アルコール依存症の疫学と予防に関する総合的研究

文献情報

文献番号
199800295A
報告書区分
総括
研究課題名
アルコール依存症の疫学と予防に関する総合的研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
白倉 克之(国立療養所久里浜病院)
研究分担者(所属機関)
  • 白倉克之(国立療養所久里浜病院)
  • 杠 岳文(国立肥前療養所)
  • 角田 透(杏林大学医学部衛生学教室)
  • 猪野亜朗(三重県立高茶屋病)
  • 廣 尚典(日本鋼管病院鶴見保健センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
14,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
1)1984年に実施された日米共同疫学調査以来、我が国では一般人口の問題飲酒者に関する研究はほとんどない。本研究は、一般人口集団の飲酒パターン・アルコール関連問題の実態把握と、調査で同定した問題飲酒者を長期追跡し、飲酒の健康・社会生活に及ぼす影響を評価することを目標にしている。2)一般人口に対する健康診断結果を利用して、飲酒習慣が縦断的に、循環器関連の健康障害にどのように関連しているか評価する。3)未成年者の飲酒行動を長期に追跡していくことにより、年齢とともに飲酒の増大していく状況や問題飲酒の出現状況をとらえ、飲酒の促進因子を抽出する。4)最近増加している高齢者のアルコール依存症者を同定する補助手段としてのスクリーニングテストを開発する。これにより、彼らの飲酒問題に対して効果的に介入できる。5)飲酒問題への否認、アルコール依存症への否認を客観的に評価できるスケールを開発する。これにより、治療予後の判定、治療課題の設定が可能となる。6)職場において、産業医や産業看護職が問題飲酒者に対する効果的なBrief interventionを行なうためのマニュアルを作成することを目標にしている。
研究方法
1)飲酒パターン・飲酒問題の評価ができるような自記式調査票を作成した(分担研究報告参照)。今年度は調査票の妥当性等を検討すべく、某病院職員157名、離脱期をすぎたアルコール依存症者78名に対して予備調査を行なった。2)昭和61年沖縄県佐敷町の住民検診で飲酒パターンについて回答した者の中で、その後の10年間に少なくとも3回住民検診を受けている者を対象にした。その数は男性76名、女性169名、合計245名であった。3回の検診で、血圧、血清脂質、心電図の結果を評価し、飲酒パターンとの関連を検討した。3)神奈川県某市の中学生に対して飲酒行動の追跡調査を行なっている。当初の調査対象者は1,238名であった。これらの者に郵送法で調査参加の依頼をした所、802名が参加に同意し、エントリーのための調査に記入して返送してきた。この調査は、中学生が22項目、親が15項目からなる自記式調査である。内容は本人および両親の飲酒行動、飲酒に対する認識等に関するものである。対象802のうち、子供の797通、親の784通が有効で、今年度はこれを解析した。なお、本人の飲酒の追跡は既に2年目を迎えている。4)高齢者のアルコール依存症スクリーニングテストを作成する目的で、高齢者の飲酒問題に関連する78項目の調査票を作成し、一般高齢者(老人クラブ会員)1,104名、アルコール依存症者60名に実施した。今年度は、両群間で調査項目の回答について比較検討した。5)68項目からなるアルコール依存症に対する否認スケールの原版を作成し、入院直後の治療初期群13名と断酒会員で治療の進行している群9名に対して、予備調査を実施した。その結果から、質問数を減らすなどして本調査用質問票を作成した。6)某職域の健康診断で、問題飲酒者(AUDIT 10点以上の者かγ-GTP 100U/L以上の者)98名を抽出した。これを3群に分け、それぞれ個別面接、社内メール、小集団教育という手段でBrief interventionを行なった。内容は3群とも同一で、FRAMES法に従った。介入実施後6ヶ月後に、飲酒状況につき質問紙調査を実施し、その効果を比較検討した。
結果と考察
