新生児期の効果的な聴覚スクリ-ニング方法と療育体制に関する研究

文献情報

文献番号
199800320A
報告書区分
総括
研究課題名
新生児期の効果的な聴覚スクリ-ニング方法と療育体制に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
三科 潤(東京女子医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 多田裕(東邦大学医学部)
  • 田中美郷(帝京大学)
  • 加我君孝(東京大学)
  • 久繁哲徳(徳島大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 子ども家庭総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
21,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
聴覚障害児の発症は1000出生に1~2人と言われており、現在多くのNICUでは、ハイリスク児に対しては聴性脳幹反応(ABR)などを用いて聴覚障害の早期発見がはかられている。聴覚障害児に対する療育を早期に開始すれば、言語能力や知能発達に著しい効果があるといわれているが、その約半数は他には何等の疾病を有しないロ-リスク児であり、新生児期や乳幼児期には他覚的徴候に乏しいため、現在では2歳以降と年齢が進んでから発見されることが多く、診断および療育は更に遅くなる。早期療育の効果が顕著に現れるのは、これらの児であり、ロ-リスク児の聴覚障害の早期発見が重要である。現在、米国では生後3か月までに聴覚障害児を発見するために、全出生児を対象とした新生児期の聴覚のユニバ-サル・スクリ-ニングが勧められている。そこで本研究では、我が国ではこれまで殆ど実施されていなかった全出生児に対する新生児期の聴覚スクリ-ニングを実施し、聴覚障害児の早期発見を有効に行える方法、ユニバ-サル・スクリ-ニングを実施しうる体制などを検討し、我が国に於ける、新生児期の聴覚障害のスクリ-ニング方法の確立をはかる。さらに、スクリ-ニングで異常が発見された場合の確定診断の方法や、早期に発見された聴覚障害児の療育方法についても検討し、また、スクリ-ニングによる社会的経済的な効率についても検討する。
研究方法
初年度の研究として以下のように、研究を分担して行った。1. 聴覚スクリ-ニングの研究設計に関する検討:久繁哲徳、2.新生児期の聴覚障害診断法に関する検討 - 特に、自動聴性脳幹反応(AABR)と耳音響反射(OAE)について:加我君孝、3. 新生児期の聴覚スクリ-ニング実施および追跡調査による効果的なスクリ-ニング方法の検討:三科 潤、多田 裕、4. 聴覚障害の診断および聴覚障害児の早期療育方法に関する検討:田中美郷、5. 新生児期の聴覚スクリ-ニングおよび早期療育の実施システムに関する検討:三科 潤、多田 裕、田中美郷
久繁哲徳による聴覚スクリ-ニングの研究設計に関する検討の結果、以下のような研究計画で実施した。聴覚障害の発症頻度を考慮すると、スクリ-ニング検査の特異度および感度を有効に検討するためには、対象例は少なくとも1万例が必要となる。現在、聴覚障害例発見後の早期療育が可能な地区である関東、中京、阪神地区の15医療機関(東京女子医科大学、東邦大学、東京大学、帝京大学、昭和大学、日赤医療センタ-、愛育病院、埼玉県立小児病院、名古屋市立大学、名古屋第二赤十字病院、城北病院、大阪府立母子保健総合医療センタ-、神戸大学、パルモア病院、姫路赤十字病院)において、研究参加施設の院内出生児およびNICUに収容された児のうち同意が得られたものを対象として実施した。新生児期の聴覚スクリ-ニング法としては今年度は特異度を重視して選択し、現在、特異度が最も高いスクリ-ニング法である、自動聴性脳幹反応聴力検査AABR(ネイタス社製アルゴ2)を用いた。イア-カプラ-を両耳に装着して、音圧35dbHL(ささやき声程度の音圧)のクリック音を聞かせ、掃引回数最大15000回で、反応あり(pass)、反応無し(refer)を判定する。検査は、薬剤等は使用せず、自然睡眠下にベッドサイドで行った。検査実施時期は、正期産児は原則として生後1週以内、早産児は原則として修正36~44週頃とした。