胎生期に起因する身体及び知的発達障害の診断基準と防止に関する研究

文献情報

文献番号
199800283A
報告書区分
総括
研究課題名
胎生期に起因する身体及び知的発達障害の診断基準と防止に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
田中 晴美(国立精神・神経センター神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 塩田浩平(京都大学医学部附属先天異常標本解析センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
胎生期に起因する母体の環境要因にもとづく子供の障害は、その因果関係が解明されれば防止の手段の呈示も可能である。本研究は環境因子として酒、タバコ、コーヒーをとりあげ、その単独および複合による子供の身体および知的発達障害の診断基準を確立し、障害の防止への貢献を目的とする。このために、日本における疫学的検討とともに、ヒト胚子集団とその臨床データを検討する。またヒトで検討できない障害の発生機序や防止に関しては、適当な動物モデルを作製して外挿あるいは対比を行う。本年度は研究費の実状などよくわからなかったので、母体の環境因子としては酒とタバコをとりあげ、日本の現状の把握により現在の診断基準の評価と新しい概念の提案を行う。さらに動物モデルにおける異常の特徴と防止の手段を呈示する。またヒト胚子集団において妊娠初期の発生や子宮内死亡に関する影響も検討した。
研究方法
1)日本における胎児性(アルコール、タバコ)症候群の診断基準:主任研究者が行った日本の全都道府県の全市町村および特別区の3380行政単位を対象とした第1~3次調査によって抽出された母親の飲酒あるいは喫煙による子供の異常症例約500例を対象とした。追跡調査は実施中であるが、現在までの所見にもとづいて診断基準およびその問題点につき明らかにする。 2)発生機序と防止を目的としたマウスにおける検討:C3H系マウスを用いて、妊娠以前および妊娠中の母体へのニコチン(50、75 ppm ニコチン水)投与に、同時にエタノール(5%、10%エタノール)投与または抗酸化剤としてのα-トコフェロール(0.004%、ビタミンE)投与を組み合わせて、その胎児の各種生物化学的検討を行った。これら3物質の投与濃度はすべて低あるいは生理的レベルであった。妊娠19日帝切時に生存児のいた130匹を対象とした。 3)ヒト胚子集団における検討:京都大学医学部附属先天異常解析センターに所蔵されている1961~1995年にかけて収集されたヒト胚子標本の観察データとその母親に関する臨床データを資料として、ヒト胚子の発生および初期子宮内死亡に対する喫煙、飲酒および両者の併用による影響を分析した。
結果と考察
1)診断基準:妊娠中の飲酒が確認され、成長遅滞、中枢神経系の障害、特有な顔面の形成不全の3項目が存在するものには、胎児性アルコール症候群(Fetal Alcohol Syndrome, FAS)という診断基準が確立されている。この典型的な症候を呈するFASは顔面の変化が明らかでない点から日本症例では少なく、半数以下であり、大半はこれらの項目のそろわない不全型(Fetal Alcohol Effects, FAE)であった。FAS、FAEの子供において共通している所見は中枢神経系の異常であり、それ以外の所見はFASに比しFAEで軽度であった。以上、母親の飲酒にもとづくFASの診断基準は使用に耐えうるが、FAEに関しては、今後の検討によって分類がなされるために、母、子に関して知りうるかぎりの情報の詳細な記述が必要とされる。 1日5本以上のタバコを吸う妊婦からの子供において、妊娠中に高血圧の証拠がなく、満期産、均整のとれた成長遅滞を示し、他の明らかな原因にもとづく子宮内成長遅滞が存在しないものに胎児性タバコ症候群(Fetal Tobacco Syndrome, FTS)という診断基準が提案されている。このFTSの基準では大量飲酒妊婦からの子供は除外され、またこの概念には中枢神経系の異常はあげられていない。喫煙妊婦からの子供を検討中に、在胎週数が短いためFTSの基準に合致しないものに中枢神経系の異常が多いことをみつけ、私達はFTSの基準において、在胎週数の項目のみ37週未満とした子供の異常にFTE(Fetal
Tobacco Effects)という用語を提案してFTSと比較検討した。その結果、喫煙と関連して注目される所見としては乳幼児期の子供における呼吸器疾患の易罹患性および死産あるいは生後早期の死亡があげられた。脳異常が問題となるFTEには母親の妊娠・分娩中の異常、例えば貧血、早期破水、胎盤異常の存在する割合が高率であった。以上から妊婦の喫煙による子供の異常の診断基準としてはFTSに加え、FTEの概念と脳発達障害を念頭において症例を詳細に記述し分析すべきである。 さらに飲酒と喫煙との併用あるいは他要因の加わった母体からの子供の病態はきわめて複雑に修飾されており、現在の詳細な所見の積み重ねが重要となる。 2)動物モデルにおける異常発生の機序と防止:本年度は喫煙中に存在する多くの化学物質のうち、胎児への影響が知られているニコチンを中心に2~3の検討を行った。ニコチンの悪影響は死産を含む胎芽・胎児毒性として出現し、これらは妊娠以前からの長期のニコチンや高母体週齢によって増強され、同時投与のビタミンEによって防護された。タバコと子供の死亡との関連性はヒトにも観察される所見である。ビタミンEの作用は簡単にはタバコ喫煙によって発生する活性酸素に関与する胎児障害の防止と考えている。 ニコチンとエタノールの同時投与の子供への影響の比較から得た、ニコチンは胎児死亡に関連し、エタノールは脳障害に関連するという結果は、ヒトにおける異常と類似の所見を呈示しており、これらの所見はヒトの病態解析の方向性への示唆を与えるであろう。 3)ヒト胚子における検討:人工流産によって得られたヒト胚子標本において、その母親の妊娠中の喫煙および飲酒ならびにそれらの併用による影響を検討した結果からは、外表奇形や初期子宮内死亡を増加させるという所見は得られなかった。私達の疫学調査および文献的にも、外表奇形は飲酒では増加するが喫煙では逆にコントロールより低いという所見が見られる。したがって、今回の検討によって、ヒト胚子標本と生存する子供の外表奇形とは必ずしも一致しないといえる。私達の疫学的調査でも喫煙と母体要因が子供の死亡と関連している点は示唆されているので、初期子宮内死亡に関与する母体要因に加え、喫煙の本数や期間などの分析の検討が今後に残されている。
結論
1) 妊娠中の飲酒にもとづく子供の異常の診断基準では、FASは確立されているが、各種要因の関与した不全型のFAEには所見の詳細な記載が必要とされる。母体の喫煙にもとづく子供の異常の診断基準は、提案されているFTSでは不充分であり、脳発達障害が基準に加えられる必要があり、さらに母体の各種要因と在胎週数の短縮が問題となり、このために不全型のFTEを提案した。 2) 妊娠以前あるいは妊娠中にニコチンを投与したマウスにおいて死産などの胎芽・胎児毒性がみとめられ、これは長期のニコチン投与や高母体週齢によって増強され、ビタミンEによって防護された。さらに同時投与の低濃度のニコチンとエタノールの胎児への影響を比較すると、ニコチンは死亡と関連し、エタノールは脳障害と関連していた。 3) ヒト胚子の外表奇形および初期子宮内死亡への母親の喫煙あるいは飲酒の習慣の影響の検討では、FASやFTSを示唆する有意な所見はみられなかった。しかし初期子宮内死亡と母体要因との有意な相関はみられ今後の課題を示す。最後に、 死亡を含む障害の防止とともに、生存している子供における変化を考慮した診断基準の確立、教育、福祉などのあり方が重要な問題として存在している。

公開日・更新日

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