音楽療法の臨床的意義とその効用に関する研究

文献情報

文献番号
199800286A
報告書区分
総括
研究課題名
音楽療法の臨床的意義とその効用に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
日野原 重明(聖路加看護大学)
研究分担者(所属機関)
  • 松井紀和(日本臨床心理研究所)
  • 篠田知璋(立教大学)
  • 村井靖児(国立音楽大学)
  • 坪井康次(東邦大学医学部)
  • 丸山忠璋(横浜国立大学教育人間科学部)
  • 川上吉昭(東北福祉大学)
  • 指宿真智雄(東北福祉大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、国民医療費が高騰し、国家医療財政が逼迫している。一方、国民の医療に対するニーズは多様化し、受療者自身が治療法を選択する医療へとその方向性は大きく変わりつつある。これは、従来の与えられる医療から、受療者の身体的、心理的ニーズに応えた、受療者にとって優しい医療への要請にほかならない。
こうした新しい医療や福祉への期待は大きく、それらを反映するかたちで、今日、わが国においても音楽療法が広く行われようとしている。
しかし、現在、音楽療法は、関係する制度が整備されていないこと、医療・福祉の領域での健康保険診療点数に組み込まれていないなどの理由から、様々な雇用形態で、様々な名目で実施されているのが現状である。
音楽療法の実態を把握し、音楽の臨床的効果、健康維持・増進作用について、内外の文献を収集検討し、かつ現在行われている種々の臨床的研究について展望することは、来るべき21世紀の医療行政にとって、多くの貢献をなし得るものと考えられる。
そこで、わが国において行われている音楽療法の実態を調査し、諸外国の実状とも比較しつつ、音楽療法の効果を臨床的および文献的に明らかにすることを目的とした。
研究方法
わが国における精神科領域の音楽療法の実態を把握するため、全日本音楽療法連盟に加入する音楽療法従事者1,810名に対して、彼らの就業、活動状況に関するアンケート調査を行った。一方、教育・福祉領域における音楽療法についても、全国知的障害関係施設名簿から無作為抽出による820施設に対して、それら施設における音楽活動についてのアンケート調査を行った。高齢者施設での音楽療法に対する取り組みを明らかにするため、全国高齢者施設・病院1400に対してアンケート調査を行った。
また、音楽療法の技法については、即興的技法に関して、必要性、使用法、意義、評価などについて、臨床音楽療法協会会員1,800名についてアンケート調査を行った。音楽療法の睡眠に対する効果を明らかにするために、バイオミュージック学会の関連施設17施設に於いて、音楽CDを用いた受動的音楽療法を施行し、睡眠日誌による評価を行った。また、ホスピスにおいて末期癌患者に対して音楽療法を行い、身体・心理的側面について臨床的な観察を行った。
結果と考察
わが国における音楽療法の実態について、村井らは、精神科領域の広範な疾患に対して音楽療法が行われていることを明らかにした。しかしそこで働く音楽療法従事者は、約1/3が無報酬で働いており、半日3000円以下のものを含めると回答者の半数以上が交通費にも満たない条件で働いていることが判明した。
福祉・教育領域については、丸山は、約90%の障害関係施設で音楽活動が取り入れらていることを明らかにした。音楽活動の内容では、歌唱、楽器を使ったもの、からだの動きを伴う活動が多く、その頻度は、「週1回」、「月2~3回」共に20%を占め、「月1回以上」のものを含めると約50%が定期的な音楽活動を行っていた。
高齢者関連施設では、音楽療法についてそれぞれ、「関心がある」95%、「知っている」88%、「取り入れたい」86%と回答しており、高齢者施設において、音楽療法への関心が高いことが明らかとなった。
松井らは、音楽療法の即興的技法についてのアンケート調査で、70%が即興的技法の必要性を認識しており、同時にその困難さや危険性を感じており、被治療者の自由な即興的表現、即興的交流など狭義の即興音楽療法の実践は少なく、多くはセッションのなかでの即応的展開や部分的挿入に終わっていることを明らかにした。
音楽療法の効果について、坪井らは、音楽CDを用いた多施設共同研究をおこない、評価者による評価では、全般改善度の改善が38%、やや改善以上が74%であることを明らかにした。薬物の使用量では、改善がみられたのは、6%にすぎなかったが、睡眠日誌による被験者の評価では、熟眠感、途中覚醒、目覚めの気分で5%以下の有意差がみられ、音楽聴取をした時としなかった時では、音楽を聴取した時の方がよい睡眠をとっていることが判明した。
日野原は、緩和ケア病棟で癌患者に音楽療法を行った臨床を通じ、音楽療法により、化学療法施行に伴う不安・緊張の軽減と肯定的な感覚の出現を認めている。
指宿・川上らは、ロシアでの音楽療法の現状と音楽療法における感性の回復について文献的な考察から、幼少時からの発達過程における音楽の重要性を明らかにした。
音楽療法は、すでに諸外国において有用な治療手段として認められ、諸施設において盛んに活用されている。今回の研究からわが国においても音楽療法は、領域を問わず全国的に普及しており、とくに精神科領域、教育・福祉領域では、すでに多くの施設において実施されていることが明らかとなった。また、高齢施設領域では治療法として期待が高いことが判明した。
一方、これら音楽療法にかかわるものの職業的な地位、待遇、報酬などは、全くと言っていいほど考慮されていないことが明らかとなった。これらの問題を放置しておくと、音楽療法従事者の治療意欲を失わせるばかりでなく、これら施設における治療の荒廃をまねく恐れがある。また、営利を目的とした不適切な音楽療法が蔓延する可能性も否定できない。音楽療法を受けようとするものにとっては、望ましい治療の方法を失うことにもなる。受療者にとって大きな損失といわなければならない。
これらの問題に対応するためには、公的資格化や医療保険点数への組み入れなど音楽療法に従事するものの職業ならびに生活を保障していくための取り組みが、国家的な観点から行われることが是非とも必要であると考えられる。
結論
音楽療法は、心身症としての不眠症、末期癌患者などに対して身体・心理両側面への治療的有用性の高いことが明らかとなった。また、わが国においても音楽療法は、領域を問わず全国的に普及しており、とくに精神科領域、教育・福祉領域では、すでに多くの施設において実施されていた。また、高齢施設領では音楽療法に対する関心がとくに高く、今後、治療法として導入したいとする要求の高いことが判明した。一方、これら音楽療法にかかわるものの職業的な地位、待遇、報酬などは、全くと言っていいほど考慮されていないことが明らかとなった。
しかし、わが国では、未だ職業として確立されておらず、その地位や報酬についての保証は全くなされていないことから、今後、国家的な観点から資格制度化や医療保険点数への組み入れなど職業的、経済的保障に関する取り組みは急務であると考えられた。
今後さらに、研究を進め、音楽療法ならびに音楽療法従事者に関する実態を調査し、その有用性と問題点をより詳細に調査することが必要である。
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