1)某病院職員の結果では、AUDIT10点以上の者が、男性の31.0%、女性の5.8%に存在した。このCut-off点を使うとその前後でγ-GTP値のみならずMCV値の平均値にも有意な差を認めた。飲酒量についても、γ-GTP値と有意な相関を認めた。アルコール依存症群では、AUDITの平均値が24点で、10点以上が97.4%存在した。これらの結果から調査票の妥当性が確認された。AUDITのCut-off点は、調査により操作的に使われるが、本調査では10点が適当でることが示唆された。2)対象者の中で、「飲まない」と回答した群が「飲む」と回答した群に比べて、循環器関連障害の健康状態の評価が悪かった。「飲酒あり」の詳細については不明であるが、分担研究者の問診時の印象で大量飲酒者は少なく、今回の結果は、少量の飲酒は循環
器に対してよい影響があると解釈された。しかし、方法論上の問題点が多く、今後検討されるべき課題は多い。3)対象中学生の飲酒経験者は46%、飲酒頻度は月1回以上の飲酒者は全体の5.6%と全国平均より低く、1回当たりの飲酒量もコップに3杯以上の者は1.1%と少なかった。親の子供の飲酒に関する認知は低く、親の80%は自分の子供は飲んでいないと考えていた。QFスケールで飲酒問題を持つと判定された群はそうでない群に比べて、自分達の飲酒を肯定する傾向が強く、親の飲酒問題も多く認めらた。対象とした中学生の飲酒はまだ低い段階にあったが、それでも子供の飲酒に対する親の認知は低く、子供の飲酒群は一定の傾向を持っていることが明らかになった。今後、追跡調査結果が順次解析されていくが、飲酒を促進している要因の同定などが期待される。4)以前からの継続研究である。今年度は、高齢アルコール依存症者の調査を終了し、対象者数が60名になった。正常者との間で判別分析を行ない、2群をもっとも高い敏感度、特異度で弁別しうる項目を選定する作業に入る前に、今年度は個々の質問項目について2群間で比較検討した(質問項目の詳細については、分担報告書参照)。その結果、4つの質問項目を除いたすべての項目で2群間に有意差を認めた。調査票に使用した質問の妥当性は今年の解析で明らかになった。来年度は、判別分析を行なう予定である。
5)予備調査から、68項目からなる患者用否認スケールの原版でも、一定のCut-off点を用いて、治療初期群(否認レベルが高いと考えられる群)と断酒会員(否認レベルが低いと考えられる群)とある程度弁別できることが明らかになった。この予備調査から、質問項目を更に減らして、最終的に本調査用の質問票を作成した。分担研究報告書からわかるように、それは、患者用、家族用、治療者用、およびインターベンション評価用からなる。スケールの作成に必要な本格的な調査は3月から既に始まっている。6)3種類のBrief intervention方法、すなわち個別面接、社内メール、小集団教育の6ヶ月後の評価では、個別面接が節酒の実施率とその効果について最もよかった。また、年齢別に見ると、50歳代に限っては、小集団教育が最もよかった。マニュアル作成のためには、今後さらに症例数を増やして多面的に解析する必要がある。しかし、今年度の結果からは、Brief interventionの方法として、個別面接が最も優れていることが示唆された。
結論
分担研究には、今年度からあらたに開始された研究、既に開始されていた継続研究が含まれ、その進捗状況は一様でない。しかし、進捗のレベルは異なっていても、各分担研究が今年度の研究である一定の成果を得ていることは明らかである。一般住民の飲酒実態に関する研究、否認スケールの開発に関する研究は、新規研究であり、今年度は調査票の妥当性を検討したが、何れも良好な結果が得られている。Brief interventionに関する研究も新規研究であったが、個別面接の有効性を示す結果を示した。継続研究ではいずれも有意義な結果を既に出している。さらに検討が必要ではあるが、住民検診に関する研究では、(少量)飲酒が循環器関連障害の抑制を示唆する結果を示した。未成年者の飲酒行動に関するコーホート研究では、我が国で初めて子供と親をペアーで調査し、子供と親の認識の差、親の飲酒が子供の飲酒に影響を与える点など、興味深いデータを示してくれた。高齢者のアルコール依存症スクリーニングテストも、判別分析が可能な段階まで到達していた。本研究班は、今年度新たに立ち上げられたために、分担研究のなかで当初の目的を達成した研究はもちろんない。しかし、今年度の研究成果から来年度以降、内容の優れた研究成果が強く期待される。

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