妊産褥婦および乳幼児のメンタルヘルスシステム作りに関する研究

文献情報

文献番号
199800315A
報告書区分
総括
研究課題名
妊産褥婦および乳幼児のメンタルヘルスシステム作りに関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
中野 仁雄(九州大学医学系研究科生殖病態生理学)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 子ども家庭総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
12,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
次に掲げるリサーチクエスチョン(RQ)に対し明快な回答を得ることである。
RQ1:本邦、全妊産褥婦に行う施設型「母子保健プログラム」の策定。RQ2:本邦、全妊産褥婦に行う地域型「母子保健プログラム」の策定。RQ3:産後うつ病患者の治療の現況。RQ4:新生児合併症症例の父母のメンタルヘルスに関する実態の評価。RQ5:母子のコミュニケーションの質的評価。RQ6:メンタルヘルスケア実施者としてのコメディカルの教育プラグラムの策定。
研究方法
以下のリサーチクエスチョンに回答を得ることである。RQ1: 多施設共同研究として埼玉医科大学、三重大学、岡山大学,九州大学,琉球大学の5施設の産婦人科が参加した。対象は、(a)初産婦、(b)エントリー時点で妊娠8か月(c)当該施設での出産予定・調査への同意が得られた者で、300例を目標とした。面接は主として助産婦が行った。時期は、妊娠後期(9か月目)、産後1か月目、産後3か月目、産後12か月目に実施。調査期間を通じて同一の妊産褥婦には1名の面接者が専任して面接にあたる。産後面接者は精神疾患の診断並びに今回使用する構造化面接の使用法について事前の訓練を受けた。訓練は(1)通信教育と(2)スクーリングからなる。通信教育は診断練習用診断要旨集を各面接者に送付、回答させてDSM-・(American Psychiatric Association, 1994)の診断技術を向上させた。RQ2:1) 患者からみた受療動態。過去5年間に三重大学精神科に受診した非精神病性の産後うつ病の患者50名のうちインフォームド・コンセントが得られた10名を対象として受療経路に関したEU projectの調査票を翻訳し、日本語版を作成、これを郵送配布回収した後、聞き取り調査で評価した。Pathway調査票は受診の決断(主訴)、出産からの時期、依頼者、披依頼者、相談までの時間、受診に要した時間と効果、の各々をを各レベル別に調査した。2) 医療保健従事者面接による問題調査。地域の母子保健と精神保健の行政と医療、福祉領域に従事する専門家に、EU Projectのヘルス・サービス・リサーチ・ガイドラインに沿って約1時間の面接を実施した。3) 地域保健所活動における褥婦のモニター。出産後に博多保健所の保健婦、助産婦の家庭訪問を希望した産婦100人をリクルートし、・出産後8~10週に訪問助産婦、保健婦による家庭訪問を行い、・調査項目聴取、・エジンバラ産後うつ病質問票(以下EPDS)、・Bonding質問紙を訪問者同席で自己記入。・EPDS9点以上か、項目10(自傷行為、自殺企図)が1点以上はケ-スコンサルト用紙に記入し、九大精神科母子保健担当医へFAX送付することとした。4) ハイリスク症例の児の発達異常の実態―産後の母子関係の評価。1994年~1995年の研究対象88名のうち、電話による調査可能であった31名を対象として、・産後1カ月から3カ月の精神医学的診断とBonding質問紙の得点調査、・電話面接調査を行った。RQ3:産後うつ病患者の治療の現況。過去5年間に三重大学病院精神科を受診した産後精神病の患者28名を調査した。対象の25%が入院患者であった。調査は診療録と主治医聴取による。内容は、発病時期、入院の有無、入院期間、診断名、治療方法、治療効果、予後、次回妊娠時のエピソードの有無である。RQ4:新生児合併症症例の父母のメンタルヘルスに関する実態の評価。1) 周産期の死(死産・新生児死亡)を経験した母親のメンタルヘルスに関する研究。選択方式と記述方式によるアンケート調査を施行した。対象は1988年から1991年の4年間に周産期死亡により胎児・新生児を亡くした母親68名である。2) 乳幼児突然死症候群で児を失った家族のメンタルヘルスに関する実態の評価。本邦におけるSIDS家族の会の会員21名にインタビューを行った。また、既にSIDS家族の会が行っているビフレンダーを中核としたメンタルヘルスサポートの現状を調査した。RQ5:母子のコミュニケーションの質的評価とありかたの策定。1) 乳幼児期早期の母子コミュニケーションの質的評価とありかた。東海大学健康科学部におけるMother-Infant Unitにおける治療例を対象に、乳幼児期早期において母子間で重篤なコミュニケーションの障害を示している症例に対して事例検討を行った2) 妊産褥婦と乳幼児の精神保健援助。心的外傷に注目し、EMDR(Eye M
