精神障害者の人権擁護に関する研究

文献情報

文献番号
199800308A
報告書区分
総括
研究課題名
精神障害者の人権擁護に関する研究
研究課題名(英字)
-
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
鈴木 二郎(東邦大学)
研究分担者(所属機関)
  • 鈴木二郎(東邦大学)
  • 山崎敏雄(医療法人社団唯心会山崎病院)
  • 川副正敏(福岡県弁護士会精神保健委員会)
  • 益子茂(都立松沢病院)
  • 北村俊則(国立精神・神経センター精神保健研究所)
  • 山上皓(東京医科歯科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
17,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
障害者基本法の制定施行にもかかわらず現実には精神障害者の人権擁護は十分に果たされているとはいいがたい。これがどのような要因によるのか関連する医療保険の諸制度や体制上の問題点を検討し、解決の方策を解明することを目的とした。
研究方法
上記目的のため、現在重要と思われる下記6項目を分担して研究した。
(1)精神保健指定医の生涯教育と指導医制:本年度は指定医の現状を知るために、全国の主な日精協所属民間病院、国立病院、自治体病院、全大学病院合計777病院に23項目からなるアンケートを依頼し、その回答を集計し、分析した。
(2)精神医療審査会の運営の適正化:各精神医療審査会委員と事務局にアンケートを発送し、集計結果を分析した。さらに各県代表審査委員と懇談して検討、総括した。(3)精神障害者のための当番弁護士制度:本年度は、以下の検討を行った。
1.福岡県弁護士会における1998(平成10)年度の活動実績を集約・分析した。2.この制度を現に実施し、ないしは導入を検討している弁護士会(東京、名古屋、京都、大阪、奈良、岡山、広島、福岡)及び日本弁護士連合会の各担当者とともに概況報告や問題点とその拡充方策等の検討を行った。3.平成9年度までの結果に関して、精神科臨床医、精神医療審査会委員の経験者、法律学者(刑事法)、民間ボランティア団体関係者らの意見を聴取した。
(4)精神障害者の受診の促進:治療の必要性が理解できない精神障害者で早急に医療に結びつける必要のある場合の受診援助のあり方、特に医療機関への移送の問題について、そのための調査原案について検討した。その上で、日本精神科救急学会、日本 精神神経科診療所協会、日本精神医学ソーシャルワーカー協会、都市部保健所の精神保健担当者、全国精神保健福祉センター協会、都市部保健所の精神保健担当者、全国精神保健福祉センター長会、各自治体の精神医療審査会委員及び公衆衛生審議会精神保健部会委員を対象にアンケート調査を行い調査の集計・分析結果を検討した。
(5)精神科医療における情報開示と自己決定権:747 名の学生と 114 名社会人(学生の両親)を対象とし、精神疾患の架空症例を呈示し、自らがそうした疾患に罹患して医療機関を受診した場合に、どのような情報を知りたいかを調査した。
(6)精神障害者のための成年後見制度:この領域で、すでに優れた制度を整備し、精神障害者に対する後見制度を実施している欧米諸国の関連資料を収集し、また全国の医学部精神科教授を対象に、改正成年後見制度についてのアンケートを準備中である。
結果と考察
(1)精神保健指定医の生涯教育と指導医制:1)指定医申請の際の指導および資格取得後の指導に関しては不十分で、今後検討の余地がある。2)指定医の実務マニュアルがある病院は少なく、ある方が良いが、さらに点検システムが必要である。3)精神保健指定医講習会の事例研修についてさらに検討が必要である。4)指定医の資質に関しては約2/3が現状肯定的であるが、法や精神医学的知識、具体的処遇の知識の不足が多くあげられ、積極的自己研鑽と相互の情報交換が重要とされる。
(2)精神医療審査会の運営の適正化:平成10年度は精神医療審査会(以下「審査会」という)活動の現状と各委員の問題意識を調査したところ、審査の迅速性や審査件数の多募などの面では客観的データに比して審査委員が楽観的にすぎる評価を下していることが判明した。一方審査会の調整機能の強化や任意入院患者の権利擁護システム整備、法律援助制度の拡充を望む意見は審査会委員の過半数であり、条件を整えれば精神医療審査会制度が活性化される可能性のあることが示唆された。また審査会事務局の独立を望む意見も多数を占めた。
(3)精神障害者のための当番弁護士制度:1.1998(平成10)年度における福岡県弁護士会での精神保健当番弁護士の活動実績は、概ね前年度までの実績と同様であり、1993(平成5)年の制度発足から現在までの約6年間余りの相談件数は毎年約 100件前後で推移している。このうち、精神医療審査会請求の代理人活動に移行して退院や他形態入院相当など患者の希望が実現したものは必ずしも多くはない。しかし、精神医療審査会請求の代理人活動に入る前の相談活動(患者・主治医との面談)や家族との協議、さらには審査会請求をしたことをきっかけにして、審査会の結論が出される前に患者の希望が事実上実現するに至った案件は相談件数の約10%にのぼっていることが確認された。他都府県で実施あるいは導入検討中の東京、名古屋、大阪、京都、奈良、岡山広島などの状況も調査された。その結果問題点として、相談担当弁護士人員確保の困難さ、財政的保証、相談援助活動の低調さ、代理人としての弁護士へのカルテ開示が十分になされないなどがあげられた。
(4)精神障害者の受診の促進:今回のアンケートの中で、措置入院には該当しないが、治療の必要性が理解できない精神障害者で本人が拒否する場合でも診察や移送を必要とする事例は存在するとの回答が9割を越えた。また診察や移送に関して法改正を含め何らかの新たな対応の検討が必要との回答は8割に近く、制度整備の必要性についての一定のコンセンサスが得られた。また、具体的方法としては指定医の診察による移送の要否判断が必須であるという意見が多く、移送先の医療機関については、往診入院という医療的位置づけからその指定医の所属する病院が望ましいという意見に対して、人権擁護の観点からその指定医の確保等の困難性を懸念する意見も散見された。移送手段については、民間業者を利用することは人権への配慮やプライバシー保護の観点から望ましくないとする意見が多かった。
(5)精神科医療における情報開示と自己決定権:80 % 以上が、診断、原因、予後、精神療法、薬物療法、治療の効果、副作用、代替治療、カルテの内容について「知りたい」と回答した。約半数(48.1 %)がすべての項目について「知りたい」と答えた。
(6)精神障害者のための成年後見制度:①能力判定マニュアル:障害者の精神能力判定に関しては、イギリスでは、英国医学協会と法律家協会の協力によりマニュアルが作成されており、これが他国においても参考にされている。
②能力判定所:能力判定センターは、裁判所や大学、その他の独立事務所等、邦夫予  備地域の実情に合わせ、様々な形で設置されている。この結果から、成年後見制度運用のためのマニュアル、精神能力判定のためのマニュアルの作成、民事鑑定の実態調査、精神能力判定のための新システムの構想が必要である。
結論
精神障害者の人権擁護に関して、上記いずれの事項もきわめて重要であることが判明した。精神保健指定医の資質あるいは精神医療審査会の機能のさらなる向上、活性化が求められる。また受診促進のためのシステムあるいは精神障害者の自己決定権の認識が確立されるべきである。さらに精神障害の基本的人権を擁護し、援助するための当番弁護士制度や適切な成年後見制度が速やかに制定されるべきである。

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