神経芽細胞腫スクリ-ニングの評価

文献情報

文献番号
199800321A
報告書区分
総括
研究課題名
神経芽細胞腫スクリ-ニングの評価
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
久繁 哲徳(徳島大学医学部)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 子ども家庭総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
21,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国においては,神経芽細胞腫(以下,NB)スクリ-ニングが,諸外国に先駆けて1984年に全国的な規模で導入された。しかしながら,その有効性については十分な評価は実施されていない。そのため,国際的に有効性に関する問題点が指摘されており,グロ-バル・スタンダ-ドとなる評価枠組みに基づき検討を行うことが緊急に求められている。そこで,質が高く実行可能な研究設計を十分に考慮して,わが国におけるNBスクリ-ニングの有効性の評価を実施した。
研究方法
NBスクリ-ニングの効果の評価を行った。研究設計としては,短期間で実施可能な,後ろ向きコホ-ト研究を用い,評価指標としては最終的健康結果であるNBの死亡率を用いた。コホ-トの設定には,全国20道府県の出生全小児とした。コホ-ト設定期間は,HPLC法が導入された時点から1997年までとした。全てのコホ-ト構成員は,生後6ケ月を観察開始起点として累積され,動的コホ-トを形成する。なお,追跡期間は8年間とした。このデ-タに基づき,スクリ-ニング受診群および非受診群について,それぞれ観察起点(生後6ケ月)からのNB累積死亡(発生)率を算出して比較検討を行った。なお,NB死亡(発生)率の分母としては,それぞれの動的コホ-トの人・年(person years)を用いた。統計学的な解析として,それぞれの指標の点推定値と95%信頼区間を求めた。また,受診群と非受診群との比較においては,相対危険(relative risk)(ハザ-ド比)を指標とし,その点推定値と95%信頼区間を求めた。
結果と考察
1) 受診群の観察人口は,6ヵ月から1歳未満が268万人と最も多く,観察期間との関連から,その後7歳の64万人まで減少していた。年齢別のNB死亡数は3歳が11例と最も多く,7歳の1例が最も少なかった。死亡率(10万人対)は,3歳が0.29と最も高く,1歳未満が0.07と最も低かった。累積死亡率は,4歳で1.24,8歳で1.84であった。 2) 非受診群の観察人口は,6ヵ月から1歳未満が46万人と最も多く,その後7歳の13万人まで減少していた。年齢別のNB死亡数は1,2歳で2例程度であった。死亡率(10万人対)は,2歳が0.38と最も高く,1歳未満他が0と最も低かった。累積死亡率は,4歳で2.37,8歳で3.95であった。 3) NB死亡率(10万人・年対)(8歳まで追跡)は,受診群で0.256,非受診群で0.530であった。死亡率の分母となる総人・年は,受診群で1250万,非受診群で230万であった。受診群の死亡率の相対危険は0.48であり,その信頼区間は1を下回っていた。 4) NB死亡率(10万人・年対)(4歳まで追跡)は,受診群で0.299,非受診群で0.654であった。死亡率の分母となる総人・年は,受診群で800万,非受診群で120万であった。受診群の死亡率の相対危険は0.46であり,その信頼区間は0.21から1.02であった。
現在までのNBスクリ-ニングの効果評価については,とくに研究設計および評価指標に問題があり,スクリ-ニングの効果を十分に立証する根拠に乏しいことが指摘されていた。今回,比較的強力な研究設計である,後ろ向きコホ-ト研究により,NBスクリ-ニング(HPLC法)によるNB死亡率の減少が示された。スクリ-ニング受診者の死亡の相対危険は,非受診者に比べて0.48であり,その95%信頼区間も1を下回っていた。研究設計において,相対危険が0.4-0.6の場合,必要標本数が430万-1200万人・年と推定したが,今回の観察標本数(1500万人・年)と観察相対危険から見て妥当であったと考えられる。
