再生医療の社会受容にむけた医事法・生命倫理学の融合研究

文献情報

文献番号
201406012A
報告書区分
総括
研究課題名
再生医療の社会受容にむけた医事法・生命倫理学の融合研究
課題番号
H24-再生-指定-006
研究年度
平成26(2014)年度
研究代表者(所属機関)
奥田 純一郎(上智大学 法学部 法律学科)
研究分担者(所属機関)
  • 中山 茂樹(京都産業大学大学院 法務研究科)
  • 磯部 哲(慶應義塾大学大学院 法務研究科)
  • 米村 滋人(東京大学大学院 法学政治学研究科)
  • 辰井 聡子(立教大学 法務研究科)
  • 大倉 華雪(独立行政法人 医薬基盤研究所 難治性疾患治療開発・支援室)
  • 佐藤 雄一郎(東京学芸大学 人文社会科学系社会科学講座 法学・政治学分野)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 厚生科学基盤研究分野 【補助金】 再生医療実用化研究
研究開始年度
平成24(2012)年度
研究終了予定年度
平成26(2014)年度
研究費
6,545,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 本研究は、生命倫理を法律の観点から整理・検討することにより、日本における再生医療の社会的受容の基盤を強固なものとし、一般社会・国民からの信頼を得て健全な発展を支えることを目指した。平成26年度は3か年計画の総括として、ヒト試料の提供・採取から臨床実施までをカバーする「法的枠組みの提示」を目的とした。
研究方法
 研究は以下のテーマを設定し文献調べ・考察を行い、近接分野の研究者・医科学研究者・行政担当者ら協力者も加えた研究会を随時実施し、意見交換を行った。

1.学問・研究の自由と再生医療の「規制」

2.再生医療関連細胞に関する私法的法律関係

3.細胞・組織供給体制と再生医療新法――刑法の観点から見た法と倫理

4.再生医療の開発の歴史

5.再生医療・再生医学研究に関する比較法的研究:政府規制と利益相反管理

6.再生医療をめぐる財産権の哲学的基礎―知的財産権とヒト試料

 更にディオバン事件、STAP細胞事件や近時の立法動向を踏まえた。
結果と考察
 再生医療の推進・社会受容に必要なものとして、次の諸点が指摘できる。

a.「明確なルール化」の必要性
b.「研究者による自律的ガバナンス」…憲法的価値としての研究の自由
c.医療・研究推進のための、研究者・事業者へのイニシアティヴの整備
d.社会からの期待・懸念への応答としての「生命倫理等への配慮」

 これらは全てを満足させることは難しい。b・cに着目し再生医療の進展を図ろうとすると、dから(時に十分な理由のない、曖昧な恐怖心・懸念に基づき)研究者たちがしばしば批判を受ける。その結果研究者たちがaにつき「批判や制裁を回避すべく、研究上の有益性を犠牲にしても許容される範囲を示してくれ」と求める萎縮的効果を生じる。再生医療等安全性確保法はこの点に関する一つの回答だが、問題を抱えている。dへの配慮から、規制内容の政令への委任・その刑罰での担保を定めたのは、憲法上の研究の自由の侵害・刑法上の罪刑法定主義違反という、中核的な原則への侵害の恐れさえある。
 同様な課題に直面した脳死臓器移植をめぐる議論の経験を参照する。従来は死=心臓死によってその人の臓器等は「物」として扱われる、として提供・移植を行っていた。その後、死の定義のみを変えることで、従来不可能だった心臓移植を可能にし他の臓器の移植成績を向上させる道が開かれた。その後のアメリカ大統領委員会報告書による脳死の定義の明確化、効果的な免疫抑制剤シクロスポリンの開発等、技術開発と規制緩和の相互作用の下に事態が進行した。この動向に追随し日本でも1997年に臓器の移植に関する法律(臓器移植法)が制定され、2010年に改正された。
 この経緯は「臓器移植の推進」との志向性が社会・研究者・国に共有され技術開発・規制緩和の動因となり、その手段として「死体化・『物』化」を進めたと言える。死の定義を変更する「人はいつ死んだことになるのか?」という論争は、臓器移植の推進=脳死概念の採用との志向性に支配されていた。「死体からの臓器提供は、死者の扱い方として正しいか?」との別の問いもあり得たが、それに基づく論争は生じなかった事もこの事情を裏書きする。この問いは長期脳死事例や小児脳死判定の困難さ等、当初は技術の未熟さ故に不可視だった問題点が後に表面化して提起されたが、正当に評価されていない。こうした問題は将来、社会受容の基盤を破壊しかねない。
 他方、再生医療・研究の社会受容は欧米でも進んでいない。それはクローン技術規制や人工妊娠中絶で問題になるヒト胚が主たる素材であったことが影響している。これは「いつから人になるのか?」との問いかけを提起するが、この点では明確な志向性が共有されていない(内容をよく吟味せず「人間の尊厳」に訴え、研究に否定的でさえある)。この差は、その成果が脳死臓器移植ほどには明白ではない再生医療の現況に依存している。技術の現況に囚われて「志向性」を作ると、研究の進展に伴い隠れた問題が顕在化した場合、それは砂上の楼閣と化す。必要なのは、bとcに基づきaを確立し、その姿勢を一般国民に示しdを果たすことである。
結論
 潜在力の大きい再生医療は未解明の部分も多く、現在の研究が示す実態と、過剰な期待と懸念により描かれている像とが、一致しないことも多い。その克服には最終目標が「医療」であり、その目的として社会が共有できる価値を示す事が必要であり、その価値との密接な関連性を示し世論に訴え信頼を勝ち取る事、研究者の自律性を尊重して明確なルール作りをする事が望ましい。国に対し「依らしむべし、知らしむべからず」と研究者に思わせることは逆効果である。