ovement Desensitization and Reprocessing)による治療介入を対象となる児18例に行い、その反応性をもとに精神病理形成過程を考察した。RQ6:メンタルヘルスケア実施者としてのコメディカルの教育プラグラムの策定。1) 助産婦教育における母子のメンタルヘルスケア。助産婦教育に必要な母子のメンタルヘルスケアに関する教育について、デルファイ法による3回の反復調査を行った。2) 助産婦教育における母子精神保健教育のあり方。ビデオによる教材と学習内容を強化するためのテキスト作製を行った。
結果と考察
RQ1:周産期の精神疾患の発現に関する前方視的多施設コホート調査はそれ自体画期的であり、同年度に発足したWHOプロジェクトに匹敵する。助産婦による構造化・非構造化面接と精神面支援の介入効果を検討した結果、助産婦・患者の人間関係が強固になり、面接手順の円滑化、コミュニケーションの改善、さらに精神医学的診断を介して患者の特性および性格傾向が把握でき、サポートに際して診断的根拠が得られた。また、面接によって発見されたハイリスク症例が存在した。RQ2:患者からみた受療動態として、症状が発現して行動に移すまでに平均1カ月以上を要していた。周囲からのアドバイスは比較的多い。相談相手は多様だが半数は産科医に相談している。比較的早期に受診しているが、精神科医への依頼を勧められたのは20%しかない。地域の枠では十分対応できなく、居住地から遠方への受診が目立つ。また、医療保健従事者面接による問題調査では、潜在する問題が数多く浮き彫りにされたが、産後精神機能障害の存在、意義等への社会的理解度の未熟性が問題解決に向けた行政施策策定への動機を形作っていないとするものが多い。地域ぐるみで、ハイリスク症例における産後の母子関係の評価をするには、母親の抑うつエピソードの有無に応じてBondingの否定的因子の高得点者がみられることから、母子関係の障害のハイリスクグループとしてうつ病をフォローする必要がある。RQ3:産後うつ病の母親および家族は、入院を要する重要な病像にも係わらず、母子分離に対する抵抗が強く、また入院例でも、退院後の育児不安を訴える母親がいる。RQ4:周産期児死亡を経験した母親は、悲嘆過程を経過する。たとえ急性期であっても、医療従事者による同情的対応と納得のいく説明が必要で、死を現実として受け止めるための対応(死産児でも抱くなど)を要する。死後の儀式へのスタッフの参加も有意義である。施設には死別対応チーム(bereavement team)によるfollow-upシステムが望ましい。乳幼児突然死症候群で児を失った家族のメンタルヘルスには、次の子どもへの不安、育児そのものへの不安、自責の念、相談相手のない不安、原因不明ということへの不安、病院・保育所への不信が介在する。現状では最も大切な役目をしているのは家族の会によるサポートである。RQ5:乳幼児期早期の母子コミュニケーションの質的評価に対しては、情動的コミュニケーションの破綻の要因として接近・回避動因的葛藤に注目する必要がある。子ども自身の「心的外傷」に対してEMDR治療を行った結果、従来の伝統的な対話を中心とする精神療法と比較して速やかに症状が改善する。RQ6:助産婦教育現場での調査結果から、助産婦に必要な母子のメンタルヘルスケア能力とそのための教育内容について、能力及び教育内容は助産学、産科学、心理学、家族社会学等の広範囲にわたる知識・技術・態度であると認識されていた。重要度が高いとするものは、人間性やケアニーズの判断力、カウンセリング能力の育成をめざした教育である。母子精神保健教育の教材として、テキストの原稿とビデオ作製のための構成、シナリオの原稿を作成した。
結論
RQ1・6:平成10年度末までに約200例の登録を完了した。この種の調査としては類をみない規模であり、来年度はその解析に入る。その結果、助産婦が外来で行うものとして施設型の母子精神保健プログラムがWHOプロジェクトと肩を並べて独自に策定できる。また、実施者としての助産婦教育のありかたについても今後の検討に道を開いた。RQ2・3:うつ病患者の受療動態、児のリスク度
の調査結果から、地域でのフォローが必要な対象とその特徴が分かった。さらに、地域母子精神保健従事者から問題点を集約した。これをもとに地域型母子保健プログラムをモデル地域で策定する見通しが得られた。RQ4:SIDSなど児の死亡と直面する母親のメンタルヘルスケアの基礎資料を得た。今後サポートのありかたを検討する。RQ5:母子のコミュニケーションの質的評価は将来にわたる検討課題である。

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