聴覚スクリ-ニングの結果による児の取り扱いは以下のようにした。AABR"pass"例は新生児聴覚スクリ-ニング「陰性」とする。"refer"の場合は、再検する。再検査で両側"refer"が出た場合は、「陽性」とし、精密検査を実施する。ABRの判定は、専門医によるABR判定委員会を組織して判定するが、40dbHLにおいて分離不良を異常とする。精密聴覚検査の結果、統一の診断基準で聴覚障害の診断を行い、聴覚障害例に対しては、早期療育を行う。早期療育法に関しては、田中美郷らによる本研究班で作成した統一のプログラムにて行う。また、調査票により、対象者全例を登録する。追跡調査として、1歳6か月および3歳に於いて、郵送法にて聴覚・言語・知能発達調査を行い、この結果は専門家による聴覚障害判定委員会で判定し、診断を行う。新生児期聴覚スクリ-ニング法の有効性の判定は、1歳6か月および3歳の聴覚・言語・知能発達調査の結果により、スクリ-ニング法の感度、特異度、的中率をもとめ、検査の有効性を判定する。調査結果の集計により下記のような解析を行う。アルゴ2による新生児期聴覚スクリ-ニング陽性率、"refer"例のABR陽性率、新生児期スクリ-ニングによる聴覚障害有病率、アルゴ2とABRの一致率、1歳6か月および3歳に於ける聴覚障害有病率をもとめる。対象者全例の追跡を3歳まで行うことにより、スクリ-ニング法の感度、特異度、的中率をもとめ、検査の有効性を判定する。また、ハイリスク因子が聴覚障害発症に及ぼす影響を解析する。
結果と考察
初年度としては、上記の研究参加施設に於いて前記の定義による聴覚障害のハイリスク児170例、ロ-リスク児411例、合計581例に対しアルゴ2による聴覚スクリ-ニングを実施した。ハイリスク児170例、に於いては、両側referは18例(10.6%)であり、15例(8.8%)はABRに於いても異常所見が認められたが、7例は時間経過と共にABRは正常化した。ABR異常例は今後精密検査実施により聴覚障害の診断を行う予定であるが、従来報告されているハイリスク症例中の聴覚障害の頻度は1~2%といわれているので、時間経過に伴うABRの変化の観察も必要であろう。ロ-リスク児411例に於いては、両側referは10例(2.4%)であったが、このうち4例のABRは正常であったが、6例はABR未実施である。今後ABR実施の予定であるが、現在はロ-リスク児からはABR異常例はない。ABR異常例は今後精密検査実施により聴覚障害の診断を行う予定である。未だ確定診断に至った症例がないため、現時点では検査の特異度は評価できない。全出生児対象のスクリーニング検査は未経験のため、各施設で検査実施の体制を作り上げることに時間を要した。全出生児を対象にスクリーニング検査を実施するには、対象例が多い施設では、専従の人材確保が必要であった。アルゴ2の操作は比
較的簡単であり、手技的には問題は無かったが、自然睡眠下での検査を行うため、睡眠・安静の確保が最も大きな問題であった。また、追跡調査のために、スクリーニング症例を、全例主任研究者の元で登録した。今後の問題としては以下のように考えられる。NICU入院児のスクリーニング体制は殆どの施設で整えられたが、正常新生児全例にスクリーニングできる体制は未だ不充分であり、今後の整備が必要と考えられる。分娩数の規模により、スクリーニング検査を週3回から5回確実に実施できる体制を作る必要がある。また、スクリーニング後の早期診断・早期療育の体制整備が必要であるが、現在これが可能な地域は限られている。このため、聴覚障害の早期療育体制の現状を全国規模で調査する必要があると考える。
結論
新生児期の効果的な聴覚スクリ-ニング方法を検討するために、聴覚スクリ-ニングの研究設計に関する検討を行い、ハイリスク児、ロ-リスク児を含めて、約10000例の聴覚スクリ-ニングを新生児期に実施する計画を作成し、開始した。検査には自動聴性脳幹反応(AABR)を用いた。本年度は、581例に対しアルゴ2による聴覚スクリ-ニングを実施した。未だ確定診断に至った症例がないため、現時点では検査の特異度は評価できない。ユニバ-サル・スクリ-ニング実施のためのシステム、早期診断及び早期療育の体制整備が今後の検討課題となった。

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