公開日・更新日

公開日
2015-06-09
更新日
-

研究報告書(PDF)

文献情報

文献番号
201406012B
報告書区分
総合
研究課題名
再生医療の社会受容にむけた医事法・生命倫理学の融合研究
課題番号
H24-再生-指定-006
研究年度
平成26(2014)年度
研究代表者(所属機関)
奥田 純一郎(上智大学 法学部 法律学科)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 厚生科学基盤研究分野 【補助金】 再生医療実用化研究
研究開始年度
平成24(2012)年度
研究終了予定年度
平成26(2014)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 臓器移植、組織移植、幹細胞移植へと展開する今後の再生医療を射程に入れた医事法的論点を抽出・議論・解決するとともに、生命倫理学の再生医療への適用の実践(practical bioethics)を図り、医事法と生命倫理学の学的融合による再生医療の社会への適切な受容を目指す。
研究方法
 平成24年度から各年度につき以下の課題を掲げて分担研究を行い、適宜研究会において意見交換・情報提供を踏まえ各自の研究に反映させた。

・平成24年度:法的視点の明確化
 細胞・組織の採取・獲得と民・刑法における法的擬律(特に違法性阻却論の可能性)、インフォームド・コンセントの内容、ヒト組織の民法上の「物」としての意味、個人所違法保護と研究の自由の観点からのヒト組織利用のあり方

・平成25年度:具体的方策の提示
 臓器移植法の枠組みと再生医療の関係、提供された細胞・組織についての権利者と権利の内容、現行の個人情報保護法制における「個人情報」の概念と目的外使用・第三者提供の許容範囲

・平成26年度:法的枠組みの提示
 細胞・組織の獲得・保存・分配・調整・投与・製剤化の全過程及びアウトプットとしての再生医療製品等についての、現行法上の規制の枠組みの全体像の提示

 また本研究遂行中に成立したいわゆる「再生医療3法」(再生医療推進法・再生医療等安全性確保法・医薬品医療機器等法)につき、その内容を吟味し問題点を析出し、いくつかの研究不正事件(ディオバン事件・STAP細胞事件など)の教訓が再生医療研究に関わる論点(特に利益相反)も並行して研究した。
結果と考察
1.研究倫理指針におけるヒト由来試料の取り扱いと再生医療
 「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」(人対象研究指針)、同指針の「ガイダンス」が成立し、臨床研究指針と疫学研究指針との統合が達成されたが、ヒトゲノム指針は依然両指針に優先して適用される存在とされている。インフォームド・コンセントの内容、「代諾」の法的性質、個人情報の概念とその保護との区別などにつき、現在の混乱は解消されていない。本研究の「生命倫理を法律の観点から整理し再生医療の社会的受容の基盤を強固にし、その健全な発展を支える」との目的はかなりの程度達成されたが、まだ十分実務の場に反映されてはいない。