今回の結果は,わが国の過去の研究による推定とよく対応していた。例えば,北海道(札幌市)における後ろ向きコホ-ト研究8)では,相対危険が0.56と推定された。ただし,その値に有意差は認められず,スクリ-ニングもHPLC法とそれ以前の非HPLC方法の両方を含むものであった。また,近年の北海道における前後研究では,スクリ-ニング導入前に対する導入後の死亡比は,0-4歳で0.31,1-4歳で0.17であることが示されている(後者のみ5%の有意差が認められている)。国際的に注目されたカナダの評価では,研究設計として,過去の研究の中で最も効力の高い,前向きコホ-ト研究(地域別比較)を用ている。その結果,予後不良の年長児のNBの発生は抑制されず,スクリ-ニングの有効性については否定的であることが指摘された。ただし,カナダではスクリ-ニング検査法として,感度の劣る旧法(TLC)が用いられているが,この検査法を用いた場合,わが国の前後研究でも効果が認められていない。その意味では,今回の研究はHPLC法を用いたNBスクリ-ニングに関する初めてのコホ-ト研究である。しかも,その結果,現在わが国で実施されている新しい検査法(HPLC)によるスクリ-ニングの効果が示唆されたことは注目に値する。
ただし,今回の研究結果については,いくつかの問題点が残されており,今後,さらに検討を行う必要があるものと考えられる。第一は,研究設計がコホ-ト研究である点である。スクリ-ニング評価には,罹患し易さなどの偏りが影響することが知られている。今回問題となるのは,この選択の偏りの危険性である。それを除外するにはRCTを実施する必要がある。ただし,NBについては,その危険要因も十分に把握されておらず,偏りとなるような受診行動は,必ずしも推定できない。また,何らかの撹乱要因が,NBの発生・死亡に影響を与えている可能性がある。RCTは実現が極めて困難であるため,こうした偏りあるいは撹乱の影響を検討するために,スクリ-ニングの受診および非受診に関連する要因について,追跡調査をいくつかの地域で実施することが求められる。第二は,対象者の追跡の問題である。今回,コホ-トを追跡しているが,追跡の妥当性については検証が困難である。というのも,NB症例については,居住地域が他府県へ移動した場合には,継続した情報が得られないからである。こうした問題は,住民移動の多い地域では影響が強いと考えられる。ただし,こうした追跡からの脱落・移動が,スクリ-ニング受診と関連して偏りとなるかどうかは不明である。しかしながら,今後,NB症例の追跡率と受診との関連などを検討することが必要と考えられる。また,地域別に住民移動率と死亡率の関連などを検討して,不均一性があるかどうを評価することも2次的な分析として役立つものと思われる。第三は,地域間の不均一性の問題である。今回の死亡率の相対危険については,コホ-ト全体で算出している。しかしながら,その結果の信頼性という観点からは,バラツキは大きくなるものの,地域(ないし地区)別に比較検討することが,今後必要と考えられる。第四は,対象者の規模の問題である。死亡率の相対危険の信頼区間は,死亡率の比の大きさとともに対象数に関連している。当初の研究計画では,全国20道府県が対象となっていたが,情報収集の関連から今回は15地域に限定した。また,一部の地域については追跡期間を短く設定した。したがって,今後,残りの地域および期間を含めた解析により,死亡率の信頼性については,安定性が増すものと考えられる。
結論
NBスクリ-ニング(HPLC法)の効果を評価するために,全国15道府県を対象としてコホ-ト研究を実施した。研究設計としては比較的強力な後ろ向きコホ-ト研究を,また評価指標としてはNB死亡率の減少を用いた。その結果,スクリ-ニング受診者の死亡の相対危険は,非受診者に比べて0.48であり,その95%信頼区間も1を下回っていた。この結果は,現在,わが国で実施しているNBスクリ-ニングの効果が認められることを示唆している。この結果の頑健性を把握するために,さらに今後,いくつかの問題点について詳細な検討が必要と考えられる。

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