を対象に公開し反応を見ている。医療関係者からの質問に答える「いでんQ」質問箱には9割が一般人からの質問で、現時点での遺伝医療体制の不備が浮き彫りにされた。
5. 遺伝医療資源とそのネットワーク化
情報資源の蓄積を行っている段階にあり、それらの情報のイントラネットで試験運用を経てその成果が明らかとなる。
6. 遺伝カウンセリング(遺伝相談)のあり方
遺伝医療に従事する者にとって念願の遺伝相談モデル事業が平成11年度より厚生省の施策として実施される事になった。これを全面的にサポートするため、本邦のどこにおいても均質な遺伝カウンセリングが受けられるよう検討グループが組織され、成果が期待される。
結論
遺伝医療システムの構築と運用に関する研究の研究事業予定期間は2年間である。遺伝カウンセリングを担当する医師の認定資格における統一、遺伝カウンセラー制度のあり方、地域カウンセリングシステムの構築の3課題については班員の中でほぼたたき台が合意されているので年度内に完結が予定される。さらに、本年度から検討が始まる遺伝カウンセリング(遺伝相談)のあり方については、作業部会のメンバーが極めて積極的であり、本年度の早い時期に結論がでるものと思われる。遺伝情報システムの構築と活用、遺伝医療資源とそのネットワーク化についてはこれらの研究の特質上、これで終焉ということは無いが、年度内に収集した情報をデータベース化して公開にまでこぎつかれば成功と言わねばならない。
F. 研究発表
1. 著書
田村和朗,古山順一,宇都宮譲二(1998)家族性腺腫性ポリポーシス.year note 1999 .SELECTED ARTICLES 1999 ,8版,MEDIC MEDIA,医療情報科学研究所,東京,87-95.
田村和朗,古山順一(1998)消化器科領域─大腸;家族性腫瘍─新しい研究動向と診療 指針(監修;宇都宮譲二).Molecular Medicine 別冊,中山書店,東京,346-349.
2. 論文発表
Ito, R., Tamura, K., Ashida, H., Nishiwaki, M., Nishioka, A., Yamamoto, Y., Furuyama, J-I. and Utsunomiya, J.(1998) Usefulness of K-ras gene mutation at codon 12 in bile for diagnosing biliary strictures. Int. J. Oncol., 12(5),1019-1023.
Tamura, S., Takemoto, Y., Hashimoto-Tamaoki, T., Mimura, K., Sugahara,Y., Senoh, J., Furuyama, J-I. and Kakishita, E.(1998) Cytogenetic analysis of de novo acute myeloid leukemia with trilineage myelodysplasia in comparison with myelodysplastic syndrome evolving to acute myeloid leukemia. Int. J. Oncol., 12(6),1259-1262.
Yamamoto, H., Fujimoto, J., Okamoto, E., Furuyama, J., Tamaoki, T. and Hashimoto-Tamaoki, T.(1998) Suppression of growth of hepatocellular carcinoma by sodium butyrate in vitro and in vivo. Int. J. Cancer., 76(6),897-902.
Okamoto, T., Okada, M., Wada, H., Kanamaru, A., Kakishita, E., Hashimoto, T. and Furuyama, J. (1998) Clonal analysis of hematopoietic cells using a novel polymorphic site of the X chromosome. Am. J. Hematol., 58(4),263-266.
古山順一(1998)染色体分析はどこまで進んだか.臨床婦人科産科,52(1),42-45.
田村和朗,李 冠華,指尾宏子,山本義弘,古山順一(1998)分子生物学的情報をもとにした家族性腺腫性ポリポーシス家系の効果的マネージメント.消化器癌の発生と進展,10,201-204.
[研究報告]
古山順一,宇都宮譲二,黒木良和,藤田弘子(1998)遺伝相談に関する諸学会との調整.厚生省心身障害研究遺伝相談に関する研究平成9年度研究報告書,221-225.
3. 学会発表
[シンポジウム等]
田村和朗,李 冠華,指尾宏子,山本義弘,古山順一(1998)分子生物学的情報をもとにした家族性腫瘍性ポリポーシス家系の効果的マネージメント.(ラウンドテーブルディスカッション)第9回日本消化器癌発生学会,9.10-11,宇都宮.(第9回日本消化 器癌発生学会プログラム・抄録集,47,1998.)