2.生命倫理と研究倫理
 臨床研究におけるデータ捏造、利益相反(COI)マネジメントの潜脱、STAP細胞問題が相次いで発覚し、人対象研究指針は、研究不正への対応・COI・研究のモニタリングを含むものとされた。これにより「研究倫理」独自の問題、その生命倫理との関係が認識させられる。

3.再生医療と知的財産権
 再生医療を促進するためには、知的財産権に関する法律関係の整備が必要である。そのために、保護の対象となるべき試料提供者・研究者の利益を法律的に確定し、試料移送合意(MTA)によって法的関係を明確にしなければならない。一方で、知的財産権の医薬品等の開発を促進し人々の医療へのアクセスを可能にする公共的側面を認識した法律の解釈・運用が必要である。反面2.で述べた研究不正の、知財獲得・管理の問題との関連性への指摘もあり、法律の解釈・運用の適切さは一層検討されなければならない。

4.再生医療3法の法的考察
 最も問題となったのは再生医療安全性確保法である。再生医療の実行の事前規制が、学問研究の自由・職業選択の自由という憲法的価値や刑法上の罪刑法定主義に反する懸念が指摘された。この問題提起は医学界・行政からは十分理解されなかったが、単に社会からの研究者不信への対応だけを考える議論は、研究と研究者の将来に萎縮的効果を齎す。「再生医療の社会的受容」のためには、十全な配慮が必要である。

5.再生医療に関する国民の意識
 平成24年度での意識調査の段階では、再生医療についての国民の認知度はまだ高くない。他方、全体的に細胞提供・細胞利用への抵抗感が強く、その売買を認めない意見が強かった。ここには臓器移植問題における国民の意識と変わらないものが看取できる。再生医療の人々の受容については、「再生医療」という言葉の普及以上に、その意義と可能性についての理解が必要である。研究者と行政による国民への情報の一層の開示が必要である。
結論
 現在の再生医療をめぐる法規制は、研究に萎縮的効果を齎しかねない要素を含む。研究者コミュニティの自律的規制への委任により創造的な研究の促進を可能にすべく、明確なルールによる規制が必要である。短期的な国民の懸念に阿って曖昧な規制を国が行い、国に対し「依らしむべし、知らしむべからず」と研究者に思わせることは、再生医療研究を停滞させ臨床提供を遠ざけ、国民にも不幸である。

公開日・更新日

公開日
2015-06-01
更新日
-

研究報告書(PDF)

行政効果報告

文献番号
201406012C

成果

専門的・学術的観点からの成果
医事法と生命倫理学の学的融合による再生医療の社会への適切な受容を目指し、そのための医事法的論点の析出とその解決策を模索した。特に従来行政倫理指針に依存していた研究・医療の規制を「法化」した「再生医療3法」の、憲法を始めとする現行法体系との整合性、ヒト試料の法的性質や知的財産権政策につき提言し、再生医療研究の推進とその社会受容のための方途を示した。
臨床的観点からの成果
特記事項なし。
ガイドライン等の開発
特記事項なし。
その他行政的観点からの成果
奥田純一郎(平成24・25年度分担研究者、平成26年度研究代表者)が内閣府総合科学技術・イノベーション会議第84回生命倫理専門調査会(2014年9月17日)にて参考人として招致され、再生医療研究の一環としてのヒトiPS細胞由来の生殖細胞からの胚作製の可否につき、本研究の成果を踏まえて意見を述べた。
その他のインパクト
分担研究者である佐藤雄一郎、辰井聡子、中山茂樹、米村滋人が日本医事法学会第44回研究大会(2014年11月30日)にてシンポジウム『再生医療の規制はどうあるべきか』を行い、本研究の成果を反映した報告を行った。

発表件数

原著論文(和文)
0件
原著論文(英文等)
3件
その他論文(和文)
40件
その他論文(英文等)
1件
学会発表(国内学会)
9件
学会発表(国際学会等)
0件
その他成果(特許の出願)
0件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
1件
日韓国際シンポジウム「日韓生命倫理の過去・現在・未来―ヒト幹細胞研究を起点として―」(2012年11月25日)

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
奥田純一郎
病腎移植の法的・倫理的問題:ドナーの「拡大」か「再定義」か
上智法学論集 , 60 (3・4) , 123-135  (2017)

公開日・更新日

公開日
2015-06-16
更新日
2019-05-23

収支報告書

文献番号
201406012Z