[一般講演]
小西倫子,田中朋子,高井 徹,前田 浩,管原由恵,三村博子,玉置(橋本)知子,古山順一,清水喜一(1998)13qトリソミーの一例.第9回臨床細胞分子遺伝研究会,1.24,西宮.(臨床細胞分子遺伝,3,54-55,1998.)
管原由恵,三村博子,澤井英明,辻 芳之,妹尾純子,玉置(橋本)知子,古山順一,矢野樹理,矢原圭以子(1998)小型マーカー染色体を認めた出生前診断への対応.第9回臨床細胞分子遺伝研究会,1.24,西宮.(臨床細胞分子遺伝,3,56-57,1998.)
妹尾純子,玉置(橋本)知子,澤井英明,伊田昌功,管原由恵,三村博子,川口恵子,古山順一(1998)母体血清マーカー検査と羊水診断.日本臨床遺伝学会第22回大会, 5.21-22,金沢.(臨床遺伝研究,20,71,1998.)
澤井英明,玉置(橋本)知子,管原由恵,三村博子,妹尾純子,佐藤誠記,古山順一,北原毅人,繁田 実,香山浩二(1998)羊水検査にて検出されたmarker染色体を有する胎児の家系解析と遺伝相談.日本臨床遺伝学会第22回大会,5.21-22,金沢.(臨床遺伝研究,20,74,1998.)
田村和朗,李 冠華,指尾宏子,山本義弘,古山順一(1998)遺伝子診断で得られた情報をもとに家族性腺腫性ポリポーシス家系のマネージメントを向上できるか.第4回家族性腫瘍研究会学術集会,6.27,東京.(家族性腫瘍研究会学術集会プログラム・抄録集,5,34,1998.)
田村和朗,指尾宏子,古山順一(1998)APC遺伝子情報に基づく家族性腺腫性ポリポーシス家系のマネージメント.第57回日本癌学会総会,9.30-10.2,横浜.(日本癌学会総会記事,89,239,1998.)
家本敦子,玉置(橋本)知子,田村 周,垣下榮三,古山順一,川口 誠,玉置大器(1998)Retinoic acid (RA) によるP19胎児性癌(EC)細胞の神経分化誘導と404kDaのATBF1-A転写因子の発現.第57回日本癌学会総会,9.30-10.2,横浜.(日本癌学会総会記事,89,379,1998.)
玉置(橋本)知子,山本秀尚,藤元治朗,岡本英三,妹尾純子,古山順一,玉置大器(1998)Sodium butyrateによる肝癌細胞株の分化誘導と肝癌発生の阻止.第57回日本 癌学会総会,9.30-10.2,横浜.(日本癌学会総会記事,89,659,1998.)
佐藤誠紀,玉置知子,喜多野征夫,古山順一(1998)FISH法を用いた悪性黒色腫に見いだされた高倍数性の検討.第57回日本癌学会総会,9.30-10.2,横浜.(日本癌学会総会記事,89,714,1998.)
澤井英明,繁田 実,柴原浩章,伊田昌功,香山浩二,管原由恵,三村博子,玉置(橋本)知子,妹尾純子,古山順一(1998)顕微受精妊娠における羊水染色体検査の必要性についての検討.日本人類遺伝学会第43回大会,10.14-16,山梨.(日本人類遺伝学会第43回大会プログラム・抄録集,94,1998.)
妹尾純子,玉置(橋本)知子,古山順一,田村 周,垣下榮三,佐々木公望,立花久大,杉田 実(1998)Retinoic acid(RA)によるP19胎児性癌(EC)細胞の神経分化誘導に伴うP21/waf1、ATBF-1A遺伝子の発現.日本人類遺伝学会第43回大会,10.14-16,山梨.(日本人類遺伝学会第43回大会プログラム・抄録集,131,1998.)                                                  
山本義弘,村田浩一,古山順一(1998)コウノトリのミトコンドリアゲノム全塩基配列の決定とハプロタイプの解析.第21回日本分子生物学会年会,12.16-19,横浜.(第21回日本分子生物学会年会プログラム,26,1998)

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